第5話

「お前ら朝学活を始めるから、早く席に着け。」


自分の世界に入り浸っていること数分。ガラガラと古典的な音を立てながら扉が開かれると、眼鏡がよくお似合いの担任の岸和田が入ってくる。

スラッとした細身の高身長で、何処か優しく包み込んでくれるような暖かい雰囲気。

整った顔に、ワックスで整えられた艶のある黒髪のショートカット。

耳に自然と入ってくる、心地よい男声。


岸和田がそう教室内に声を響かせると、何やら俺の方を見て友達同士教室の隅で喋っていた男達や女子達が少し物足りない様子で席に座っていく。気が付けば、さっき皆からの視線に耐えきれず教室を走り去っていた彼奴らも、元の席に座っていた。


「それじゃあ、出席確認するぞ。……ってあれ? 君は誰だい? ここは屑の彼奴の席の筈なんだが…」

「……その屑ですよ先生。」


岸和田が首を傾げながらそう言ってきたので、嫌味っぽくそう答えを返す。この岸和田という男は優しそうな雰囲気を持っているのに、平然と人の悪口を言えるので凄い。先生をやるよりも、役者をやった方が合っているのではないかと思う。声と顔もいいので、そこそこ活躍の機会もありそうだ。


「え? お前があの幻馬なのか? ……先生をおちょくってないよな?」

「……してませんよ。」

「そうなんだな。……じゃあ、とりあえず出席取るぞ。」


疑い深い目で俺のことを見透かすようにじろじろと見ると、出席簿を元に名前をどんどんと呼んでいく。出席を取る声もハキハキとした声で聞きやすく、呼ばれた生徒はそれなりにやる気のある声で返事を返す。先程のやり取りもどうせ演技なのだろう。声もいいんだし、声優もありではないかと思っていると、俺の前の番号の奴が呼ばれたので、俺も仕方なく返事を返す準備をする。


「……幻馬。」

「え、は、はい。」


予想してなかった呼び方と違い、思わず返事が遅れてしまう。いつも屑やゴミという呼ばれ方しかされてなかったので、久し振りに呼ばれた名前に反応することが出来なかった。

俺が返事を遅れたことに不満げな様子もなく、次の番号の名前を呼ぶ岸和田。……にしても、今日は本当にどうかしたのだろうか。演技とはいえ、幾らか俺に対して優しすぎる気がする。教育委員会にでも、俺にしてることがバレたのか?


頭の中でそのことについて考えていると、気が付けば朝学活が過ぎた。


■■■■


「それじゃあ、今日はサッカーの試合をするぞ。先生がチームを作ったから順番に呼んでくぞ。」


体育の先生がそう言うと友達同士目を合わせて、互いにアイコンタクトを交わし、先生の方を見つめながら呼ばれるのを待つ。恐らく心の中で、同じチームになるといいなでも考えているのだろう。


現在、一時間目の授業の体育。俺達男子はサッカーの授業をやっていて、女子は百メートル走など陸上競技をやっている。どちらも同じ校庭でやっているので、少し遠くの方を見れば女子が走っている様子を見ることが出来る。野獣と比喩されることもある男なだけあって常にニ、三人。ある程度育った女子の胸元や肉の付き始めた脚などを観察して、だらしない顔をしている。その姿は、男である俺からしても少し気持ちが悪い光景なのだから、見られる女子達からしたらもっと気持ちが悪いことなのだろう。まぁ、俺にはあまり関係ないことなのだが。


俺の名前が呼ばれたので仕方なく立ち上がり、呼ばれたチームの面子が集まっている方へ歩き、そこから少し離れた場所で座る。集まった奴等同士はなかった互いに互いを見合せ、友達が居るか居ないか探しており、そこは友達が一人もいない俺が存在する場所とは到底言えず、少し離れた場所で座った。生憎俺もこいつらと特に話す内容もなく、話す気もしないので互いにとってこれが一番いい関係だろ。俺はこいつらから嫌われているし。サッカーといえば協力や団結力が重要だと聞いたことがある気がするが、関係ない。そこまで熱が入ってやろうと思わないし、まずやる意味がないのだから。

周りを見渡すと、俺を苛める中心となっている三人は同じチームでなかった。同じチームだとしても、苛められることは面倒臭いだけなのであまり気にしていなかったが、同じチームではないのは少し嬉しい。


「それじゃあ二分後に試合始めるから、チームごとに作戦考えとけよ。」


先生がそう言うと、ホワイトボードを配り出す。俺のチームもホワイトボードを受け取り、それらしい作戦を二人がリーダーシップを執って描いていく。この二人は俺を苛める中心的なメンバーじゃない為、彼奴らほど性根が腐ってないし、苛められた記憶もあまりない。地毛なのか染めたのか分からないが、一人は綺麗な赤髪にもう一人は日光で良く輝く金髪だが、髪の色が特殊だからといって悪い奴という訳では無さそうだ。人を見た目で決め付けてはいけないとはこのことだろうか。まぁ、嫌われてはいるのだろうけど、彼奴らと一緒にいるよりは数百倍気持ちが楽だった。


「時間になったし、試合始めるぞ。」


二分というのは早い物で、強制的にホワイトボードが回収される。この二人はもっと作戦を説明したそうな顔をしていたが、渋々納得すると今説明した作戦でいくぞと同じチームの面子に声を掛けた。まぁ、簡単に言うとパスを重点的に置いたスピード的な作戦だ。パスを繋げて、どんどん相手ゴールにボールを持っていく。少なくとも、女子の方へ視線を向けていて、ふしだらな顔をしている彼奴らよりはいい作戦だと思う。作戦が聞こえてこないかと、こっそり耳を傾げていたら大きな声で彼奴らは呼び掛けていた。


「作戦とかはない。とりあえずボール持ったら俺達に渡せ。」

「大丈夫w大丈夫w 俺達にボール渡してくれればどうにかするからw」

「女子が見てるんだし、格好いいとこ見せるぞ。」


他の人の意見など聞く様子のない、暴君のような雰囲気を持っている地転拓磨に、ふざけたように笑いながら言う民村優たみむら・ゆうに、女子のことしか考えていない賢幻。こいつらは自分達のことしか基本考えておらず、自分達さえ良ければ後はどうでもいいという奴だ。こっちのチームには居なかったが、あっちのチームにはサッカー部が居て、サッカー部が言っているのならまだ分かるがダンス部の彼奴らがボールを渡せと言っているのだから、もの凄い自信だ。サッカーをやってたなんて聞いたことないし……こいつらは勝つ気があるのか?


作戦すら考えていなかった相手チームから離れると、俺は自分の立ち位置に付いた。

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