第8話 ある自殺への判決



 「ガッキーショック」が起きた令和3年5月19日、

新型コロナウイルスが世界を襲い始めた5月に起こった2件の

有名人の自殺のうちの1件の民事訴訟の東京地裁判決が出た。


その判決は、

地上波キー局のサクラテレビが放送していたリアリティー恋愛番組に

出演していた20歳の女子プロゴルファーが、

ネットでの誹謗中傷に堪えきれずに自殺をした事案に対するものだった。


 

 誹謗中傷を苦に自殺をした本人に対し、

亡くなった後もTwitterで本人を中傷する投稿をしたとして

被害者本人の母親が福岡県の男性に対して300万円の損害賠償を求めた裁判で、

その男性に対し130万円の支払いを命じる判決を下した。


この判決は、誰が投稿したのかが判らないネット環境を利用し、

SNSで特定の人物を所謂“ネットリンチ”にする事案が一向に減らないので、

その抑制のためにTwitter社やプロバイダーへの情報開示請求で加害者を特定し、

初めて賠償金の支払いを命じた判決として注目を浴びた。


 若くして自ら命を断ったグラビアアイドルは春という名前だった。

インド系アメリカ人の父親と日本人の母親との間に生まれたハーフで、

大きな瞳と艶のある黒髪を持った美女だった。

 制作するサクラテレビの演出で本来の春は大人しい控えめな性格なのに、

勝ち気で高飛車な美女を演じさせられていた。

リアリティー恋愛ドラマといいながら、

本当の姿は演出家による台本がきっちりある所謂「やらせ」番組だった。

しかもこのリアリティー番組「ロハスハウス」のTwitterアカウントを立てて、

そのアカウントに一般視聴者だけでなく、

登場人物本人達によるツイートもさせる炎上商法によって

番組の視聴率を上げるという仕掛けを設けていた。


 このロハスハウスの中での春は、

男女6人で集団生活をする中でいつも同居する3人の男に手厳しい発言と、

時には平手打ちをかましたりすることで登場人物の中で最も危険で

最もTwitterでの反応が高いキャラへと成長!していた。

全てはサクラテレビの思惑通りだ。

 大多数の視聴者から反感を買った「ロハスハウス」での問題シーンは、

春がいつも被っていたパーリーゲイツのニット帽を

サトシという登場人物がひょいと取り上げたときに、

「てめえ!なにすんだよ。返せ!このガリガリ野郎!」と叫んで、

サトシの股間を蹴り上げたシーンだった。


テレビでの放送中に「ロハスハウス」のTwitterアカウントは炎上状態になった。

「なんだ。この女!いい加減にしろ!」

「男の急所を狙って蹴り上げるとかどれだけアバズレなん!」

「こいつが出るうちはもう絶対ロハス見ない!」

「きもい。どこの血が入ったハーフなん。

やっぱ、純日本人じゃないとやることもとんでもないわ!」

「消えてくれ!」

「死ね!」

と、中学、高校でイジメにあった子に投げつける様な罵詈雑言が

「ロハスハウス」のアカウントを埋め尽くした。



 サクラテレビがリアリティー番組と謳っているということは

真の姿を追った男女共同生活のドキュメンタリーだと思っている視聴者は

素直な感想を述べたに過ぎない。

このネットイジメの根本の原因は明らかにサクラテレビの演出にある。

「やらせ」と知らされずに素直な感想をツイートさせられた視聴者も

ある意味被害者だ。

となると一番の被害者は春で、一番の加害者はロハスハウスの制作者であり、

著作権者であるサクラテレビということだ。


 放送局という組織は、スポンサーから高視聴率を期待されるので、

どうしても視聴率至上主義に陥る。

その結果「やらせ」が横行し、

結果、なんの罪もない春のような20歳そこらの若者が

被害者になったりする。


芸能人のもう一件の自殺事案は、

よく真相が判らないまま闇に葬られた事案だった。


この自殺ももしかしたら、「やらせ」なのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る