幕間

貴族の来訪者

 ある日のこと、知らない人が豪華な馬車に乗ってやって来た。戸惑いながら家の扉を開けると馬車から降りてくる。ドレスに身を包んだ貴族の女性だった。年は近いのかな?気の強そうな目を向けられる。


「お、お嫁さんになりに来てやったわよ」


 何のことだかわからないけど、そう告げられて戸惑ってしまう。何を言っているんだろう?それに誰だか知らない。いきなり、お嫁さんになると言われても困ってしまう。


「何か言いなさいよ、ランス」

「僕のことを知っているんですか?」

「ええ、知っているわよ」

「どこかで会ったことがあるんでしょうか?」


 全く身に覚えのない女性にそう質問してみた。


「私のことを覚えていないの?」

「はい、全く存じ上げません。他の誰かと勘違いされているのだと思います。ランスという名前だけ同じで、平民の僕ではなく貴族のランスという方と勘違いされているのではないでしょうか?」

「覚えてないって、ワイバーンのことや剣を教えてくれたじゃない。それも覚えないって言うの?」


 記憶にないというと腕を組んで、何かブツブツ言っている。僕の知らない誰かのことと勘違いしていると思う。あまり関わり合いにならないようにしたい。そっと扉を開けて家の中に入って、閂をかける。


ドンドン


「ちょっと待ちなさいよ。ショックで忘れているのかもしれないけど、私はアンタのこと知っているし、アンタも私のことを知っているはずなのよ。出てきなさい」


 少しの間、ドアを叩く音がしていたけど収まった。まだいるかもしれないと、家から出ないようにして閉じこもろう。




 扉を叩く最中、シルヴリンに語りかける声が聞こえる。


「大人しくしてついてこい」


 家のドアを叩いていた手を止めて頭に響く声の主を探す。家の物陰から覗く黒いオオカミ。スコルの姿を見たシルヴリンは、大人しくなって言葉に従う。


「カーラ、呼ばれたから行くわ」

「私もついて参ります。少し行くところが出来ました、戻ってくるまで待つように」


 御者は不思議に思いながら頷いた。用のあるのは家の主である子どもだったはず。何で森のほうへ?御者は馬を休ませるために、馬車との連結をほどいていく。




 スコルの後ろを歩いて森の中に入って行く。どこに行くのかもわからないまま、森の中を歩かされる。どこへ行っているのかもわからず、不安になる2人。しかし、ついてくるように言われたので従うしかない。


 これ以上の怒りに触れるようなマネは出来ない。大混乱に陥った辺境伯領。今は国と国軍の支援により、落ち着きを取り戻しつつある。これ以上の混乱を起こすことは許されない。なにより、防衛の要である辺境伯軍の消滅という出来事が国に激震を走らせた。


 神の怒りに触れた。本当に触れてしまったのだ。それを裏付けるように、王都の神殿の神像は作り直すことが許されないと神託が下ったという。今後この国にある神の形をした物は、壊れても直すことも代わりの像を置くことも出来ない。壊れたままか、何もなくすか。


 王都の神殿は像のがれきを片付けて、祈るための神殿としておくらしい。そして、勇者が神の怒りに触れたのか、辺境伯が神の怒りに触れたのか?両方が触れたというのが、大勢を占めている。そのせいか、勇者は早く魔王を討つべしと貴族の間で圧力が高まり、近日中に旅に出る予定になった。


 暗くはないが、ほどよく明るい森の中を進んでいく。歩いてだいぶ経ったときに山の斜面にかかる。


「あの、スコル様。これ以上は、その、歩く格好をしておりませんので。行けません」


 慣れない貴族用の靴に靴擦れを起こして、痛みが限界に達していた。少し前から限界は来ていた。それでも、もう少しとシルヴリンは耐えていたが、斜面を見て無理だと判断した。


