エイシェトとパンを作る2
「窯が違うから焦げるかもしれないけど、中はちゃんと出来るはずだから。表面が焦げることはよくあるし、そこだけとれば食べられるからね。窯でパンを焼く火加減だけは自分で見つけないといけないのよ?」
「そうなんだ。みんなの家ではうまく焼けているの?」
「焼けているけど、どこもたまに焦がすぐらいはやるわ。焦げの部分をのけてしまえば、普通のパンと変わらないしね」
「そうなんだ。焦げてるのも失敗だと思ってた」
「ずっと同じ火加減にならないでしょう?だから温度が高かったり、低かったりでうまく焼けないときはあるの。失敗かもしれないけど、美味しく食べられるならいいのよ」
それなら前に焦がしたのは成功だったのかも?表面は焦げているけど、中身はちゃんとしたパンだった。
「さっき薬を作れるって言ってたけど、その薬って効くの?」
「雑貨屋のおばあちゃんに作ってるけど、効いているみたいだよ。薬師ギルドの配合と僕の知ってる配合をあわせたものだから。今って、寝込んで店番を休むこともないでしょう?」
「そういえば、前にひどいときがあって。最近は寝込んでないわね」
「たまに痛むみたいだけど。和らげることは出来ているから、効いているはずだよ」
今度雑貨屋のおばあちゃんに聞いてみようとつぶやいている。村の人達のことをエイシェトがずっとしゃべっていたので、膨らむまでの時間は暇しなかった。
「いい具合に膨らんだから、潰して残っている材料を入れる。小麦粉、蜂蜜に塩、牛乳は少しずつね。いっぺんに入れるとべちゃべちゃになるから、こねるのが大変よ。バターはこの生地がまとまった後からね」
混ぜながら生地がまとまるようにこねていく。牛乳を入れるとまとまりが弱くなる気がするけど、こねていくとまとまってくる。
「まとまったらバターを一緒に混ぜていく」
生地の中にバターを練り込んでいく。生地とは違うぬるっとした感触。できる限りまとまるようにねる。
「それじゃあ、このくらいでもう1度膨らむのを待つ。暖かいほうがいいかも。窯の近くに置いておく」
濡れた布をかぶせて打ち台ごと窯の近くへ持っていく。
「これも2倍になるまで待つの?」
「これは指で生地の発酵具合を見るの」
「指で?」
「指の穴が周りの生地におされて少し縮みつつもきちんと残っている状態かな。発酵が足りないと穴が戻っていこうとするし、逆にしすぎだと生地がしぼんだりするのよね」
返事をしながら発酵についての話を聞く。この後は丸めて休ませて、そのあと中の空気を抜いてちゃんと丸め直す。
「家から型を借りてきました」
「おおー」
「ここに丸め直した生地を入れて、だいたい2倍ぐらいになったら指で触ってみて、突き刺さないように。指の痕が若干残るぐらいが目安。そこからパンを焼くから」
鉄製の型を2つ並べて、しぼんだ生地を入れる。キレイな方を上にするんだって。
ちょっと膨らむまでの時間がかかるそうだ。村のことや王都のことを2人で話しながら時間を潰す。パンって時間がかかる。時間のあるときにたくさん作っておきたいな。
その前に時間停止のバックが欲しい。食べ物をたくさん入れておきたい。時間が進むから食べられなくなることもあるんだよね。牛乳とか、時間が進むと困る。すぐにダメになるから。鮮度のいいものが、いつでも食べられるといいなって。
型の中で膨らんだパンを火のおさまった窯に入れていく。後は焼き終わるのを待つだけ。中から確認出来ないので、取り出すときは勘らしい。あと、焼けていくと美味しいニオイもする。焦げた匂いがしたらすぐに出す。
「そろそろいいんじゃない?」
?少し焦げたような匂いが混じっている。窯を開けると型の上が真っ黒になっている。
「早く出して、型から外す」
急いで窯から型を出すと、エイシェトは型から台の上に勢いよくパンを出した。
「ランスもマネして。勢いよく出すのがコツなの」
マネして型から叩きつけように出した。
「ちょっと焦げたけど、焦げをのけたら十分な出来よ。後は冷ますだけ」
パンを冷まして、ある程度したら焦げをのけて食べてみる。
「おいしい」
「そうでしょう」
「型ってどこに売ってるの?」
「雑貨屋に置いてると思う」
