第4話 元アウトロー柏原竜男牧師
「友人とまではいかなくても、話を聞いてくれる子がみな、麻薬をしている状況下において、一人だけ孤独になるのはいやだなどの軽い気持ちで始めるのですが、行きつく先は地獄です」
ありきたりなことが記されているなかで、ひときわ目を引く文章があった。
ゲストは警視総監、生活安全課課長、そして「元アウトローからの脱出 柏原竜男ー中学時代はケンカ専門のワルで高校は三か月で中退、十七歳からアウトローの世界へと十二年、しかし更生を果たし、現在は青少年運動に取り組む命がけ牧師」
三者が、おのおの写真入りで紹介されている。
前者の二人はちょっぴりいかめし気な中年男だが、三人目の元アウトローは、いわゆる柄の悪いいかついイメージとは違って、意外にさわやかで柔和な感じである。
残り定員二十名と記されている。
笑香は、さっそく講演会に参加しようと思った。
講演会は、半数以上が保護司や非行少年をもつ親たちで占められている。
若干沈んだような、重々しい雰囲気であり、深刻な悩みを抱えている人ばかり。
そのなかで、アウトローから更生したというのは、まさに暗黒の空にきらめく、救いの綺羅星のような存在である。
柏原竜男は、過去を語り始めた。
小学校のとき、運動神経はよかったが、体育の時間、担任に「お前はサッカーなどの団体競技では、悪役専門の捨て駒になれ」と言われ、傷ついたことを発端に、中学時代はケンカ三昧、高校はすぐ退学、繁華街のクラブで遊んでいるところを、アウトロー世界にスカウトされたというのだ。
あとからわかったことだが、小学校のときの担任は、柏原氏に団体競技の才能があったからこそ、あえてそういった悪役を試したというが。
「皆さん、ここだけのアウトロー時代の極秘情報をお教えしますよ。暴力団専門の刑事さんは、いらっしゃいませんよね」
と観衆の笑いを誘いながらも、アウトロー時代、拳銃や麻薬を取り扱ってた話を始めた。
観衆は、皆、目を丸くし、おお怖いと震えあがる者、眉をしかめる者もいたが、まるで別世界のVシネマを見るような好奇心いっぱいの表情で聞き入る者もいた。
笑香は、こういう世界もあるんだなと興味津々で聞き入っていた。
そして竜男は、アウトローの世界では、組長代行というナンバー3の座にいたが、自ら麻薬中毒になったのが原因で、組長代行からもすぐ降格し、最後には破門になってしまったのだった。
薬漬けで、役に立たなくなった自分を破門したのは、他の組員に対する見せしめの意味もあったのかもしれない。
アウトローの世界をクビになり、ホームレス寸前の生活をしていたとき、元アウトローの牧師に出会い、その牧師の教会のプレハブの一室で二年間、修行しているうちに、不思議と麻薬の後遺症は完治した。
それから、元アウトロー牧師の影響を受け、神学校に通い現在は牧師として、自分と同じ立場にある人や、非行少年の更生にまい進しているという。
聴衆は、そんな魔法のようなことが存在するのだろかと、いぶかし気に聞いていたが、共にいる警視総監や生活安全課課長は、賛同し納得したように聞いている。
最後に警視総監が締め括った。
「一度、悪に染まった人は更生が難しいです。今の日本には更生施設がないに等しいです。しかし、この柏原竜男のような人がどんどん出てくれることを、願っています。今後のご活躍を期待しています」
聴衆の温かい拍手に包まれ、講演会は幕を閉じた。
半年後笑香は、柏原竜男と会う機会に恵まれた。
なんと、笑香の高校の同級生彰人の勤めているホストクラブに、中学二年のとき、行方不明になった笑香の父親が訪れたのだという。
といってももちろん客としてではなく、トイレ修理工としてやってきたのだ。
営業時間中に、急にトイレが故障して使えなくなったので、近くの水道屋に電話したところ、駆け付けた中年男がいた。
彰人が、一目見た途端、笑香に顔立ちが酷似しているのと、財布から笑香の写真を落としたので「この人、あなたの知り合いですか?」と問い詰めたところ、やはり想像通り、笑香の父親だったのだった。
単なる偶然とは思えぬ運命の再会に、笑香は彰人に礼をいった。
さっそく、笑香は母に連絡をとった。
近々、両親と三人で再会する予定である。
彰人は、柏原牧師が牧会する教会に通っているという。
普通、教会は午前中に礼拝があるものだが、柏原牧師の教会は午後からあるので、彰人は仕事の帰りに通いだした。なんと、柏原の母が経営する居酒屋を借り切って礼拝しているという。
酒場のメニューとボトルに囲まれるなかで、礼拝をしているが、その方がかえって、気軽で入りやすいという人もいるくらいだ。
なんとそこには、笑香の母の居酒屋にやってきていちゃもんをつけた、迷惑女である野田むつみも出席していた。
笑香は思わず彰人に問いただした。
「よりによって、あの迷惑女が参加しているなんてどういうことなの?」
すると彰人は、野田むつみもやはり、更生を求めてやってきたのだという。
自分の人生をもう一度やり直したいと、切望しているという。
しかし、犯した罪は消しゴムで跡形もなく消えるはずがないが、新たな人生という白い修正液を塗り重ねることで、過去を容認することができる、
いや逆に「黒い過去があったからこそ、現在がある」と過去を現在に生かすこともできるのだ。
迷惑女―野田むつみはなんと、お笑いを目指しているという。
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