第3話 憑依
「北九州支社に部長で異動するのなら構わないんです。もう7年以上も同期や後輩、今度は出社拒否をしたこともある中途採用のものの部下になるなんてもう我慢の限界です。」
すると、この放送局で初の女性取締役はこう答えた。
「中野さん、あなたは部長に昇格出来るのならこの異動を受け入れてくれるのですか?この際はっきり言わせてもらいますが、中野さんにはチームを率いていく能力はありません。何故なら一匹狼的なところがあり、チームを統制していくことは厳しいのでは思われるからです。
残念でしょうが、それが我々経営陣が下している貴方の評価です。」
この言葉に賢治は酷く狼狽し、感情の赴くままこの役員を罵った。
「てめえ、ふぜけてんじゃねえぞ。おまえが今まで何をやってそのポストまで行けたと思ってんだ。大方、女をちらつかせたんだろ!じゃないとたかが地方大学出が放送局初の女性役員になれるわけないだろが!」
賢治は完全に我を失っていた。思ったことをそのまま口走り、取り返しのつかない状況に陥ってしまっていた。
賢治は間違いなくキレていた。感情の起伏が激しく自分でも抑えようがなくなることが多々ある。キレるときは何か別の人格が憑依したみたいになるので自分でも怖くなっていた。だが、極度の心配性でもあるのでキレる相手をよく見てキレるようにしている。その意味では計算高い感情の出し方だと言える。
しかし、今回はキレる相手を間違っていたことは疑いようのない事実だった。
女性役員は、ゆっくりと優しい口調で答えた。「中野さんのお気持ちは十分に伝わりました。あまり興奮なさらないでくださいね。私どもも、中野さんには、貴方に適した場所で貴方の力を思う存分発揮していただきたいと思ってますので。今日のところはお引き取りください。」
女性役員の諭すような言葉で、賢治は初めて正気を取り戻したのだった。
「あー、やってしまったかな。完全にミスったな。いつまでこんな辛い思いをして働かないといかんのやろ?もう会社マジに辞めたいわ。」
賢治が冷静になったとき
もうそこには女性役員の姿はなかった。
翌日、待ち受けていたのは会社内にある看護室からの福利厚生として設けてあるストレス診断を受けたほうが良いのではという提案だった。
「中野さん、今回の人事異動のことでかなりストレスを抱えてらっしゃるとお伺いしています。会社内に心療内科の先生が来られる日があるので、ご相談されてみてはいがかでしょうか?」
会社に常駐する看護師は優しく賢治に問いかけたが、明らかに彼のことを精神が尋常じゃない危ない状況にあると考えている感がある、どちらかというと心療内科に罹るべきだという強い願望が含まれていた。
「どなたかから、そういう風に私に伝えるようにと要望があったんでしょ?もう大体察しはつきます。確かに、私の中ではもう限界に来ているかもしれませんので、その先生に診察してもらいたいと思います。」
「それなら、明日の午後1時に先生がこちらに見えますので、診察を受けられてみますか?」
「明日の午後1時ですね?はい、了解いたしました。よろしくお願いいたします。」
今回ばかりは賢治自身、自分の奥深くに棲み着く獣を野放しにしていくわけにはいかないと観念した。
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