第2話 初めての不思議な客到来
「きららさん。御指名です」
ほら、やっぱりね。まあ、私は容姿には自信があるもの。身長164cm,
体重49kg、女優の松たか〇と同じプロポーション。でもBWHはもっと豊かだけどね。ヘアスタイルがショートだということを除けば、雰囲気としゃべり方も松たか〇に似てるって言われる。
「ハーイ、きららです。御指名頂いて有難うございます。今日はたっぷり御満足させせちゃいまーす」
なんて笑顔でお客に挨拶する。
こういう丁寧な挨拶をしておけば、余程、悪質な客を除いては、そうそう手荒なことはしない。
「俺、今日電話でしゃべったよね」
あっ、昼間のケータイ男だ。わりと男前じゃん。私好みだな。齢は若く見えるけど、二十八か九くらいかな。スリムで整った顔立ち。グレーのポロシャツに紺のズボンという清潔っぽい服装。こりゃあ女泣かせかもよ。
でもそうは思ってても、絶対心まで傾けないところが、客商売の鉄則である。
感情を心まで向けてるようじゃあ、この仕事で生き抜いてはいけない。男に貢ぎあげるか、失恋してアルコール依存症になっちゃうのがオチである。
気持ちが心まで到達する前に、パッと感情ごと消しちゃうというか、殺しちゃう。これが私の水商売歴五年間で身につけた処世術。このことができない、やたら天然な女は、どうしようもない地獄へと堕ちていくだけ。
私、そんな子を今までイヤという程、見てきたものね。一度しかない人生。賢く生きなきゃソンよ。それでなくても、私たちの商売は、バカじゃなきゃできないなんて思ってる奴が多いんだから。
「いやあ、思ったよりキレイな人ですね」
面と向かってそう言われて、嬉しくない女はいないだろう。いくら、女としての機能を売ってるといったって、しょせん、女の本能までは変えられやしない。
「ありがとうございます」
ニッコリ首を傾けて、女学生風に微笑んだ。
「さあ、ご案内します。ごゆっくりどうぞ」
そう言って案内すると、そこはもう完全に二人だけの密室空間。
全裸でシャワーを浴びる。ちょっぴり恥ずかしい。男は照れてるみたいにうつむいたままだ。
あっ私、こういうタイプに弱いんだ。もう母性本能を刺激されちゃう。思いっきりサービスしてあげたくなっちゃう。なんだか、鳥肌が立ってきちゃった。
いきなりじゃマズいから、私はまず両腕で胸を抱いた。胸から腰。腰から下半身にもっていくのが順序。だってその方が、精神的な高まりが頭まで昇っていって、まさに昇天しちゃうものね。
いきなり信じられないことが起こった。
「君には似合わないよ。」
思わずエエッと耳を疑いそうになった。
「君には、こんなことしてほしくないな」
フェッ?! まるでホームドラマの中で、父親が援助交際してきた娘を諭すような言い方だな。
でもこれで、はいわかりましたとうなづけば、商売は成り立たない。
私はむりやり、グレーのポロシャツの裾をめくり上げた。すると、肩から鮮やかな刺青が見えた。赤、緑、青の牡丹の入れ墨。ということはアウトロー、893。
しかし、信じられない。こんな一見、いい家庭の坊ちゃん風がアウトローなんて。まあ、最近は、インテリヤクザなんていうのも存在しているから、見かけだけではわからないっていうけど、余りにも落差が激しすぎる。
男は、私から身を引いた。なぜ、どうして、こんなことって初めて。私は自他共に認める美形である。私に触れられて身を引く男は、あなただけだよ。
なかには、マドンナなんて言いながら、ひざまずく男もいるほどなんだよ。
なのに、ひょっとしてあなたはゲイか? それともこの私の有難い印籠じゃないかった、バスト90を誇る美乳を拝ませてやろうか。
これで決まり。アンタも私のペースにはめてみせる。ところがだ、その男は今度クルリと後ろを向いて、哀願するかのように言った。
「やめて下さい。そんなこと、あなたには似合わない」
風変わりな奴だねえ。初めてのパターンだよ。ひょっとしてこういう奴こそが、ロリコン趣味かSM専門の相当ヤバい変態かもよ。
私は肉体よりも男に、一抹のロマンを与える手の届く女優だというポリシーがあるから、それを汚す奴は許さないよ。
男はうしろ姿のままで、背中越しにポツリポツリと話し始めた。
「僕はこの通り、アウトローです。元アウトローではなく、現役のアウトロー。昨日、十年間の刑務所暮らしから出所して幹部になる予定なんです。
でも、ここだけの話ですけどね、俺、アウトローはもう卒業したいんです」
「じゃあ、卒業したらいいじゃない。使い物になれなくなって暗殺されないうちに」
「そう簡単にはいきませんよ。だって親分は、俺のために高級マンションをあつらえてくれたんだから。もう後には引けないよ」
「じゃあ出世した証拠ね。でも、どうして辞めたいと思ったの?」
「実はね、俺、キリスト教の牧師になりたいんです」
この男、私に心を許したのかな?
