第8話


 チャイムが鳴ると共に、俺は教室を急いで出る。今日も後ろから聞こえてくるのは、あの五人組の掛け声。あの五人組にだる絡みされるのはとてもとても面倒臭い。パシリに使われて愛しの花恋の弁当が食べれなかったのは今でも忘れない。悪口と理不尽を言われて逃げないのは、Mくらいだろう。彼奴らはもう俺を苛めないと言ったが、関わるメリットがないし、俺はMではないのでさっと教室を出て聞こえてなかったことにする。


 廊下を駆けて俺が向かうのは、階段を登った先にある屋上。屋上で食べる奴は、俺がよく屋上で食べているので近付きたくないからか、それとも屋上があることを知らないのか、俺以外今のところ誰一人来たことがないのでまさにここは学校の唯一の楽園だ。


 人の目を気にすることなく、自分のペースで花恋の弁当を味わえるのはここしかない。教室で食べていた頃は良く睨まれたていたり、食べ終わったゴミはよく俺の近くに投げられることがあったので、全然食べることに集中出来なかった。それに、投げられてきたゴミが弁当の中に入ったことが何回かあり、そっと中指をそいつに向かって立てたのは今でも覚えている。とにかく、屋上の存在は俺にとって感謝しかない。


 ふんわりと描かれた熊の布に包まれた弁当を開いてみると、中に入っているのは丁度いいサイズに握られたおにぎりに、焼き加減の丁度いい玉子焼き、そして揚げ物特有の食欲をそそられる匂いのする唐揚げ。朝ご飯にも唐揚げが出てきたが、もしかして花恋が唐揚げを朝から一人で揚げたのだろうか。揚げ物は作るのが面倒臭いというが、花恋がわざわざ俺の為に作ってくれたとなると優しさで泣きたくなる。おにぎりと玉子焼きは弁当の定番メニューだが、毎度毎度美味しい。花恋がお嫁さんだったりしたら、学校へ行かなくなったとしても毎日のように作ってくれるのだろうか……



 そんなことは思ってはいけないと、少しでも考えようとした自分の頭を軽く叩き、いただきますをしてから早速おにぎりを頂くことにする。今日は何の具材なのだろうか。まぁ、何にせよ美味しいことには変わらないだろうが、具材を当ててみるのもちょっとした一興だ。今日は……昆布だろうか。頭の中で昆布をイメージさせると、後ろの方から声が聞こえてきた。


「すみません。少しいいですか?」


 昆布と思いながらおにぎりを口に加えると、口に広がるのは昆布には無いふんわりとした柔らかい食感。噛んだ後のあるおにぎりを見てみると、やはり鮭だ。予想を外してしまったが、まぁそんな日もあるだろうと割り切った。


「ちょっと!! 聞こえてますよね!? 無視するのは流石に酷いと思います!!」

「……どちら様でしょうか?」


 折角愛しの弁当を食べている幸せな時間だというのに、何のようだろうか。扉の取ってを握りながらこちらを見ているのは、花恋とまではいかなくとも学年で一位二位を争うような美少女。身長も花恋と同じくらいしかなく、保護欲を感じさせる小動物のような見た目で、皆に愛されてそうな俺とは真反対の人だ。知り合いでもないし、友達でもない初対面の人だ。身長からして、同学年ではないと思う。……どうしてそのような人が俺に?


