封印
冬であれば降る雪も、まだ青く生い茂る草木の上に降り注ぐ。季節で降る雪ではなく魔力を使った雪が舞い落ちていた。降り積もる雪の中心に目を向けると渦巻く氷雪が竜巻のように凶暴に舞い上がって円柱を作り出していた。天変地異とも呼べるほどの規模で窪地を覆い、周囲の山々に雪を降らせていた。
「冷たく冷たくこの心を静めてくれる冷たさよ、僕を包んで冷たく冷たく」
周囲が氷の彫刻と化していく。少年は願うように言葉を紡いでいく。詠唱ではない、ただの願い事。こうなって欲しいと。言葉を吐き出す。
舞い散る雪は氷は日の光を反射して、宝石のようにきらめいている。天使のささやきのごとく美しく舞い降りる。遠くから見れば、とても幻想的で神秘的な風景だろう。
何も感じないぐらいに何も考えないでいいぐらいに冷たく冷たく。
「ゆれてざわめく胸の中、収まるのなら冷たくもっと冷たく。ゆれなく動かなく固く固まれ」
氷がランスの周囲に形成されていく。
巻き込まれた葉が飛んできて白くなり落ちると粉々に砕ける。
「やるしかないのう」
その様子を見ていたフェンリルは封印のやり直しをしなければ、ランスの身が持たないと考えている。ランスは必死に力を制御しようと心を静めようとしている。だがそれは出来ないまま、氷の円柱は激しさを増している。大きくなる氷塊。周囲に舞い散る雪は氷の粒になり始めていた。
ランスは諦めたことを後悔していた。止められても生きてさえいればなんとか出来るはずなのに。それなのに諦めてしまったから。揺れ動く気持ちは失った悲しみなのか、助けられなかった後悔なのか。それは両方に気づいてしまったからこそ、気持ちは抑えきれなくなっている。
フェンリルは魔法を打ち消そうとするが、無意識下まで落とし込まれて洗練された生活魔法を押さえ込むことは出来ていなかった。しかたなく結界によって魔法の範囲を狭めていく。途中にランスの周りで閉じ込めようとする氷を砕いておくことも忘れない。よくぞここまで育った。才はあれども道を外れるものも多く、ひたすらに努力をするものは少ない。継続している努力の成果は今ここに現れている。魔力の量も魔法を扱う力も封印を解けば、現世で敵う者なしと思えるほどだろう。ランスは優秀なのだ。無闇に命を散らすことなく、力に溺れず、奢ることもない。今まで出会った奢った者が、力で勝てるはずもない。
ひたすらに魔力を放出するランス。結界の中にあるのは氷雪と氷のオブジェになった植物たち。時間がたつにつれて中心まで冷やされ氷となる。草木は死んでいく。季節外れの、いや、ここでは体験したことのない寒さに。それこそが氷魔法だと言わんばかりに。季節を破壊していく。
「このままではランスの体がもたん」
封印によって魔力を抑えていたのだが、その抑えが効かなくなっている。スキルが復活すれば押さえ込むことは出来るのだが、そのスキルは封印されている。不安定な今の状態で封印を解いていいのだろうか?魔力の暴走で周囲がなくなるのは構わないが、ランスの体が耐えられるのかが1番の心配だった。今は氷を砕いていれば、魔力が体を壊す前に放出される。静観するのが1番かと考える。
荒れ狂う氷の中、暴れる心と暴走する魔力を本能的になんとかコントロールしている状態で綱渡りが続いている。封印が徐々に解けて魔力があふれ出している。多すぎる魔力は体を蝕む。そうならないように魔力は氷になって一帯を氷雪の地へと変えている。
「この罰は必ず受けさせる」
この国の王族と辺境伯のことを考えながら、氷を砕いている。今は耐えることしか出来ない。封印するには我らとグリゴリイの力が必要なのだ。古代魔法の知識は我らよりも深い。神聖魔法は我らの得意とするところ、それに古代魔法をあわせることでより強固な今まで出来なかった一部スキルの解放を実現している。どちらかだけでは封印するのがやっとのはずだった。それをランスとグリゴリイは一緒になって作り上げたのだ。しかし、ランスの才には驚かされる。2つの魔法を組み合わせるなど、誰が考えるだろうか?体系の違う魔法を融合させるなどと、世迷い言だと思っていたのだ。それをしっかりと完成させ、接続させるなどと。
それ故にグリゴリイの古代魔法の知識と我らの神聖魔法の知識を両方持ち、自由に操ることの出来るランスを失うのはもったいない。ランスは自分と向き合っているのであろう。葛藤と感情の波にのまれながら、魔力を外に逃がして身体が壊れるのを防いでいる。早くなんとかせねばならぬ。
山の上には雪が積もり雪化粧となり氷となっていく。
「お待たせしました」
「我らの管理が至らぬばかりに、呼び立ててしまってすまぬ」
「なんのなんの、これほどの力があふれ出るぐらいにランスは経験をしたのです。人の世に出して、人として生きるのならばなることもあろうと思っておりました。聖なる森では決して起こらないこと。外に出してよかったと思うております。人の世に生きるのならばこういうこともありましょう。だからといって、人のいない場所で暮らさせるのは、人と違うものになりましょう。人のことも理解できなくなります。ランスが人である以上、人と暮らしていくのが1番よいのです。我々は見守り、このようなときに手助け出来ればいいのです」