「出世途中の登り坂から脱落ってわけね。でもなぜキリスト教なの?」
「実はね、刑務所の中で宗教クラブっていうのがあって、俺はキリスト教を選んだんだ。俺は実は有名大学卒業だったが、大学時代からポン引きみたいなことをしてたんだ。付き合っている女を売春させたり、風俗で働かせたりしたさ、結構、お金になってたんだ」
「いわゆるヒモね。まあ私はひっかかるほど、うぶ(初心)でも世間知らずでもないけどね」
「大学を卒業したものの、俺はもう真面目に働く気なんてなかった。俺のできることといえば、このルックスを生かして女をナンパし、風俗で働かせ金を取ることが唯一の特技。例えば、ソープで月二百万稼ぐとするだろう。そのうち、俺の取り分は九割強なんだ」
「ひどい男ね。じゃあ相手の女は、たった十万円で生活してるってわけ!?」
「でも女って単純だよ。俺がやさしくしてやれば、借金してでも貢いでくれるんだ。おかげで、俺はイタリア製のスーツを着て、外車を乗りまわすようになった」
「女の稼ぎを横取りしてるハイエナみたいな奴が、なぜアウトローになったの?」
「当たり屋にひっかかんだよ」
「なあに、その当たり屋って?」
「外車なんかを乗り回してる奴ばかりを狙い、その外車の前後から車を挟みうちにするんだ。まず、前の車が停止するだろう。そしたら、当然その外車もそれにつられて停車する。そこに後ろの車がぶつかり、ぶつかった車の持ち主がいちゃもんをふっかけて、金を巻き上げるという寸法さ」
「俺は、見事にハメられたんだ。慰謝料として車の修理代、そして被害者が月給の八割を払わねばならないんだ。ところが、その被害者というのがソープ嬢で月二百万稼ぐとすると、その八割だから百六十万払わされる羽目になり、おまけにムチ打ち症は外傷がないから、いつまでも痛い、痛いといえば、一年間にわたり二千万以上払わされる寸法になるんだ」
「うわー、怖い」
「それがきっかけで、極道にハメられたわけよ」
「人生の落とし穴ってわけね」
そのとき、黒服が呼びにきた
「お客さん、お時間です。延長なさいますか?」
「いや、結構です」
「えっ、本当にいいの? 今度はサービスしちゃうわよ」
「いいよ。話を聞いてもらっただけで満足。また明日も来るよ」
私は黒服の手前、無言で頭を下げたが、内心は、ラクな客だったと安堵した。
男は手を振って、部屋から出て行った。
こんな日は、マンションの自宅へ帰るのがちょっぴり辛くなる。昔を思い出してしまいそうで。
この自分の心を麻痺させる刺激的な仕事をしているときだけが、何もかも忘れさせてくれる救いのときなのに。
でもいつまでこんな日々が続くのかなあ、一年後、いや半年後はどうなるのだろうかと思ったりする。
将来は、英語をマスターして海外に永住したい。私を誰も知らない小さな無人島がいいなあ。
一日中、海を見ているだけで退屈しないような、天然色に囲まれたジャングルみたいな島。今から英会話を勉強しとかなきゃね。
ちょっぴりセンチメンタル気分。こんな日は早めに寝ようっと。
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