【九点】始まりの火
「お前はそこの馬鹿と西条家の娘との間に生まれた子だ。 そして、彼女もまたその目に煌めく金の炎を備えていた」
四家。
鳴滝、早乙女、西条、渡辺。この四つの家は俊樹が生まれるよりも前から政治中枢に関わるレベルの権力を有している。
その源泉は人々が知るように生産装置の操作権。今や世界全てで消費される資源を生み出す側であるからこそ、影響力は外にまで伸びている。
彼等は生まれつき優秀で、優秀で居続けることを強制される。学校に通うことはあっても、彼等は利用価値のある友好関係しか構築しなかった。
有権者の家族は四家を中世の王族のように扱う。そうしなければ分配される資源に差が生み出されるかもしれないと恐れた為だ。
誰も彼も、今や生産装置に依存している。そこから脱することは最早不可能だろう。
「この四家は表上では生産装置の運用を主な業務としているが、装置は不可思議な技術によって特定の条件を持つ者にしか操作権限を与えなかった」
「その目については隠されているのか」
「上層の者達は知っているが、他には伏せられているな。 理由は省略するが、この炎を発現出来る者だけが生産装置にアクセスする権限を得る。 ――だから、四家は何としてでも血を外に出してはならなかった」
空茂が息を吐く。
重い吐息に場の圧は高まり、自然と緩んだ姿勢を正される。
「よいか。 我々がそこの男を殺してでもお前を此方側に引き込みたかったのは、アクセス権を持つ者を増やしたくなかったからだ。 仮にお前が結婚して子供を残したとして、その者に炎が継承されては利用し出す者が出て来るだろう」
「…………」
「解る筈だ。 いや、解らないなどと言わせはしない。 彼女の息子であるならば、お前は優秀であって当然なのだ」
「――そこまで、母は優秀だったのか?」
「優秀などという表現では相応しくないな。 彼女は、そう、最も初代に近い人物だった」
天井に視線を向けながら空茂は過去を懐かしむように呟く。
鳴滝・空茂にとって西条・怜という人物は規格外だった。まだ若い時分に出会った彼女は年齢にして少女に等しく、けれど所作や言葉一つ一つが洗練されていたのである。
多くを知り、多くを覚り、多くを実践する。
それが西条・怜。彼女の前では男も女も関係無く、同じ一個の格下として処理されてしまうのだ。
ARでもそう。彼女は一回乗っただけで、初心者とは思えぬ動きを見せた。得意な武器を選ばず、機体性能など関係無く、同世代の四家の子供達を圧倒したのだ。
「あの冷ややかな目に震えを覚えたのは彼女だけだった。 そして西条から提供された最も古い映像から、彼女は始まりの火の女と酷似していることも我々の驚愕を誘った」
「始まりの火?」
「四家がまだ無かった頃、唯一火を自然に発生させることが出来る人物が居たのだよ。 その男は当時の世界最強であり続け、最後には氷を操る女と結婚して子を作った。 その子が今の西条まで続いている」
「ちなみに捕捉しておくと、その話は五百年以上も前の話だそうだ。 お前さんに解り易く言うなら――大怪獣時代の話だよ」
「!?」
腕を枕に天井を見上げていた父の横からの言葉に俊樹はもう何度目かも解らない驚きを胸に感じる。
四家が四家ではない頃と言えば、確かにそのくらいの時代だ。まだ生産装置が存在せず、怪獣と呼ばれる敵生体が人々を襲い、物資の不足による困窮に喘いでいた頃となれば遥か過去の話である。
その当時、新人類と呼ばれる新しい人類が突如として誕生していた。
彼等は自身を能力者と称し、人類を害さずに怪獣との戦いに焦点を置いていたという。
そのトップは炎の能力者で、三人居る上位者の中には俊樹の記憶通りであれば氷の能力者も含まれていた筈だ。
歴史の流れの中で彼等は生産装置を作った後、新世代に未来を任せて姿を消した。
今では彼等のような能力者など存在せず、天然資源を過剰消費しなくなったお蔭か怪獣の出現も無くなっている。
だが、今も確かに彼等の血は続いていたのだ。歴史の裏側で、生産装置を扱える者を厳選して悪用を抑え込んだ。
今の所世界は平和である。戦争を起こす理由が少なくなり、幸福指数が上がりに上がった現状では寧ろ起こしただけ不利になってしまう。
