第2話 度胸試しから 悪の道に堕落
ようやくの思いで、入学した高校は勿論(?)偏差値の低い私立男子校だった。
女子が一人もいない、つまらない男ばかりの世界である。
また、むずむずとケンカの虫が湧きだした。
そんなオーラがやはり通じたのだろうか?
入学して一か月もたたないうちに、不良の匂いをプンプン漂わせている同級生が因縁をつけてきた。
「おい、このクラスは俺が取り仕切ってるんだ。お前、今日から俺の子分になれ。
まずは、度胸試しだ。煙草買ってこい。ただし、ばれないようにだぞ。
もし、ばれても俺の名前は出すな。停学になったら困るからな。
さあ、今からお前は、俺の使いっ走りだ」
ふざけんじゃないぞ。この俺がこんなチンケな不良にびびるとでも思うのか。
度胸試し、それはこっちのセリフだということを、思い知らせてやると思った矢先のことだった。右手のこぶしが、奴のあごを直撃していた。奴は血を出してあおむけにひっくり返っていた。
奴が救急車で運ばれたときは、あごが骨折している状態だった。
それから三日もしないうちに、俺とおかんは学校に呼びだされた。
このことは内密にしとくから、自主退学という処置をとった方が賢明である。
学校から退学処分を出すと、転校は不可能になるので、これは若者を更生に導く学校側の配慮だ。
おかんも俺もそれに同意して押印し、俺は自主退学になった。
自主退学になってからも、勉強嫌いだった俺は、もう一度高校受験する気にもなれなかった。
中学の仲間の中には、早々と喫煙が見つかって無期停学になったりした奴もいたので、俺も彼らとゲームセンターで遊んだり、未成年者にも関わらず、その当時ディスコと呼ばれるところ(現在は踊る方のクラブ)で、女子をナンパしたりしていた。
目的意識もなく、バイトをしても長続きしなかった。
その当時は、ちょうどバブルの弾けた時代で、俺は飲食店や工事現場へ行っても叱られてばかりという状態だった。
喫茶店では、掃除から始まるが、俺は掃除名人ではなく、隅にほこりがたまっているという状態で、マスターから注意されることがしばしばだった。
しかし、僭越ながら、俺は人なつっこかったので、女性客ー二十代から七十歳のおばちゃんまでーからは人気があった。
俺を目当てに居座る女性客も、いたくらいだ。
それが裏目に出ててしまった。
俺の先輩にあたるおじさんー仕事ができず解雇されてもおかしくないおじさんが、俺の中傷を客と店長に言いふらしていたのだ。
なんでもそのおじさんは、店のミニシュークリームを盗み出し、客にサービスと称してプレゼントしたり、俺の中傷を言うことで、客の関心をひいていた。
そして店長には、陰では盗みをしているくせに、表の顔ではしたり顔でマスターの機嫌をとり、競馬情報を教えたり、パチンコの景品をプレゼントしていたのだった。
仕事ができない穴埋めに、マスターの顔色を伺い機嫌をとり、陰では俺の悪口や中傷をしている。
そのくせ、表向きにはしんどい力仕事を俺にやらせようとする。
俺は、そのおじさんをぶっ飛ばしたいのを、必死で我慢する毎日だった。
我慢の甲斐あってか、そのおじさんはある日を境に店に来なくなった。
店長が最近になって、レジの収支計算や仕込み材料が合わないので、税理士を使って調査した結果、やはりライバル店からの回し者で、ミニシュークリームだけではなく、レジの金も着服していたのだった。
俺は、建設現場で土方もしたが、体力がきつくて三日も持たなかった。
やはり、中学時代、シンナーを吸引したた、たたりであろう。
余談であるが、大麻と覚せい剤で逮捕された元お笑い芸人も、十代のときからシンナーを吸引していたので、麻薬に手を出しても簡単に辞められるというおごりがあったという。
もっとまじめにとまではいかなくても、おとなしくしとけばよかった、人からバカにされても、暴力でやり返すなどという手段を使わず、そのエネルギーを勉強に使えばよかったという後悔が、俺の心をむしばみ始めたが、過去に戻ってやり直すなんてことは出来ようはずもなかった。
俺の通っていた公立中学校は、とにかく成績やクラブ活動重視で、平凡な生徒は
「もっと頑張って成果をあげよ。そうでない奴は、人生の落伍者になっちまうぞ」という成果主義の学校だったので、俺たちはそれに反抗していただけだった。
反抗するヒマがあれば、教科書を丸暗記するなり、小学校のときのサッカー部に入部するなりの方法があったのであるが、当時は不良は派手でカッコいいとイメージがあったので、安易な道を選び、その結果、世間を傷つけ、自分をも傷つけていたのだった。
そんな気持ちを抱えながらも、未来は見えなかった。
ときどき、中学の同期生と道端で会うが、なんとなくコンプレックスを感じて仕方がなかった。なかには、大学進学を目指し、予備校に通っている奴もいた。
もう完全に俺とは進むべき未来が違う。
おかんは、そんな俺をどう思ってたのだろう。多分、心配で不安で仕方が仕方がなかったはずだ。
しかし、おかんは、俺に経済的にはみじめな思いをさせたくなかったので、小遣いだけはふんだんにくれた。
おかんは、その当時、ようやく自分のスナックをもったばかりだったので、固定客を獲得することで精一杯であり、俺にかまう余裕などなかったので、小遣いだけが、唯一の罪滅ぼしと思っていたのであろう。
そんな鬱々とした気分を吹き飛ばすように、俺たちは夜八時になると、繁華街のディスコにナンパにいった。
しかし、ナンパに引っ掛かる女も、俺たちと同類でしかない。
意味のないその場限りの笑い話ではしゃぐことはあっても、将来の希望などは見えてこない。それをミラーボールの下のディスコミュージックでごまかすだけで、帰り道には虚しさが残るだけだった。
そんな日が半年くらい続いた頃だろうか。
俺の居場所は、この社会にあるのだろうか?
俺は、愛想がよく小ぎれいなおじさんに声をかけられたが、最初はアウトローだということに気付かなかった。
俺に寿司をおごってくれたり、俺の他愛もない話を真剣な表情で聞いてくれ、やさしい言葉をかけてくれる愛想のいいおじさん。
このおじさんについていこうと、決心していた。
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