第5話 恐喝もどき迷惑女から女漫談家へとチェンジ

 まあ、考えてみれば、芸能界は過去の経歴など関係ないし、それに野田むつみはどう見ても平凡な美人といったタイプではなく、プロレスラー顔負けの体格といい、三枚目役に向いてるかもしれない。

 本人の希望だと、初の女どつかれ芸人いや、「女はたかれ芸人」を目指しているという。

 昔、正司玲児というどつき漫才があったが、もちろんどつかれ役は男性だった。

「女はたかれ芸人」とは、笑香はユニークな人生選択だと思った。


「ええ、本日は漫談家志望の肉まんヒールが、漫談をご披露いたします。

 できたら、笑ってやってください。まあ、肉まんヒール自体の存在自体がすでに笑いのネタですがね」

 礼拝が終わったあと、柏原牧師の司会で、肉まんヒールこと野田むつみの漫談もどきが始まった。

 濃い眉毛と少女のようなピンクのルージュのメイクに一見、素肌と見間違える肌着の上に、赤いビキニの水着をつけた肉まんヒールこと野田むつみが、相撲取りのしこを踏むように、のっしのっしとガニ股で登場し、身体をくねらせ

「いくら私がアイドルみたいな美人だからって、じろじろ見つめちゃ恥ずかしくて穴があったら入りたいわ」

などと、ウィンクをして見せた。

 笑香は思わず噴き出した。

 彰人は、苦笑いをしながら、注目している様子である。

 むつみは、顔を左に向け急に強面になり、すごんでみせた。

「おいこら、そこのねえさん、私の男に手を出したな」

 その途端、むつみは顔を右に向け、今度は蚊の鳴くような声ですがるように言った。

「すすすみませんなどと、言いたいところだが、あれは向こうからアプローチしてきたんですよ」

 要するに、男性役と女性役の一人二役である。

 するとむつみは今度は、直立不動で立ち、生真面目な顔で観客に向かって

「そりゃそうだ。おい、いくらモテない男でも、肉まんレスラーといつまでも付き合うヒマはないぜ。あんたはせいぜい、家で豚まん食べながら、いや、豚の共食いをしながら、女子プロレスのヒール役を目指した方が、世の為人の為だぜ」

 ここで笑いが起こった。


 むつみの恐喝女役、恐喝される気弱な男役、そしてラストの締め括りにこれまでの漫談にはないユニークさがある。

 むつみは「ちゃんちゃんちゃん、バカバカしいお笑い、有難うございました」と深々と頭を下げた。


 柏原牧師がむつみを紹介し始めた。

「ええ、この肉まんレスラーこと野田むつみは、ご存じの方もいらっしゃいますが、チンケな恐喝で逮捕されましたが、なんとか人生をやり直したい、今度は人に恐怖を与えることから笑いを提供することで、世間に貢献していきたいという本人の強い希望で、お笑いタレントを目指して奮闘中です。世間的には未熟な女性ですが、若気の至りと、まあ、私の顔に免じて許してやってくれることを願います」

 教会員は、なかば曇ったような表情を隠せずに驚きながらも、柏原牧師の顔をたてるためにパラパラと生気のない拍手をした。

 なんだか物悲しい拍手の音が、会場に響き、笑香は少しむつみに対して、憐みを感じた。

 前科者といっても、所詮むつみも私も同じ感情をもった人間なんだと思った。

 そう思うと、むつみの将来にエールを贈りたい気持ちになった。

 

 いつの間にか、笑香はむつみの過去を忘れていた。これって、許したってことよね。

 許すということは、もうその出来事に対して、怒りも傷も感じていないというよりも、その出来事自体を気にしていないという意味である。

 極端にいえば、過去の出来事を忘れ、なかったことにして一から関係を始め

るということである。

 むつみは、自分を変えようと努力したらしい。自分が変われば相手も変わる。相手が変われば態度が変わる、態度が変われば行動が変わる、行動が変われば習慣が変わり、習慣が変われば人格が変わり、人格が変われば新しい運命に導かれる。

 むつみは、このことを自ら実行したのである。

 その点は偉い、それともむつみは、切羽詰まった死にもの狂い状態に違いない。

 笑香も見習おうと思った。


「ねえ、おせっかいなこと言うようだけど、もうメイド喫茶のバイト、卒業ときだよ」

 急に、真剣な顔でむつみは笑香に対して言った。

「こんなこと、私が言うガラじゃないけどさ、笑香さんだったらさ、もっと能力を生かせる世界があると思うんだ」

 まるでおかんみたいな言い方だな、笑香はすかさず答えた。

「言われなくても、とっくに卒業したよ。今、私は漫談家目指して、カラオケ喫茶で客の前で漫談を披露してるんだ」

「地元のカラオケ喫茶のイベントで漫談をやったら、面白いと拍手をくれる人がいてね、その人の推薦で週に一度、漫談をしてるんだよ」

 むつみは、驚いたように言った。

「すごい、もうファンがついたんだな。ところで、笑香さんのファンってどんな人?」

 笑香は、ちょっぴり胸を張って自慢気に言った。

「聞いて驚くなよ。なんと、人気急上昇中のウォーターずのマネージャーだ

よ。

 まあ、もっと個性を出さないとマスコミには注目されないので、自分だけの個性を精一杯磨かなきゃダメだよ。そして、いろんな人の漫才をDVDで見て、勉強することも大切。ひょっとして、ゆくゆくは刑務所や老人ホームの慰問に出演する可能性もあると言われたときは、希望の星が見えたわ」

 むつみは、顔を輝かせて言った。


「私もそういうの、目指したいな。もっとうまくなってからの話だけどね」

 笑香は、自分に言い聞かせてるように言った。

「チャンスは、ときと状況によって、いつどのような形で訪れるか誰にもわからないから、常に自分を磨いていないとね」

「はい、肉まんレスラーが、誰かに食べられないように強くなります」

 むつみは、力こぶをつくるポーズをして、笑いをとろうとした。

 笑香は思わず吹き出した。

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