「ふむ、見初められるようにめかし込んできたのか。まあよい。見せるだけは見せておかねばならん。貴様らの罪の痕を」


 風が巻き上がると山の頂上まで運ばれる。そこから見下ろす村や森はよくある風景で、森も青々と茂っている。畑もしっかりと育っているんだろうってことはわかる。


「どこを見ている。こっちじゃ」


 山の反対側を覗くと折れた木や腐っている木々が横たわっている。形はあるが、生きている様子がない。葉っぱをつけていない。草も生えていない。


「これがランスが暴走した結果だ」

「暴走?ただの枯れた大地にしか見えません」

「こうなる前は山の反対側と同じく、豊かな森だったのだ。ランスの封印が解けかけて魔力を制御するために放出した結果がこれだ。この窪地全体が氷の世界に変わり、元あった植物、動物、虫すらも全て凍り付き死んだ。貴様らの思い上がりと約束を違えた結果がこれだ。これを見たのならば、2度とランスに近づくでない。わかったな?これ以上のランスに近づけば、次は領ごと消滅させる。城だけにとどめてやった温情を忘れるな」


 山に囲まれた一帯が死の地へと変わって、朽ちることしか出来ずに土の上に横たわっていた。生き物の気配は全くなかった。


「これをランスが?」

「これでも被害を抑えるためにここに来たのだ。わざとではなく、押さえつけることの出来ない魔力を出しただけだ。言い忘れておった、ランスの封印ために師、グリゴリイはその身を捧げた。ランスの記憶を封じておる故、思い出したときに復讐にかられても我らは止めぬ。生き物のいられぬ地になろうと、止めることはせぬ。ランスの意思に全て任せる」

「そ、そんな。十分に罰は受けているはずです」


 スコルは鼻で笑う。


「この程度でか?付き人は贅沢だとは思わんのか?お前達は十分に恵まれておる。まだ、落ちるに足りぬわ。祝福をもらっておきながら、祝福前に抑えてこんでいるランスの足下に及んでいるとでも?祝福を十全に使えるように、修練を重ねた上で封印しているのだぞ?わかっているのか?」

「しかし、封印を解けば」

「解かぬ。他の者と同様に神より祝福をいただくことになっておる。特例でいただいたなどと悟らせぬ。それに貴様らに大切な人を全て奪われた。元々の家族はしかたないとしても、新しく積み上げた信頼出来る師と家族になると約束した娘をだ。この罪を軽いと思わぬか?貴様はまだ家族が生きているであろう?」


 ハッとしたようなシルヴリン。


 再び空に巻き上げられるとランスの家の近くに降ろされる。


「お嬢様、帰りましょう」

「あ、え」


 シルヴリンは事態を飲み込むのに、頭が追いついていない。


「とにかく、帰って辺境伯様にご報告を。必ずと言われておりましたが、領地がなくなるのでは、考えを変えるしかありません」

「うん」

「馬車のほうへ参りましょう」


 なんとか立って、靴擦れで血のにじんだ足を引き釣りながら馬車に乗り込む。ランスの家を眺めながら、後ろ髪引かれながら去って行く。



 復興中の領に戻ると辺境伯はシルヴリンの降嫁が絶望的だとわかった。


 復興のお金として期待していた、ワイバーンの剥製。それを賠償金に充てなければならない。約束を破れば、3ギルドを敵に回してしまう。そんなことになれば、この地では生きていけないだろう。ギルドは領地運営を支えている。それは痛いほどわかっている。例え、辺境伯軍が健在であっても、無碍に扱えば、たちまち人々は離れて行ってしまうだろう。


 軍や冒険者達を後方から支える薬師ギルド。当然、街の病気についても見てもらっている。教会だけに頼ってもけが人の治療が間に合わない。


 前線や町中の雑事を片付けてくれる冒険者ギルド。便利屋という認識だが、魔物を定期的に間引いたり。おかしな兆候があれば知らせてくれ、こちらも準備が出来る。魔物の多い辺境には特に必要だ。


 街の物流を支える商業ギルド。金さえ払えば無理無茶すらなんとかしてしまう。安定供給を行ってもらっていて、物流が不安定になれば物価の上昇が領内を直撃するだろう。


 復興のお金がかかるが、支払うしかない。将来この辺境伯領がどうなるかわからないが、国境が隣接しているので国も無視は出来ない。治める家が変わっているかもしれないが。


 神の怒りに触れようと勇者のためにと引き出した条件は生きている。せいぜいそれを使って、最大限復興して見せよう。


 辺境伯領の復興は素早く進み、軍は整っていないがかつての賑わいを見せ始める。軍だけは人の集まりが悪く、旧来の家臣がいなくなったのも痛手だった。なんとか、運営を行えるだけの体制を立て直しただけ、素晴らしい手腕と言えよう。

-------------------

読んでくれてありがとうございます。

☆や♡を恵んでください。お願います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る