パンを食べているとドンドンと扉を叩く音が。パンを千切って食べながら、扉を開けるとフウイがいた。
「どうしたの?なにかあった?」
おもむろに顔を近づけてくると、手に持っていたパンをがぶっと食べてむしゃむしゃ食べる。
「食べてもいいのかな?馬にパンはダメなはずなんだけど」
食べたいようなので口の前に持っていくと、全部持って帰って行った。食べたいなら食べればいいんだけどね。食べていいのかな?魔物に分類されるからなんとかなるかな。なんかあったら、食べなくなるかな。
「う、馬ってパン食べるの?」
驚いたように聞いてくる。
「わかんない。フウイは魔馬だから食べたのかも。本当はやっちゃいけないものなんだけどね。リンゴとか蜂蜜とかはおやつとして、あげてもいいはずなんだけど。ダメならなんとかするよ」
「馬なんていないから大丈夫かと思ったじゃない」
「何が気に入ったのか。フウイじゃないからわからないよ」
「あの馬って私も乗れるの?ずいぶん大きいけど」
フウイが他の人を乗せたことがないんだよね。
「1人では近づかないほうが、いいことだけは間違いない。前にいたところでも人は近寄らせなかったから。認めないと無理じゃないかな?近づいて怒ってたら、殺されるかもしれないよ。たまに狼とかクマとか獲ってくるからね。気に入らないことをして、殺されても知らないよ」
「狼?クマ?ウソでしょう?」
「風魔法使えるからね。襲ってきた肉食動物ぐらいなら返り討ちだよ」
「馬なのに?」
「フウイは魔馬で、魔獣の一種だよ。魔物を人間が使えるようにしているだけ。飛竜とか聞いたことあるでしょう?飛竜も魔獣で、人間が管理して使っている。おかしなことをすれば、魔獣も攻撃してくるよ」
驚いた顔をして、イスに座る。
「そっか、魔獣の一種なら勝手に乗ったりすると危ないわね。狼とかに見つかったら、私は殺されてもおかしくない。フウイってすごい馬なの?」
「すごい馬だよ。物語に出てくる馬種だからね。普通の馬とは違うよ」
「物語ってどんなの?」
「えっとね、国を作る物語で一説を読むと天を翔る馬に乗り、自在に戦場を駆け巡る。その姿はまさに天王と呼ばれ、勇敢で強さを兼ね備えた神々しい姿をしていた。駆る馬は天馬と呼ばれる天上すらも走り回る、この世でもっとも強き馬。その力は国を天より踏み潰したという。強き王と強き馬は互いを信頼し、誰にも奪われぬ国を作るために奔走するのであった」
ゴクリと飲み込む音が聞こえる。
「天馬種のフウイは危ないから近づかないようにね。この村ぐらいは簡単に消し飛ばしてもおかしくない。誰かのせいでそうなったら、それを止められなかった村の人達が悪いってことだからね」
「でもランス、興味で近づこうとする人もいるよ、きっと」
「近づくだけならいいんだけど、乗ったりとか嫌がることをするとね。フウイが攻撃してもしかたないよね?魔獣に手を出して、攻撃されるのはその人の責任だよ。僕もずっとフウイと一緒にいるわけじゃない」
「村に近づいてきたら?」
「僕がいるんじゃないのかな?勝手に村に行ったりはしないし、森の中を自由に行き来して、帰って寝る。そういう感じだから、自由にさせておいて」
「そうなんだ。みんなには言っておくね」
エイシェトは熱の取れたパンとパンの型、お礼に持たせた干した肉を持って、村のほうへと帰って行った。何もないと思ったけど、村まで帰る姿が見えなくなるまで見送った。村の中に入るまではなんとか見えるんだよね。
裏に行ってフウイが大丈夫かなと思って覗くと、首だけこっちを向けて寝ていた。小屋用の水入れの確認をするとあんまりなかったから、中身を捨てて入れ替える。入れ替えがすんだら、すごい勢いで水を飲み始めた。しばらくその姿を見ていた。
「水好きだよね」
飼い葉とかよりも水を飲んでいるのが好きな感じ。出した水をすごい勢いで飲んでいく。こっちのことは気にしていない。しばらく飲んでいたら、満足したのか、小屋に戻って休んでいる。
今度は生活魔法を使ってパンを作る。こねたりを自在に行えるので便利。うまく作れるように、力の加減を考えながら作っていく。膨らませる時間もいるから、焼き終わりがどのくらいになるかな?
