第7話 BPD


チェックを済ませると程なくして診断結果が出た。

「境界性パーソナリティー障害」の可能性がかなり高いとの結果だった。


境界性パーソナリティー障害!

BPD(Borderless Personality Disorderの略)である。

境界性人格障害として一般的に知られている。


「周囲の人からいつも見放さている。」賢治はどこかいつも孤独で、

頼るべき人がいないと感じ

結局自分は独りなんだと常に感じて生活している。


「気が狂うのではないかと恐れている。」

いつも心のどこからか色んな想念が湧き出てきて、

その想念は決まって邪悪なそれだ。

賢治はいつも良い人になりたいと思ってもこの邪悪な想念から

湧き上がってくる何人もの声が賢治の良心を妨害する。


「自分を傷つけたくなる。」

台所などで包丁やナイフをみると決まって自分の心臓や目の玉を刺したくなる。


「この世の中から消えてなくなりたいと思うことがある。」

人生はつらすぎる。生きていても自分を追い詰めるだけだから

出来ることなら消えてしまいたい。


「人の気を引きたい。」消えてしまいたいと考えることと完全に矛盾しているが、

自己顕示欲は誰よりも強い。


「男女問わず最初は好意を持っていた人に突然失望することがある。」

常に他人に対して多くを求めるので、ちょっとしたことで

その相手に失望する事が多い。


「周囲の人は私に失望していると思う。」

完全にそのとおり!

道徳心が欠けているのに、出世街道にだけは乗りたいと考えている賢治は

実際には思っているように結果を出すことが出来ず、

家族などの身近にいる人は賢治に失望している。


「幸せになれない、または、なってはいけない。」

出世がしたいと切望している割には

自分みたいな薄汚い人間が幸せになるべきではないと考えている。


「孤独で寂しい感じがする。」

他人のことが嫌いなくせに、自分を理解してくれる人が欲しくて

常に人恋しい。


「自分の人生を自分でコントロールすることが出来ない。」

いくらがんばってみたところで他人が自分を正当に評価しないので

自分の人生をコントロールなんて出来るはずがない。


「自分が自分自身でないような気がする。」

とっさに湧き出る怒りの感情に流されて我を忘れることが常にある。


「将来に漠然と不安がある。」

こんな人間はハッピーに生きれるわけがない。


「最初にあった人で立派に見えるが、すぐにがっかりする。」

その人に対しての理想が大きすぎて、

すぐにその尺度に合わなくなってしまう


「自分の人生を自分でコントロールすることが出来ない。」

いくらがんばってみたところで他人が自分を正当に評価しないので

自分の人生をコントロールなんて出来るはずがない。


「たいてい私は孤独だと思う。」

障害を持って生まれてきた賢治はいつも周囲の人にバカにされてきた。

そのことにより、自分から人の輪に入ることを避けてきた。

だから自分は孤独だと常に感じてしまう。


「自分がなろうとした人間とは違う人間になってしまった。」

小さい頃から脅迫観念に苛まされ、何とか国内の最高学府を卒業し

地元の有望高給企業に入社できたが、

万年課長止まりであるがゆえに理想の人間像にはなれていないと

強く感じている。

など


思い当たる節はいくらでもある。


心療内科医に言われ、

賢治は初めて自分が精神疾患患者なのだということが判った。

いつも何かに追い立てられて、

時には頭の中で自分とは別の人格が頭をもたげだして、

ついにはその別人格が本来の自分より大きく成長し、

賢治の頭の中を占領してしまう。


今回の診察で、その正体が解ったような気がした。

「中野さん、この症状にはカウンセリングなどの精神療法と

薬物療法の二通りがありますが、治療をお望みになりますか?」


賢治は、しばらく考えて、

「少しばかり考える時間をもらえますか?」とだけサルバドールに答えた。


「はい、承知しました。この精神疾患は

うつ病などを併発することもありますので、早めの治療をお勧めしますが、

薬物を使うのでよく考えられたほうが良いと思います。

それでは中野さん、よく考えられてまたご連絡下さい。」


今までの理解し難い圧迫感や切迫感と言った強迫観念の出所が

なんとなく理解出来た気がして、

精神疾患と診断されたにもかかわらず賢治は

晴れ晴れとした気持ちで診療所を後にした。

今までの理解し難い圧迫感や切迫感と言った強迫観念の出所が

なんとなく理解出来た気がして、

精神疾患と診断されたにもかかわらず

賢治は晴れ晴れとした気持ちで診療所を後にした。


最上階から三階にある、

このコロナ禍で三密になってはいけない状況にも関わらず、

小林多喜二の小説「蟹工船」のように、ひしめき合って働いている

新ビジネス開発部のデスクに戻るとすぐに

賢治は会社のPCで【境界性パーソナリティー障害】をwikipediaで検索した。


【境界性パーソナリティー(人格)障害】

不安定な自己・他者のイメージ、感情・思考の制御不全、

衝動的な自己破壊行為などを特徴とする障害である。

一般では英名からボーダーライン、ボーダーと呼称される。

症状の機軸となるものは不安定な思考や感情、行動および

それに伴うコミュニティーの障害である。


具体的には、衝動的行動、二極思考、対人関係の障害、

慢性的な空虚感、自己同一性障害、薬物はアルコール依存、

自傷行為や自殺企図などの自己破壊行動が挙げられる。

また激しい怒り、空しさや寂しさ、見捨てられ感や自己否定感など、

感情が目まぐるしく変化し、

なおかつ混在する感情の調節が困難であり、

不安や葛藤を自分自身の内で処理することを苦手とする。

衝動的行為としては、性的放縦、ギャンブルや買い物での多額の浪費、

より顕著な行為としてはアルコールや薬物の乱用がある。

自己破壊的な行為で最も重いものは自殺であるが、

その他にもリストカットなどの自傷行為が挙げられる。云々


 賢治は妙に納得した。

自分は精神的な病気だったんだ。今までの苦しい切迫感が

どこからなぜやってくるのか皆目見当もつかず、

いつも己の中の地の底から湧き上がってくるような強迫観念に

賢治は押しつぶされそうになっていた。

しかし、それが精神疾患の一種だと判明し、

病気と診断されたにも拘らず一種の安心感すら生まれていた。


 緊急事態宣言中にも拘らず一向に人数が減らない新ビジネス開発部の中で、

ポツンと空席になっている東山のデスクが、

「私のご主人さまも間違いなくBPDだ!」と

ムンクの「嘆き」のような表情で叫んでいた。



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