「そうなのか、それならば我らで手助けせねばならん。あまり封印は解けないほうがいいのだが」
結界をフェンリルとスコルが狭めて魔力を逃しつつ封じ込めていく。魔力を逃しつつが常人にはすでに無理な話であり、狭めるのも歴史上幾人出来るものやら。
地上に降ろされたランスは目を大きく開いて、グリゴリイを見つめる。
「ランス、久しぶりじゃな」
「グリじい、僕、僕、うまく出来なかった」
「よいよい、魔力で体を壊さなかっただけで十分じゃ。やり直しなどいくらでも出来る。また封印をするのでな、安心するといい。いいかランス。いろんなことを経験することはいいことじゃ。人は何度もやり直せる。いろんなことを経験して、ダメだと思ったらやり直せばよい。それに愛する者もまた現れることじゃろう。それもまたやり直せばよい。ゆっくりでいい、自分の気持ちが落ち着いてからでのう」
「うん」
結界に少し綻びが見えた瞬間結界が砕けて、スコルが結界を張り直した。窪地を覆い、再び白い凶器たる氷雪を閉じ込める。
「ランスよ、愛することを忘れるな。気持ちを忘れる事なかれ、過ごした日々は満たされていたであろう。満たされていなければ、その喪失感はない。今は受け止められていないだろう。受け止めるための時間を作りたいが、お主の体が壊れるだろう。故に記憶を封じる。時間を作ってやれずすまぬ。封印が解けたとき、きっと時間がお前を強くし、受け止められる心を作っているはずじゃ。それでは、ゆくぞ」
今一度、結界が氷と魔力を押しとどめ逃していく。結界を維持しランスの頭の上には魔方陣が現れる。それは徐々に層をなしていき天高く積み上がっていく。高く、高く。記憶を封じるための陣も追加され、改良された古代魔方陣も追加されていた。前回よりも積み上がる魔方陣はランスの封印を更に強固なものへとしていくだろう。
「魔力を流し、封印を開始する」
フェンリルの合図で魔方陣に魔力が流れ輝いていく。ランスの魔力も流れ込んでいく。
「スコル、我は封印とともにランスの魂の修復のため一緒に入っていく。封印したままでは、表面をなぞることしか出来ん。あとのことは頼んだぞ」
「な」
「どちらかが入らねばならん。我は甘やかすのは苦手なのでな」
「わ、わかりました」
光り始めた魔方陣は最後の魔方陣を光らせることはなかった。
「祝福も守護も封印の力としているのに」
「我らの力が及んでおらんですな」
「これ以上は魔力が」
「ランスの力も上がっているのでしょう。あれを使うしかないでしょう。お任せください。ランスをよろしくお願いします」
グリゴリイはランスに話しかける。
「ランスよ、森に残した研究を頼む」
「グリじい?」
「自由に生きよ、お前を縛るものはない。最後の弟子よ。もっとも出来のよかった最高の弟子に送る最後の魔法じゃ」
魔力不足により最後の魔方陣は光っていない。
「人生最後に最後の弟子に出会え育てられて幸せじゃった。生きよ。必ず良いことがある。ワシの全てを受け継いだランスよ!」
「だ、だめーーー!!!!」
心の底から叫ぶ。
「我が人生、我が魂、求めるは魔力。全ての魔力を使い、それでもさらに求めるさらなる魔力」
「やめてよ、ダメだよ。やめてってば」
「この魔法を完成させるためならば、全てを捨て、全てを渡そう」
「いか、ないで。おいて、いかないで」
「命を、人生の終わりに最初で最後の魔法。我は魔力なり。ライフトゥマジック」
グリゴリイの体が光を帯びて、魔力へ変わっていく。体が光へ変わり輪郭がぼやけていく。光は魔方陣に吸い込まれ、吸い込まれた魔力は魔方陣を光らせ最後まで魔力をいき渡せる。
止める言葉も虚しく消える。それでも止まらなかったグリゴリイは、ランスのために最大限出来ることをした。ランスは大切な人が、死んだことを目の前で見せつけられる。自分のために。大切な人が。死んでいった。傷ついた心にさらに大きな傷を負う。
「グリゴリイ、感謝する」
完成した魔方陣と共にフェンリルも飛び込み、ランスの体の中に吸い込まれていく。封印が終わったランスは優しく地面に倒れ込んだ。
ランスの意識のない中、響く声があった。それはランスにしか聞こえない声。
「条件を満たしましたので、精神耐性Lv.9にあがりました」
「条件を満たしていましたので、精神耐性Lv.10にあがりました」
「条件を満たしましたので、肉体耐性Lv.9にあがりました」
「条件を満たしていましたので、肉体耐性Lv.10にあがりました」
抑揚もなく無機質に告げるだけの声だった。
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読んでくれてありがとうございます。
☆や♡を恵んでください。お願います。
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