「私は一年二組の笠田美海かさだ・みなみと言います。……それで、少しお時間いいですか?」

「……五秒ならどうぞ。」

「ちょっと!! 短すぎじゃないですか!? 少なくとも一分は下さいよ!!」


 どうやらこの美少女は物凄く暇らしい。

嫌われ者の俺に声を掛けて、俺のような奴に時間をねだってくるとは。皆から愛されて暇な時間など無さそうな愛らしい見た目をしているが、実は友達は少ないのだろうか。


 首を縦に振って仕方なく了承の意を示すと、目の前の一年生の少女は顔を赤らめながら話し始めた。


「ええっと……ですね。ひ、一目惚れです。つ、つ、付き合って下さーー」

「…え?」

「…え?」

「俺の耳が壊れていなければ、今告白されたような気がしたけど。……俺のような奴に告白する奴なんていない筈だから、多分幻聴だよな。うん。そうに違いない。」


 目の前の少女から目を逸らし、おにぎりを食べ進めることにすると、怒っていますよと言いたげに頬を膨らませながら、 目の前の少女は声を張り上げて言った。


「勝手に人の告白を無かったことにしないで下さい!!」


 そう言いながら目の前の少女は俺の方へ駆け寄ってくる。どうやら幻聴じゃなかったらしい。頬が膨らんでリスのようになっているのは可愛いが、告白されたという現状にどうしても頭が回らない。告白? 何で俺が?


「それでどうなんですか!! 私と付き合ってくれるんですか!?」

「……ちょっと待って。考えてもいい? 整理が出来ない。」

「あっ……急にカッとしちゃってごめんなさい。」


 しゅんと、親と離れ離れになった子犬のように肩を落とす少女から目を離し、一度俺の頭が正常に動くように出来るだけ心を落ち着かせる。俺に告白? そんなことはあり得ない。もしかして……相手間違ってるんじゃないのか?


「あの……非常に言いにくいことなのですが、相手間違ってません?」

「間違ってませんよ!! そもそも、一目惚れした相手を間違えませんよ!!」

「あっ!! もしかして、罰ゲームで告白とか?」

「……そろそろ本気で怒りますよ?」


 相手が違う訳でもなく、罰ゲームでもないらしい。……ということは非常に考えにくいが、この少女は本当に俺のことが好きで告白を俺にしたということか? 俺としても、こんな可愛い見た目の少女と彼氏彼女の関係になってみたいものだが、俺はクラスというより大体の人から嫌われているぞ? この反応を見ると俺のことが嫌いで演技しているようには見えない……それでもいいのか?


「……付き合ったりするの初めてだから多分接し方とか下手だと思うけど、……俺嫌われているぞ? 笠田はどうやら違うらしいが。そんな奴と付き合うということは、嫌がらせなどのオプションが付いてくる可能性があるということだ。笠田はそれでもいいのか?」

「全然大丈夫です!! ……それで、付き合ってくれますか?」

「それじゃあ……こちらこそよろしくお願いします。」


 俺がそう言うと、笠田は俺の手を握ってくる。白い細いしっとりとした指で、男にはない柔らかさがある。男には無い触り心地に、思わず笠田の顔を見ると、俺と付き合えたことが嬉しいのか顔全体が朱色に染まり、男共に見せたら襲われそうな程可愛い顔が、俺と手を繋いでいないもう片方の手で隠されていた。


「そ、そんなに見ないで下さい!!」


 前言撤回。隠されていたといっても、片手じゃいくら大きく指を広げてもその隙間から可愛い表情が丸見えなので、笠田としては見せたくない林檎のように真っ赤に染まった顔が俺に晒される。可愛さのあまり見続けていたのが悪かったのだろうか。繋がれていた手は自然と離れ、両手で顔を塞ぎ俺から顔を背けるように下を向いて座り込む。やってしまったと思いながら、赤く染まった耳が隠れていないことは指摘しないことにする。


 手を握ってきたということでこういう恋愛的なことは強いのかと思ったが、この様子を見るとどうやら初心らしい。笠田の表情や仕草を見ると、何だかこちらも恥ずかしくなってきた。笠田のことを初心と言ったが、俺も初心だ。多少花恋とのスキンシップで可愛らしい仕草に対する耐性が付いているとはいえ、花恋以外となると慣れていないので俺も恥ずかしさを感じる。


 顔を隠すも、真っ赤に染まった耳を隠すことを忘れた彼女を見ながら、多少頬が熱くなっているのを意識しないように、食事を進めた。彼女と直ぐに付き合うことになったが、彼女といるのは意外と悪くないなと思い始めた。

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