第9話


「……そういえば、先輩の名前って何ですか? 今思えば聞いてませんでした。」

「おいおい。俺の名前知らずに告白してたのか。」

「だって、私は自己紹介したのに先輩はしてくれなかったじゃないですか。」

「……佐竹幻馬だよ。」


 俺が自己紹介をしてなかったのが悪かったのだろうかと、笠田の言い分に疑問を持ちながらそう自分の名を口にする。今さっき終学活が終わった俺達は、屋上に集合。嫌われている俺と一緒に居るところが見つかったら笠田も嫌われてしまう可能性があったので、人の居ないであろう屋上に集まった。


「幻馬って名前なんですね。幻馬先輩……覚えました!!」

「まぁ、忘れたら何度でも教えるから何時でも聞いて欲しい。」

「忘れないのでそんな心配はいらないですよ。幻馬先輩!!」


 そう言って俺に抱き付いてくる笠田。何やら柔らかい物が二つ俺の体に触れているが、意識しないようにする。付き合っているとはいえ今日が初対面の筈だが、彼女というものはこんなにも積極的なのだろうか。性格も明るそうだし、保護欲を感じさせる見た目も合わさって、今までで二桁付き合っていたとしても何も疑問に思わない。一度聞いてみるか。


「そういえば、笠田は物凄くモテてそうだが、今まで何人くらいの人と付き合ってきたんだ?」

「………」

「……聞いちゃいけなかったか? ……ごめんな。」


 俺が人数を聞いた瞬間、笠田は明るかった表情を別人かと思わせる程暗くさせる。何かトラウマのような物が過去にあったのだろうか。笠田の触れてはいけない部分に触れてしまったのかと、俺は軽く謝る。その数秒後、笠田は調子を取り戻したように元の明るい表情に戻った。


「……そういえば、幻馬先輩の鞄のところに何か挟まってますよ? 手紙ですか?」

「ん? そういえば、下駄箱に手紙が入ってたんだよな。見るの忘れてた。」

「……ラブレターじゃないですよね?」


 そんなまさかと、心配そうな表情の笠田を横目に便箋を手に取る。既に封を切っていた封の中から半分に折り畳まれていた手紙を取り出し、手紙を開く。笠田はラブレターの心配をしていたがこれがラブレターだったら、今まで恋人ゼロ人の俺が、一日に二度も告白されたことになる。流石に、急にそんなにモテるようになるのは可笑しいだろう。ただでさえこんな美少女に告白されたんだ。続けざまに告白なんかされたら、明日にでも俺は死ぬのではないだろうか。そんな訳ないと面白半分で開いた手紙の内容を軽く見ると、俺に対する色々な好意が書かれている……信じがたいがラブレターという奴だった。


「ちょっと!! やっぱりこれラブレターじゃないですか。幻馬先輩…私が居るんですから、断りますよね?」

「ああ。そのつもりだけど…… ん? ちょっと待て。この手紙の最後に書かれている『放課後に屋上に来てください』って場所、屋上ここじゃないか?」

「え? ……ってことは、屋上に来るじゃないですか。幻馬先輩に告白しにくる女子。」

「…そういうことだよな? ちょっと、笠田は屋上から離れていてくれ。」

「ええっ!!」


 笠田が嫌だ嫌だと声を上げた瞬間、屋上の扉から嫌な音がする。まさか、もう告白しに来た相手は来てしまったのだろうか。隠れようとしてももう遅い。今さら逃げたって焼け石に水だろう。来てしまった相手にはもう立ち向かうしか術がない。

 笠田を見た瞬間、相手は泣きながら帰ってしまうんじゃないかという不安を抱きながら、扉が開いていくのをただ待った。


「待たせちゃった? ……幻君今まで本当にごめんなさい。どうか、許してくれるなら付き合って下さい!!」


 扉を開いて出てきたのは、昔に見た覚えがあるような、何処か不思議な面影のある美少女。毛先まで整った所々金色の混じる茶髪。二重のぱっちりとしたほんのり茶色に透き通る瞳。そして、その綺麗な瞳をより強調させる整ったシミ一つない顔。


 面影の残る顔に疑問を持つと同時に、幻君という言葉に俺は頭を回転させる。俺のことを少なくともその呼び方で呼ぶということは、俺はこの少女と出会ったことがあるのだろうか。それに加えて、謝罪をしてくるということは俺にこの少女は何かしてしまったのだろうか。


「……返事を返す前に名前を教えて貰ってもいいか?」

「え? ……桃葉美菜ももは・みなです。もしかして、名前忘れられてた? 眼鏡外してるけど同じクラスだよ一応?」

「美菜? ……ま、まさか。幼稚園の頃よく遊んで貰った古田美菜ふるた・みなか?」

「そうだよ!! 実はお母さんとお父さんが分かれちゃって、名前が変わったんだ。 ……そして、本当にごめんなさい。幻君のことが好きだったのに、何か変な気持ちになって苛めたり拒絶しちゃったりして。」

「……」


美菜といえば幼稚園の頃よく遊んで貰った女の子だ。おままごとだったり、砂遊びだったり、当時の俺は今のように皆に嫌われることなく集団の輪に馴染んでいた気がする。しかし、眼鏡を外しただけでこんなにも印象が変わるものなのだろうか。クラスにいる美菜は雰囲気が暗くいつも一人で本を読んでいるイメージしかなかった。それに対して、今の美菜からは明るい雰囲気を感じて、何人もの人から告白されている様子が容易に想像出来る。


 名前が変わっていて、加えて同じクラスだったということも驚きだが、どうして俺に今さら謝って告白のようなことをしたのだろうか。


 俺が突然皆から拒絶されるようになった日。

 いい思い出じゃないので思い出したくないが、俺は美菜が言っている通り美菜にほんの少しだが苛めのようなことをされたり、話し掛けても拒絶された。今なら何ということでもないが、当時の俺は豆腐メンタル以下の柔メンタルだったので、訳も分からずに嫌われたことに大泣きをしたことがある。


 正直もう仲良くなれないと思っていたし、仲良くしようとも思ってなかったので美菜のことはもう完全に忘れていたつもりたが、意外と思い出せるものだ。美菜が突然謝ってきたのは、あの五人組が裏で糸を引いてやったことなのだろうか。確証がないので何ともいえないが、この変な気持ちというのが気になる。始めっから嫌われていた五人組は関係ないが、俺は突然美菜に嫌われたからな。ちょっと聞いてみるか。


「……ちょっと質問してもいいか? その変な気持ちって何だ?」

「うーんとね。言葉にすると難しいんだけど、幻君に対して凄い嫌悪感を持ったり、拒絶のような物が幻君を見ると感じちゃって。後、幻君が幻君じゃないように見えて。」

「……」


 美菜の言うことが本当なら、何故急にその気持ちが美菜に湧いて出てきたのだろうか。


 何とか奇跡的に荷物の下に隠れることに成功していた笠田から睨まれながら、俺は長引かせるのもあれなので返事に答えることにした。

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