第6話 ダリ
エレベーターが最上階に到着。
二人はなんとなく返答で勝った賢治に優位な形で、
赤コーナーにある診療所と青コーナーにある役員たちが巣食う役員室へと
別れて歩を進めていった。
「中野です。心療内科の先生の診察を受けに来ました。」
「あっ、中野さん。こちらへどうぞ。」診療所の看護師さんに促され
診療所の中にある別室に案内された。
その別室にはスペイン出身の画家サルバドール・ダリによく似た風貌の
心療内科医が、ダリの代表作で福岡市博物館に展示している
「ポルト・リガトの聖母」の中で祈りを捧げるダリの妻オルガの様に
救いを求める神経衰弱患者の入室を待ち受けていた。
ダリは天井を突き刺すように長く伸ばした髭を
下から上に整えるように触りながら、賢治を迎え入れた。
「ん?貴方が中野さん?
ぱっと一見する限り正常者の様に見受けられますね。
かなりしんどい状況と伺ってますが。」
横に付き添っている診療所の看護師が、
まずいという表情を浮かべた。
賢治は、この会社始まって以来の女性取締役の報告によって、
自分がかなり神経的に参っていると
評判になっているんだなと感じた。
「中野さん、何か、ご自身の中で違和感を感じる声が聞こえてくるとか、
そいった切迫感などがありますか?」
「う〜ん、そうですねえ、けっこうあるかもしれません。
数字の4を見ると不吉になってくるとか、
心臓が今にも止まるんじゃないかと思って脈を取るとか、
しょっちゅうかもしれません。」
「それは数字の4が死を連想するとか、
脈を測るってことは心臓が止まるんじゃないかという
不安感があるってことかもしれませんね。」
「あと、太るのがいやで、ずっと走り続けるとか、
食事をしても少量ずつしか胃に収まらないとか。」
サルバドールは頷きながら
カルテにスペイン語ではなくドイツ語で賢治が語る事柄を
書き連ねながら質問を続けた。
「そのような心理状況はいつから続いているのですか?」
「それを問い詰めると、ものすごく前からです。
物心ついて直ぐと言っても過言ではありません。
4歳とかそのくらいの幼稚園に通っているくらいからだと思います。」
「そんなに早くからですか。
何かそのことのきっかけになった事象とかありますか?」
サルバドールは、思った以上に早くから
強迫観念に取り憑かれている賢治の話を聞いた途端に、
大きな二重の眼をより一層大きく見開いて賢治に問いかけてきた。
「はい。実をいうと私は言語に障害をもって生まれてきたんです。
500人に1人ほどの割合で生まれてくるらしくて、
口蓋裂という障害と聞いてます。」
賢治は、口蓋裂のことを詳しく調べてよく理解してるのに、
初めて聞いた障害の名前のように答えた。
「生まれてきて、母乳を飲もうとしても上手く母乳を吸えなかったようで、
心配になった母は私を近くの病院に連れて行って
そこで衝撃の診察結果を聞かされました。
小児科の先生は私の口内を看て、口の天井部分からのどちんこにかけて
二股に分かれているのを見留ました。
すぐに口蓋裂だとわかり専門の九大学部口腔外科での診察を
勧めたようです。」
九大とは福岡県内にある九州では優秀とされている九州大学のことで、
九州内の神童と呼ばれる優等生が集まる国立大学である。
第二次世界大戦で捕虜となったアメリカ兵の生体解剖を行ったことで有名な
公立大学の医学部である。
その模様は遠藤周作の小説「海と毒薬」に詳しい。
「中野さんの家系には口蓋裂の遺伝的な要素があったんですか?」
「いえ、内の家系には父方にも母方にも口蓋裂を持って
うまてきたものは1人もいません。私の子供にも1人もいません。
わたしだけが口蓋裂なんです。」
「中野さんのお母様が、中野さんが母体にいるときに
薬を飲んだということなどありましたか?」
と、サルバドールは矢継ぎ早に訊いてくる。
「はい、実は先生の言われるとおりでして、
私を身籠っているときに母は風邪をひいたようで、あまりのきつさに
つい抗生剤を飲んだようです。
その抗生剤が口内が出来ている最中の私に作用してしまったようです。」
賢治は思い出したくもない事実をこの医師に回答した。
「はーそうなんですね。それはお気の毒ですが
中野さんのお母様の行動によってその障害を持って生まれて来たんだと
思われますね。」
そんなことは百も承知だった賢治だが、
「そうだったんですね。初めて知りました。」とだけ
溜息混じりに応答した。
ダリは、またもや自慢の鼻髭を整えながら
「中野さんに、これから何点かチェックをしてもらいます。」
と言いながら一枚のチェックシートを賢治に手渡した。
そのチェックシートには30の項目がありその内容に思い当たるフシがあったら
チェックをつけるようになっている。
①私は周囲の人や大切な人から見捨てられているような気がする。
②私は人が裏切るのではないかといつも考える。
③私は自分を傷つけたくなることがある。
④私はこの世の中から消えてなくなりたいと思うことがある。
⑤私は人の気をひきたい。
⑥私は男女問わず最初は好意を持っていた人に突然失望することがある。
⑦周囲の人は私に失望していると思う。
⑧私の人生は楽しくない。
⑨私は幸せになれない、または、なってはいけない。
⑩私の中身は空っぽな感じがする。
⑪私は孤独で寂しい感じがする。
⑫私は自分の思い通りに自分をコントロールできない。
⑬私はボーッとする時間が多かったり、記憶が曖昧に感じることがある。
⑭私は自分が自分自身でないと思うことがある。
⑮私は自分で何かを決定することが困難に感じる。
⑯私は将来に不安がある。
⑰私は自分が何者であるかを考えたり、わからなくなったりすることがある。
⑱私は自分が人よりも劣っていると感じる。
⑲私は本当の自分がわからない。
⑳私は自分が家族に必要とされないと感じている。
㉑私は自己主張が上手く出来ずに、我慢をしてしまう。
㉒私は突然止められない怒りを感じる。
㉓私は実際に起ったことと想像したことの区別がよくわからないときが度々ある。
㉔私は変な考えが頭に浮かぶと、それを払いのけることが出来ないことがある。
㉕私は自分の人生に希望がないと思う。
㉖私は誰も自分を必要としていないように感じる
㉗私は残酷な考えが浮かんで苦しむことがある。
㉘私は自分が男性(女性)であることに自身を持っていない。
㉙私は人間関係が長く続かないことが多い。
㉚私は自分または他人を憎んでいる。
以上の30項目であるが、賢治にはこのうちの殆どが当てはまった。
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