第3話 悪のスティグマをはがさなきゃ

 世間的に認知度が高いとはいえない、水商売のホストやホステスの名を巧みに利用し、金を恐喝していたチンピラまがいの女二人組。

 なんとお父さんもその被害者だったのだ。

 もしかして、お父さんが不倫した相手というのは、その二人組と関連性のある人物なのだろうか?

 私は、真実を知りたくなった。

 しかし、私はテレビ画面を見ているうちに、二人組の女のうちの一人に見覚えがあった。

 たしか、一年前おかんが経営するスナックに客としてやってきて、さんざん騒いだ後、言いがかりをつけて食い逃げしようとした女だ。

 あのときよりもますます太っているが、おかんを困らせた私にとっても敵であるあの女であることには、間違いがない。

 あれ以来客足は減り、おかんはスナックからカラオケ居酒屋に転向し、同時に軽いうつ状態になった。

 あの女が不幸の元凶だ。


 ニュースで報道されたあの女の名は「野田むつみ」というらしい。

 それから一週間後、野田むつみの記事が、週刊誌に掲載されていた。

 笑香は、普段から週刊誌の内容は、半信半疑であり真実が記載されてるとは思ってはいなかったが、このときばかりは、目を皿のようにして記事に見入っていた。

 なんでも野田むつみは、年齢は二十三歳。シングルファーザーで育ち、短大を卒業したものの、フリーターで金に困って犯罪に走ったという。

 一年前、男と共謀して、エセ痴漢の被害者を演じ、気の弱そうなサラリーマンから五万円ほど恐喝しようと企んだが、共謀した男の方が余罪が多数あり逮捕されたので、むつみは共犯ということで逮捕されたのだった。

 だがその当時、むつみは共謀していた男から暴力を振るわれ、脅しまがいでエセ痴漢の被害者を演じさせられていたので、情状酌量ということで、釈放された。

 しかし、今回はそういったわけにはいかない。

 悪が悪を呼ぶというが、むつみはその渦中に巻き込まれたのだろうか。


 笑香は、いわゆる非行に走ったことはなかった。

 軽いいじめを受けたことはあったが、それが原因で非行に走ることはなかった。

 恵まれない環境が、悪の道の発端となるという考え方には、納得できなかった。

 昨今は、恵まれた環境の子が、殺人を犯している。

 両親が揃い、経済的には何不自由ない中流家庭、成績も上位クラス、そんな一見恵まれた優等生が、親や教師を殺している。

 昔なら、想像も及ばなかったことだ。


 犯罪があった直後は、マスコミはよってたかってそういう子の家庭を取材するが、マスコミというのは真実を報道するというより、あくまで視聴率目的、金目的であり、その後、どんな悪影響が生じ、どんな辛い人生が待っているかということは考えていない。まるで打ち上げ花火のように、その場だけ、世間が騒ぎ視聴率がとれればいいのであり、それが商売である。

 

 実際、そういう子には更生の道は開かれているのだろうか。

 この頃の親は、子供を自らしつけようとはせず、悪いことをすれば少年鑑別所にさえ入れておけば、更生すると思っているらしいが、これは大間違い。

 ああいったところは、不良を一時的に収容するだけの場所であり、退院したら、ワル仲間の間でハクがついたなどと持ち上げられ、鑑別所仲間と組んで新

たな犯罪に手を染め、少年院送致になるのがオチである。

 一度、悪のレッテルを貼られた人間は、一般社会から隔離され、甘い言葉で誘ってくるアウトローに利用された挙句、三十歳くらいになると用済みになって破門というケースが多い。

 その後、どう生きるか、生きる場所を探していくかが問題である。

 更生するのは、非常に至難の業である。

 ときとして、マスメディアに更生した元アウトローが掲載されているが、よほど周りの理解と協力があったと推察される。


 その晩のことだった。

 笑香は、ドキュメンタリー番組を見ていたら、女性刑務所が特集していた。

 服役者の八割がドラッグ中毒。服役者の全員で男がらみであり、そのうち半分が離婚女性も含めた既婚者である。

 現在は、刑務所内で、腰ひもをつけて出産するというケースもある。

 

 慰問にいった、有名人はみじんも女囚を責めることはなく、口をそろえて淡々とした口調で語っていた。

 演歌歌手の瀬川瑛〇氏曰く「私もあと一歩、方向性が狂えば同じようになっていたかもしれない」

 ベテランマジシャンのマギー審〇氏曰く「僕もほんの神一重の差でそうなっていたかもしれない。だから、街で僕を見かけたら気軽に声をかけてほしい」

 女囚達が「秋桜」(作詞さだまさし)を聞いて涙を流すのをみたとき、笑香

はこういった普通の感性をもった人たちを、更生に導く必要があると思った。


 人間、誰しも罪を犯す危険性がある。

 罪を犯すのはたやすいー女性の場合は男性に誘われるといったケースが非常に多いが、一度犯罪者のスティグマを貼られた人が、更生することなど可能なのだろうか? 本人がやり直したいと思っても、世間の偏見の厚い壁がある。作家の安部譲〇氏や画家などの余程の特殊能力に恵まれ、その能力を伸ばし、またそれを受け入れてくれるいい人に恵まれた人は例外として、平凡な人は相当難しいはずである。

 笑香は、いじめを受けたことはあったが、悪の道に入らないことだけは幸いだったと思った。






 

 笑香が公民館前をあるいていると、黄色い垂れ幕が風に舞っていた。

「防ごう非行、守ろう犯罪の下り坂から、そして更生の登り道を目指して」と明記されている。

 しげしげと見つめていると、モノクロのビラを渡された。

「更生への道ー人間、誰しも非行に走ったり、犯罪者になりたくてなる人はいません。しかし、方向性を間違えると、どんどん下り道を転げ落ちていくのです。

 昨今、問題になっている麻薬中毒がまさにその典型です」

 

 

 




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