「話が逸れたな。 兎にも角にも、我々の家の血は常に繋がっていなくてはならない。 野に放たれるなど誰も良しとはしないだろう」
「っは、ならもっと穏便に話を付けようとは思わないのかよ」
「済ませようとしたのだよ。 そこの男が居なくなることで、四家は漸く落ち度を清算出来る。 歴史の汚点は葬り去られ、我々は元の流れに戻れるのだ」
全てを元通りに。
それが四家が求める未来だ。託されたモノを守る為、数少ない戦争が起こるであろう可能性を潰す為、不確定な血を管理しなければならない。
子供にとってそれは身勝手極まりないだろう。激怒し、あるいは復讐に走るだろうことも容易に想像出来ていた。
それでもどうにかなると彼等は考えている。何せ、俊樹はまだ覚醒したばかりであるのだから。
抑え込める術はある。完全覚醒を果たしたとて、そこに練度が備わっていなければ質は低いままだ。
「それに、この時期にお前の回収を始めたのには訳がある」
「訳? ……どんな訳でも、まぁクソッタレな理由だろうよ」
「いや、これは世界規模の問題だ。 ――国際標準0に規定されている生産装置の完全停止。 それが始まろうとしている」
半ば全て否定するつもりである俊樹も、空茂の語った内容に真剣な顔を強める。
それは早朝のニュース番組で流れていた内容だ。世界中で鳴り響いた警報は人々の不安を煽り、今もまだ正確な情報が世に流れてはいない。
何が原因で鳴ったのか。それを明確に口にしたのは、俊樹の知る限りでは空茂だけ。
重々しく放った言葉に嘘は感じられず、本人の言葉と同時に他の家の人間達も表情を暗いものに染めた。
「一週間以上前。 我々は生産装置から発された警報を聞き、急いで収められている専用の建物に向かった。 その建物には何重もの警備が敷かれていてな、詰めていた警備担当者も随分と慌てていた」
窓は無く、侵入経路は一つだけ。
地下からの侵入も分厚い金属板によって塞がれ、外からの攻撃は勿論通用しない。電子的にも分断され、身分確認は三重で行われる徹底振りだ。
如何に四家の人間しか操作出来ないとしても、防犯を高める意味はある。万が一にも破壊に動く人間が出ないとも限らないのだ。そして、破壊された生産装置を修理する術は現代には存在しない。
「警報の正体は生産装置内に存在する管理AIだった。 普段は命令を実行するだけの
そこらの作業用機械と同一の思考しか有していない筈だったが、その時のみ流暢に言葉を発したのだ」
その時の出来事を空茂は忘れない。
ホログラムの身体を持ったAIはそれまでの機械的な動作を止め、突如として人間のように振舞い始めた。
現れた四家の者達を眺め、実に残念そうな溜息を零しながら一つの予言を残したのだ。
「『間もなく、我等が父の子孫が来る。 その時、我等の全てをその者に託すことになるだろう』」
これが警報が鳴った理由。
放たれた予言を世迷言だとは誰も思えず、様々な人間を巻き込んで事態は拡大した。
表になぞ話せる訳がない。話せば、それは必然的に創炎の目についても話さなければならなくなる。そうなれば彼等を狙って騒動が起きるのは瞭然だ。
「我等が父の子孫。 その言葉を聞いた時、直ぐに四家の事だと察した。 特に西条に至っては歓喜した程だ。 初代の直系は西条だからな」
「……時間を超えた遺産相続?」
「そうだろう。 あらゆる全ての装置を手中に収めることが出来れば、それ即ち世界の頂点を握ったことになる。 故に、四家の様々な人間を生産装置の傍にまで近寄らせ――結果として、誰に対しても反応を示さなかった」
「それって……」
嫌な予感が湧いた。いや、これはもう予感の域を超えている。
警報が鳴ったのは一週間以上も前。今日この日まで四家の人間が試して駄目だったのであれば、次に彼等が考えるのは外に逃げた唯一の人物。
同世代最強。そして最も初代に近しい見た目をしていた者。
西条・怜に白羽の矢が立つのは自然だった。だが、その本人は既に死去して久しい。
蘇生技術などある筈もなく、故にその息子である俊樹に注目したのだ。
西条の中で残った最後の子供。もしもこの子供で遺産を受け継ぐことが出来たのであれば――
「まずい」
俊樹は呟き、父と空茂は双方揃って頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます