【Any%】世界の中心に否応無しに立つ者

 客室内の男三人は揃って同じ未来を見ていた。

 このまま俊樹を生産装置に接近させ、万が一にでも反応が出た場合。それ即ち、四家の持っていた数多くの権限が俊樹に移ることになる。

 未経験であることを理由に西条家が権利を有する可能性もなくはないが、それでは他三家が納得しないだろう。

 彼等が協力しているのは、このままでは何も変わらないと解っているから。

 

「管理AIが言うに、このまま相続する子孫が出現しなかった場合は一時的に生産装置が停止することになっている」


「何? ……っち、だから連中あんなにも周囲を嗅ぎ回っていたのか」


「お前の周辺を調べていたのは西条の者だろうな。 あちらにとっては万全な状態にしておきたかったのだろうよ」

 

 急ぐ理由も見えた。

 生産装置の停止は絶対に阻止せねばならぬ問題だ。これが恐らく直接の後押しとなり、昨日の強襲になった。

 そして、回収したのは現状鳴滝家だ。彼等は交渉に対する強い手札を入手し、今後の流れをある程度左右することも出来る。勿論完全な切り札とするには遺産相続を済ませることだが、子孫が現れると語られた以上は既存の四家内にはやはり居ないと考えるべきだろう。

 今後生まれてくる子供も今の所は無い。婚約者や既婚者は居るものの、彼等の子供が誕生するまでにはもう少し掛かる。

 であれば、やはり四家が把握していない俊樹しか可能性が無い。これで彼も違うとなれば、将来生まれる子供を指すことになるだろう。その子供が一体何時生まれるかは、未だ誰も知るよしがない。


「西条は今この瞬間も俺の所に対して引き渡しを要求している。 治療中だと言ってもお構いなしだ。 このまま長引けば、奴等は痺れを切らして直接此処まで出向いてくるだろうな」


「西条ってのは、そこまで危険な家なのか?」


 空茂が話をしている間に俊樹は気が付いたが、彼からは西条を警戒している雰囲気を感じた。

 四家全てにスタンスはあるであろうが、彼は他の二家についてをあまり話さない。

 それは話題に上げる意味が無いようにも取れるし、警戒に値しないようにも取れる。だからこそ、そう思ってしまえばしまう程に西条の家に警戒が募った。

 それを指摘して、空茂はやはり重々しくああと口にする。

 白髪の髪を乱暴に掻き、何時の間にか用意されていた湯呑の中身を一気に飲み干す。


「危険な家だ。 俺達三家は子供に対して厳しい教育をするし、その過程で才の無い者は冷遇する。 如何に血は繋がっていても、当主に相応しい質を有していなければ価値は殆ど無い。 俺は才はあったが、他の兄妹は皆冷遇された上で繋がり目的の政治家や大企業の社長へと嫁がされた」


「クソだな」


「優秀な者は優遇する。 合理的な判断の下だ。 全ては結果次第であり、過程など我等の間では評価されない。 しかし、その中でも西条は最も過激だ。 ――何せ、使えない子供は破棄される」


「破棄?」


「文字通り捨てられるのだよ。 いや、あれは最早実験台だな」


 空茂は知っている。

 三家は昔ながらの厳しい家だ。守る為に己を鍛え、人類史の継続を掲げ、その為に身内であれど選別を行う。

 恨みなど買われて当然。それを受けつつも、しかして己が正しいと我を貫き通す強さでこれまで続いてきた。

 だが、西条は違う。あれは人権を無視し、未来を自身で左右することを是としている家だ。子供は当主であろうとなかろうと三家より地獄に放り込まれ、人体が崩壊する限界まで酷使される。

 人並みの扱いなどされはしない。当主の座に着いた唯一人だけが、初めて己の求める景色を形にすることが出来るのだ。


 尤も、そこに至るまでの過程で大抵は歪む。

 当主になる為に人を蹴落とすなど当たり前で、実際に老衰で亡くなった西条家の当主は驚く程に少ない。

 正しく修羅の家。人が住むべきではない、鬼が住むような家である。

 追い付けなくなった家の子供が何時の間にか死んでいた例も多く、もう三家内でも気にしていない程だ。

 普通、そんな真似をしていれば何れ崩壊する。遠くない内に誰かから告発され、或いは皆殺しの果てに西条という家の形は無くなっていただろう。

 それが出来ていたのは、やはり初代の直系であるから。最も尊き血を持つ者であるからこそ、妥協無き人材を作らなければならない。


「AR操縦の最中に死んだ子供が居る。 ただ食事をしていただけで死んだ子供も居る。 当主と果し合いを行い、呆気無く死んだ子供も居る。 あそこ程死という言葉が軽い家も無いだろうな」