丸っこいパンが出来て、多少焦げたけど中身は出来ている。あとは火加減を覚えるだけでいいパンが焼けそうだ。それが難しいんだけどね。
領主街に行ってポーションを作ったり、パンの型を買ったり材料も買う。パンは火加減さえなんとかなれば、美味しく作れるようにたくさん作った。焼くときの火がうまく出来ればいいのに。魔道具?今度王都に行ったときに、そういうのがないのか聞いてみよう。
「エッジさん、手紙の紙とか道具置いてある?手紙の返事がしたい」
「羽ペンにインク。あとは封筒に便せんか。冒険者ギルド経由で送るなら、受付で便せんだけ持っていけば送ってくれるぞ。便せんと羽ペンにインクか」
奥の倉庫に入っていくと、ここにしては新しめの羽ペンとインクを持ってくる。便せんは羊皮紙だね。机を借りて魔法の考察を書いて返事とした。
「副ギルド長、羽ペンとインク。便せんだ」
「あ、便せん、何枚か追加で頂戴」
「わかった、便せんは全部で10枚で」
ジャステラさんは頷いて計算している。
「この手紙を送って欲しいんだけど」
「誰に送るんだ?」
「ベイジーン・ビルヴィスに。領都か王都にいると思う。どっちかな?」
「べ、ベイジーン様に送るのか?」
「手紙が来たから返事をしてるだけだよ」
手紙を見せると納得した様子だった。学園から送られているとジャステラさんに教えてもらい、学園に送るのが1番いいだろうってことだった。手紙を送ると用事は終わったかな?
たまにエイシェトが来てご飯を食べて帰って行く。話をしたら帰って行くんだけどね。来るのは別に構わないからいいんだけど、村での話は隣にあるけど遠い世界のように聞こえている。お祭りがあるようだけど、王都に行く用事があるから断った。村の人達と関わり合いがないように、ひっそりと暮らしていければいい。
ズワルトがエイシェトのことを尋ねてきた。
「村の仲のいい娘のことはどう思っているのだ?」
「誰のこと?」
「エイシェトとか言う、村の者にしてはよく来るではないか」
「ああ、エイシェトか。話すぐらいはするよね」
「食事も振る舞っているではないか」
そういわれればそうだね。遅いから食べて行きなよとついでのように、食べさせていた。
「なんとなく?誰かと食べられたらいいかな?そんなに深く考えてない」
「気があるのかと思っていた」
「村の人間を好きになることはないよ。祝福を受けたら、ここにはほとんど戻る気がないからね」
「それならいい、村の男といい感じにやっていたので、ランスが拐かされているなら目を覚まそうと思っていただけだ」
「そっちはそっちで、やってくれればいいんじゃないかな。ここにいるのも祝福まで。祝福後はファーレ王国で生産職の修行をするつもりだしね」
ならばよいとだけいって消えた。エイシェトって話しに来る友達としか思ってない。向こうはサボれるところにいる友達ぐらいしか思ってないはずだよ。
「ランス」
「何?」
「エイシェトがお前の家に遊びに行ってるって本当か?」
「たまに来るね。村の中では仲のいい方だと思ってるけど。僕も村にずっといるわけじゃないから、そんなに家にいないしね」
「何しに行くんだ?」
「話しに来る感じだよ。村のこととか話して、帰って行くね」
同年代の男の子に話しかけられる。僕よりも背が高くて、日焼けしてる。畑を手伝っているからね。
「それ以外に何かしているのか?」
「遅くなったら何か食べて帰るぐらい?ほかに?薬草の仕分けとかしているときに来ても、話だけして帰るね。それ以外はないよ」
「そうか。エイシェトのことはどう思ってるんだ?」
「友達だよ」
「そうか、わかった」
雑貨屋によったときに話しかけられて、久しぶりに言葉を交わした。あいつはいじめてこなかったからしゃべったけど、何かしてた奴らならしゃべらない。
次に見かけたときに仲良く歩いているのを見た。仲良くなったのかな?
そのあとでもエイシェトは関係なく話しに来るんだけどね。そいつの話もよくするようになった。
何も起こらないけど、やらないといけないこともあるし、ポーションの注文は減らないから忙しい。ポーションの値上げがあったのに、それでも注文が減らないのはどうして?
そう思いながら日々は過ぎていく。
ベイジーンとの手紙のやりとり。
サルエン男爵にも呼び出されて、ボルギ子爵とも会った。
ファイアドラゴンのところに、無断で遊びに行くことはあるけどね。本当は冒険者ギルドで手続きして、国境を越えないといけないんだ。だからみんなには内緒。
-------------------
読んでくれてありがとうございます。
☆や♡を恵んでください。お願います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます