第7話
「うん? 何だこれ? 手紙……か?」
自分の下駄箱に入っている便箋を手に取り、ぱっと全体を確認する。軽く見ただけだが、のりやボンドといった接着剤系の物は付いていないらしい。彼奴らが手紙に偽装して俺の手を汚してくると思っていたのが………昨日仲良くしようなどと言っていたが、あれは本当で俺を苛めるのはもう止めたのか?
急に態度を変え始めた昨日の五人組の行動に今日も疑問を持ちながら、俺は便箋をバックに入れる。少なくとも五人組では無さそうなので、流石にここで開けて読むのは、手紙を書いてくれた相手に申し訳ない。中身を軽く見てみると、学校で使われるような物ではなく市販で売られていそうな物だったし。
どんな内容が書かれているのかなと思いながら教室へ向かうと、下駄箱を見て確認した通り誰もいない静かな教室。この状況でなら手紙を見ても大丈夫かと、俺は席に座り便箋に手を掛けるとーー
「幻馬君おはよう!! 」
「お、おはよう?」
自分でもかなり顔が引きつっているのが分かる。 教室の扉を開けて、朝から大きな声で挨拶してきたのは五人組の一人の桜。挨拶されるなんてことは基本無かったから挨拶されたことにも驚いたが、何だ君付けって。苛められていた奴から君付けされるとか、気持ち悪さを通り越して寒気すらするんだが。
「今まで幻馬君のこと苛めてごめんね。教室の外に机と椅子とか出されて傷付いたよね? パシりに使ったり、昨日は椅子に画鋲を張り付けようとして嫌だったよね? ……でも、もうそんなことはしないから!! 本当にごめんね。」
「……お、おう。」
別に教室から机と椅子を出されても面倒臭いだけで傷付かないし、パシりに使われたり、画鋲を張り付けられるよりも現在進行中の桜と話す方が精神的にくる………ということは置いておいて、適当に言葉を受け流すと同時に手紙をバックの中に戻す。正直、苛めてきた奴の言葉なんて信用出来ないし、俺も信用する気ゼロなので、このことに関して考えることすら時間の無駄だ。だが、もうしないというのなら面倒臭いことが減るので、俺にとってはメリットしかない。ついでに、話し掛けてくるのも金輪際止めて欲しい。
俺の今の返事で謝罪を受け取ったのかと思ったのか、鼻歌を歌いながら気分が良さそうに席に着く。勘違いするのはいいが仲良くする気はゼロを通り越してマイナスなので、話し掛けてくるなよと言いたい。ソーシャルディスタンス。ソーシャルディスタンス。
手紙をこんな場所で見たら直ぐに奪われるだろうなと思いながら、仕方なくバックから本を取り出し、本を読むことにする。やっぱり本は文章に描かれた世界に自分を組み込んで、まるで自分が体験しているかのように思えるからとてもいい。こいつらのことを気にしなくて良くなるのも、評価点が高い。
「ねぇねぇ。そういえば、幻馬君は何の本を読んでるの?」
楽しい楽しい本の世界は数十秒で終了。本の世界に入ったと思ったら、直ぐまた現実世界に戻された。にしても、君付けはまだ続行中なんだな。
音は聞かないけど、イヤホン持ってきた方がいいかなと思いながら、本を一度閉じて表紙が桜に見えるように桜へ向ける。本当は聞こえない振りをしてもいいが、後々『どうして話し掛けても答えなかったの?』と言われても面倒臭いので、仕方なくだ。
「口で説明するの難しいから表紙見て察して。」
「……表紙だけじゃ分からないから、内容を説明して貰ってもいい?」
どうやら視力が物凄く悪いらしい。
俺が読んでいる本は「タコイカ大戦争」という本で、名前の通りタコとイカが死に物狂いで戦争をするという本だ。……といっても、内容は第二次世界大戦の枢軸国側と連合国側をタコとイカに置き換えただけで、簡単に言うと分かりやすく説明された第二次世界大戦だ。所々ネタが入っていたり、アメリカがダイオウイカ、ポーランドが茹でられた瀕死のイカ、ドイツが余命があと少しのイカと表現されていて、力関係と特徴が分かりやすく説明されている。
名前を見ただけで内容分かりそうだけど、理解出来なかったようなので俺は口で説明することにした。
「タコとイカが出てくる話。」
「……もっと詳しく説明して貰ってもいいかな?」
「………」
タコとイカが出てくるのは間違い無いのだからそれで良くないかと思いながら、流石に省略し過ぎでまた話し掛けられるのも面倒だ。ざっと第二次世界大戦の国をタコとイカで陣営ごとに表した本と説明した。まぁ、さっき口で説明するのは難しいと言ったのは嘘だ。俺が説明をするのが面倒で、説明をしなくていい口実を作っただけだ。
すると、やっと理解してくれたのか俺が一通り説明した後は、もう本の内容を聞いてくることは無かった。これでまた本の世界に戻れると思い、後ろから前に体を戻すと、再び本を開き俺は本の世界に入り浸っていく。丁度今は、冷蔵庫の中で行われている地獄の独ソ戦だ。武器を持ったタコに対し、冷蔵庫の隙間からどんどんイカが出てきている絵が描かれている。撃っても撃っても終わらない、泥沼感がひしひしと伝わってくる。……こういうのを見ると、この時代に生まれて本当によかったと思える。
「ねぇねぇ。その本何処で買ったのか教えて? 私興味持ってさ。」
しつこい奴は嫌われるということを知らないのだろうか。
いい加減面倒臭くなった俺は「お腹壊した」と言って、少し肌寒いが屋上へ一人避難。しつこい奴が居なくなったことで、少しの間だが俺は一人気ままに本の世界を楽しむことが出来た。
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