「……なんだよそれ」


「全ては始まりの火が残した物をその胸に抱き続ける為。 それを達成するのであれば、自身の子供がどれだけの苦難に陥っても心が痛まない。 ……いや、あれはもう心が無いと表現するのが妥当かもしれんな」


 自身に流れる血の無惨さに、俊樹はこれ以上無いくらいに眉を顰めた。

 自身の母もそこには居たのだ。同じ様な地獄の中を生きて、きっと多くの死をその目で見て来たことだろう。

 それが自身が望んだことではなかったのは、現在の父と母の関係で明らか。

 彼女は世代最強と言われる程の優秀さを持ちながらも、それでも父との愛を優先して失踪することを選んだ。

 そこに人としての願望が確りあった。自由に、自分が望んだように生きていたいと。

 例え兄妹を見捨てる結果になるとしても、己が求めたものに手を伸ばした。――ならばそれを一体誰が責めることが出来ようか。


「そんな場所に俺を向かわせようってか」


「そうせねばならない。 俺が断ろうとも、このままでは生産装置そのものが停止する。 そうなれば待っているのは、世界全土の大戦争だ。 地球の資源が少ないことは五百年前から解っていることだろう?」


 歴史の教科書通りであれば、地球に残された資源は決して多くは無い。

 過去と比較すれば幾分増えたとはいえ、そもそも嘗ては大量に消費されていた時代だ。それを全て元通りにするには、五百年は少な過ぎる。

 西条とてそれは望んでいない。そして俊樹とて戦争は御免だ。まったくもってしたいとも思わない。

 だが、その為には生産装置に近付かねばならなかった。俊樹に与えられた選択肢はあまりにも少なく、全てを破壊するには力が足りない。

 

「妥協はさせられないのかよ」


「それが出来れば苦労は無い。 この条件は絶対だ」


「そうかい。 ――そうかい」


 無理だと決め込む空茂の態度に、俊樹は唾を吐きたくなった。

 試行錯誤をしている気配は感じられない。そも、彼等は生産装置を解析しようとは思わなかったのだろうか。

 彼等だけが特別である理由は判明しているが、言ってしまえばそれだけだ。

 どういう構造をしているのか。どういった原理で全て作り出されているのか。

 破損を恐れて手を出していないのが実状であろうが、それでは結局状況が改善されることはあるまい。

 五百年前と比較して技術は進歩している。例え欠片であれ、再現の可能性を掴むのも彼等の仕事ではないだろうか。

 

 彼等は停滞している。西条家を悪し様に語るが、世間一般からすれば他三家とて十分に惨いことをしているのだ。

 時には常識を捨てる必要もある。そんなことは俊樹とて理解しているが、古い習慣をそのまま続ける彼等は思考停止に陥っているだけに過ぎない。

 何故進まない。何故考えない。状況をより良くすることだって、きっと四家が力を集めれば出来た筈だろうに。

 怒りが湧き起こっていく。自然と感情が冷徹に振り切れていき、不意に自身の目に奇妙な感覚を覚えた。


 それは変化と呼ぶには弱い。

 けれど確実に、それを見ている者達に驚愕を与えるに足る変化だった。

 見る見るうちに変わっていく灰色の瞳。西条の系譜によって発現する赤眼は、やはり一対となって周囲を威圧する。

 空茂は初めて真に驚愕した。空気の代わりように、それまで気配を消して隅で待機していた小百合も息を呑んだ。

 この場で唯一笑みを浮かべたのは父一人。見せ付けてやれとばかりに、彼の劇場を特等席で見つめ続ける。


「アンタ達が屑だってことは理解した。 協力することは絶対に出来ないってな」


 赤き眼を持つ者を空茂は知っている。

 それは特別。それは最上。それは奇跡。始まりの火が喪失してからの五百年間に発現しなかった、原初の色そのもの。

 それが目の前に居る。夢幻ではなく、真実として。

 ――――今正に、世界が動き出す音が何処かで鳴り出した。

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