第12話
「それじゃあ行こうか花恋。」
「うん。お兄ちゃん。」
太陽がまだ完全に昇りきっていない約午前十時。
休日ということもあって、人々はこの時間でもまだ出てこないのか道中を歩いている人は少ない。人目が少ないというのはいいことだ。
俺は花恋と手を繋ぎながら家を出た。
「……ところでお兄ちゃん? お兄ちゃんの付けてるサングラスって何なのだよ? 」
「ん? いや、お兄ちゃん目が弱いから日中外を歩くときはサングラスを付けるんだよ。流石に学校の日は無理だけどね。」
どのような方法で外に出るかと考えた結果、俺はサングラスとマスクをすることにした。花粉症ということもあって、マスクを付けることはあまり違和感を持たれなかったようだが、流石にサングラスは違和感を持たれてしまった。
しかし、そこで違和感を紛らわすように理由を述べる俺。
昨日から指摘されたらどうしようと対策を練っていたので、直ぐに答えることが出来た。
花恋と出掛けることを約束してしまった以上、俺は出来るだけ俺の顔を出来るだけ隠すことで、少しでも俺を認識させないようにさせた。
「そのサングラスとその服装、似合ってるのだよお兄ちゃん。」
「花恋もその茶色のロングスカートと薄い桃色のショートコート似合っているよ。」
「…が、頑張ってお洒落してよかった。」
ボソリと小声でそう呟く花恋。
ラノベなどでは難聴系主人公が多いが、生憎俺はそんな難聴ではないのでしっかりと聞こえてしまう。この様子だと、もしかして今日の為に花恋は頑張ってお洒落したのだろうか。
顔を覗き込むようにして首を曲げると、顔をほのかに朱色に染めている花恋。
いつもの花恋の動物が描かれた可愛らしいパジャマもいいが、今の姿も凄く似合っている。いつもの可憐な雰囲気と違って、茶色と薄い桃色で少し落ち着いた雰囲気の服装。いつもの可愛らしい雰囲気も相まって、少し落ち着いた大人のような雰囲気がある花恋からはギャップのような物を感じ、いつも以上に美しさと愛くるしさを感じる。それに、花恋の恥じらいと照れで紅く染まった表情……
花恋が可愛すぎる。
ギャップ萌えという女子の理解出来なかった言葉も、今なら理解出来る気がする。
いつもと雰囲気の違う花恋に俺は脈を少し早くしながら、少しずつ街中へと足を進めた。
「あっ! ねぇ、お兄ちゃん。彼処にクレープ屋さんあるよ?」
「いいね。行ってみよう。」
丁度誰も並んでいなかったので、今並べば直ぐに作って貰えそうだった。
クレープを作って貰うのには少し時間が掛かってしまうだろうが、滞在時間が少ないのは良いことだ。並んでいる最中に理不尽な理由を元に喧嘩が発生する可能性も低くなる。
人が誰も並んでいないことをチャンスに、誰も並ばない内にクレープ屋に並んだ。
「いらっしゃい。ご注文はどうしやすか?」
「この中だと、花恋は何が食べたい?」
「う~んとね。これかな?」
髭を熊のように生やした体格の良い店主に渡されたメニュー表の一部に、白く細い指を指す。
その指先に書かれているのは、大きくハートに形取られたバナナやキュウイなどのフルーツが載っているーーーその下に恋人専用クレープと書かれたもの。
花恋の指を指した場所に思わず俺は驚いてしまったが、直ぐにそんなことはないと頭を振った。
俺達は兄妹だ。
恋人ではない。
指を指す場所を間違えたんだと、花恋の指が動くのを俺は見守った。
「それじゃあ、この恋人専用クレープを下さい。」
幻聴だと思いたくても、俺の耳は良くも悪くも幻聴系主人公じゃないのでしっかりと花恋の声が聞こえてしまう。
クレープ屋の店主を見れば、不気味な笑みをうかべなか小麦色の生地を鉄板に敷いてクレープを作り始めている。何故だろう。物凄く腹が立つ。しかも俺と花恋の繋がれた手を見ると、恥ずかしがるように顔を紅くしながらチラチラと俺達の方を見てくる。子供がやるのならまだ分かるが、大の大人にやられたら煽られているようにしか見えない。
そんな様子でいるとクレープの代金払わないぞ、と心の中で呟くととんとん肩が叩かれた。
「お兄ちゃん、もしかして、花恋と恋人クレープ食べるの嫌だった?」
「え? いや、そんなこと無いよ。」
「でも、何かお兄ちゃん怒ってような気がしたから……」
心配そうな顔でこちらを見つめてくる花恋を俺は安心させるように抱き締める。
花恋を心配させてしまった最初の原因がこの店主とはいえ、折角の花恋とのお出かけに水を差すようなことをしたのは俺だ。それに、花恋が恋人が選ぶ奴を選んだからといって何なのだ。花恋のことは好きだから問題などないのに。もともと、花恋とのお出掛けなのだからこんな店主のことなんて気にしなければよかったのだ。……心配させてごめんな花恋。
抱き締めながら安心させるように花恋の背や頭を撫でている最中、店主の方から兄妹プレイという言葉や女を泣かせた男という言葉が聞こえてきたが空耳ということにして、俺は花恋を撫で続けた。
「俺が花恋に怒るなんてことないから大丈夫。……もう安心した?」
「うん。勘違いしちゃってごめんね。」
「全然気にしてないから大丈夫。……それこそ、俺こそ勘違いさせてごめんね。」
楽しい雰囲気では無くなってしまったが、取り敢えず花恋を落ち着かせることが出来て良かった。さっさとこのクレープ屋からクレープを貰って、違う場所で楽しいことをしよう。
「ほら、恋人専用クレープ完成どうぞ。お嬢ちゃん。」
「わぁ。美味しそう。」
俺は花恋にクレープを手渡す。渡したクレープを見て、落ち着いた雰囲気を感じさせながらもいつもの可憐で元気の出る笑顔を辺りに振り撒く花恋。この花恋の表情を見るだけで、店主で溜まったストレスが無くなりそうだった。
「それじゃあ、彼処で食べよう?」
「噴水も目の前にあるし、何かオシャレだな彼処。」
花恋が指差したベンチはちょっと暗めの茶色をしていて、噴水の縁の色や噴水の雰囲気と噛み合っていてとてもお洒落だった。お洒落な花恋と来ているとはいえ、俺がこんな場所で座っていいのかと思う程には。
花恋がベンチに腰掛けると、俺も急いで腰を掛けた。
「ねぇねぇ同時に食べよ?」
「ど、同時に食べるのか?」
「や、やっぱり嫌だった?」
「全然そんなことないから安心して。……それじゃあ、タイミングはどうする?」
「んーとね、……三、二、一で食べよ?」
「分かった。」
顔を赤らめながらも、数を数え始める花恋。
家で花恋に自分の物を食べさせる機会などは今までに沢山あったが、流石にこの雰囲気でやるとなると恥ずかしい。花恋もやりたがっていた割にはそうなのだろうか。
花恋の声に合わせて、二人で片方ずつ持っているクレープに口を近付けていく。花恋の口から一という言葉が漏れた瞬間、俺は恥ずかしくなりながらもクレープを口に含んだ。
「……美味しい。」
「……美味しいね。」
口の中に入って来たチョコの味や様々な果物の味よりも、僅か一センチ横の花恋に意識が向く。隣から聞こえてくるのは、花恋の甘い香りのする吐息。その吐息が聞こえる度に、心拍数はどんどんと加速していく。
花恋にバレないようにそっと横目で花恋の方を眺めると、リンゴのように顔を真っ赤に染めながら少しずつクレープを食べ進んでいる花恋。いつまでも見ていられそうだった。
すると、俺の視線に気が付いたのかクレープを食べるのを一度中断してこちらを振り返ろうとする花恋。俺は顔を隠すように、クレープを食べる振りをして下を向いた。
……顔が紅くなっているところをあまり見せたくないのだ。
「……お兄ちゃん。一回顔を上げてみて?」
「………嫌だ」
俺が顔を紅くしているのがバレているのか、顔を見ようとしてくる花恋。
自分だけ見ておいて自分が見られそうになったら隠すのはどうなんだと思いながら、花恋の要望に答えずに俺は下を向き続ける。
しかし、穴を覗き込むようにクレープの下から顔を覗きこまれ、俺の紅くなっていただろう顔は花恋に見られてしまった。
家族以外から嫌われていた俺。急にモテ始めたが、そんなの知らない。今まで俺を嫌っていた奴等が必死に構ってくるが、新たな苛めだろうか。 狼狼3 @rowrow3
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