シャローザ4

 家に降ろされると布団のひかれたベットに運ばれた。頭の中でずっとシャローザのドレス姿が浮かぶ。この家にいるとシャローザの声が聞こえた気がする。起き上がって振り返ると誰もいなかった。迎えに行ければよかった。誰がいなくても彼女がいれば十分だったはずなのに。生きることも叶わないなんて。何でなんだろう?何で殺されてしまったんだろう。

 手紙を読む限り、無理矢理に結婚させられることになったようだった。研修に行っている間にどうしてこうなったんだろう。わからないことだらけで、僕には何も知らされていないってことだけはわかった。

 ベットから見える机。元々家にあった机。あそこで食事をしたり、勉強をしたりした。難しそうな顔をして、聞いていたのを思い出す。勉強っていうのもこの国のことばかりで、そんなこと知らなくてもいいんじゃないのかなって思いながらやらされた。

 布団をかぶって静かにしている。何も考えたくない。シャローザのことは考えたくない。だって、姿を見ることも生き返ることもできなくなってしまった。完全に死んでしまった。どうしようもない。遺品すら残さずに消えてしまった。

 あの日々は夢だったのかな?そう思っても、ちゃんとあったことで、痕跡は残っている。地下に作った保管庫。食料が保つように。その先はなくなったけど。

 ずっと布団にくるまって寝たいなと思いながら寝られなくて、思い出したくないなと思っても、いたときの彼女を思い出してしまう。

 夜になってウィットが姿を現す。

「眠れ。明日は弁当でも食べるのだぞ」


 意識がなくなって、ウィットに眠らされていたんだ。朝日を浴びて起きる。冒険者弁当を出して食べていく。多めに作られているのでお腹いっぱい。満足して何かをしようと考える。そういえば、馬はどうなってしまったのか考える。

 家を出てから逃げるのならどっちに行くのかなと考えながら外にいる。辺境伯からの命令となると騎士団の方向に逃げることはないよね。捕まる方へと行くはずがない。となると村の方向かな?それか草原か。村の方向へ歩いて行こうとするとフウイが横に来る。どうやって乗ろうかな?台を出してもしまえないし、土を固めて台にすればいいや。乗ったあとは台をなくせば大丈夫。

 フウイに乗ってから、逃げる方向を考える。村を通ると目立つはずなんだけど、外を通る可能性もあるかな?領主街を目指すのなら村の方向かな。とりあえず進んでいこう。違ったらまた戻ればいいだけだしね。

 村を通って先に進んでいく。頑張ってくれた馬がもしも生きているのなら、一緒に連れて帰ろう。シャローザのことしか頭に浮かんでこないけど、最後に逃げる役目を果たしてくれたのなら、弔うことぐらいはしてやりたい。

「馬が死んでいるのを探そう。生きていれば見つからないかもしれないけど」

 領主街への道をゆっくりと進んでいる。複数の馬が通ったあとがある。辺境伯軍の騎士達の馬だろう。足跡がたくさんでどれがどれだかわからないけど、領主街へと進む方向だけはわかる。足跡を追いかけて、草が倒れて道が分かれている。逸れた道へと進んでいく。木々があって進みづらいけど、軍馬のほうが体が大きいから逃げやすいと思ったのかもしれない。その辺は訓練されているとあまり苦にならないかもしれない。

 木に矢が刺さっている。捕まえるために手段を選ばなくなっている。下手すると死んでしまうのに。矢が刺さっているのである程度のどっちに行ったのかわかる。そちらへと歩みを進めていく。

「・・・」

 死んだとわかる馬が横たわる。矢を受けて力なく、虫もたかっている。降りることなく、見下ろす。生きていないのはわかる。

「最後までよく頑張った」

 火が馬を囲むと次第に火力を増して覆って高く高く天へと上がる。全てを燃やして巻き上がる炎は形も残さず燃やし尽くして、そして焦げ跡だけが残る。もうなかったことにするんだ。何もかも。全部全部。


 どうやって帰ってきたのか覚えていない。何かを考えていた気もするけど、それすらも覚えていなかった。家の前にいて、帰ってきたから家の中に入る。何もかも考えられなくて、木窓を開けて外を眺めている。ただ眺めているだけ。

「また誰もいなくなった」

 僕の前から消えていった。どれだけ泣いてもどれだけ思いを叫んでも返事はない。僕だけが置いていきぼり。望みはなわない。大切な人が生き返ることも、僕はつらい思いをこれ以上したくないから死ぬことも。

 道があると思って進んでいた。この道だけが光が灯って進んでいけていた。先にはきっともっと明るいところがあると思って。明るくなったと思ったら真っ黒で何もなくなった。光も道も進んだ道は間違いだったんだ。光を目指したのが間違いだったのかもしれない。

 人の近くにいることが間違いだったのかもしれない。人である以上、人との関わりは避けられない。グリじいは人のいない森の中がいいって。僕には人の世で生きるように言われた。どうしてもダメだったら戻ってくるのはいいが、若いうちは人の世界にいるようにと。

 誰もいない家の中、目を閉じるとシャローザの姿が浮かぶ。思わず目を開けた。ここにいると思い出してしまう。一緒に過ごした日々は、短かったかもしれないけど確かにあった。家族になる人がいて、話をしてから散歩もするし勉強もした。これからもそうなる予定だった。そうなっていくものだと勝手に思っていた。そんな日々が続いていくのだと疑いもしなかった。

 だけど彼女はもういない。本当に手が届かない、どんなことをしてもどんなに願っても決して元には戻らない。寂しい。誰もいない。勝手にどこかへ行ってしまう。どうして、なんで?行くのなら一緒に連れて行って欲しい。置いていかないで、1人にしないで。お願いだから、頑張るから。何でもするから。一緒にいてよ、近くにいてよ、生きていてよ。

 願いは思うだけで消えていく。机を濡らす涙は机にしみて消えていく。


 いつの間にか寝ていると夕日が差し込んでいて、木窓を閉める。

「お腹空いた」

 弁当を取り出して食べると横になる。隙間から入ってくるオレンジ色の光がなくなって、部屋の中は真っ暗になる。何も見えない。布団にくるまれる感触だけがする。何も見えないから、何も考えたくない。シャローザのことは考えたくない。

「何をしている。早く寝るんじゃ」

「思い出すから寝られない」

「そうか」


 目が覚めるといつの間に寝てしまったんだろうかと思うぐらいに意識がなくなっていた。またウィットが眠らせたんだろうね。

 誰もいない風景。当たり前だったのに、いつの間にか誰かがいるのに慣れてしまった。思い浮かぶのはシャローザの姿ばかり。ざわざわと心が騒ぐ。思い出したくないけど、勝手に目の前に浮かんでは消える。浮かんだあとには言葉を思い出す。

「声、も聞けないね」

 誰もいない、独り言。

 いない事実だけがジワジワと心の中にしみてくる。頭ではわかってた。わかっていたけど、どこかで認めていなかった。認めたくなかった。

 頭の中ではシャローザのことが、ずっと家の中に浮かんでは消え、浮かんでは消える。そして浮かぶ。見えないように壁の方を向いている。シャローザは死んだんだ。もう戻っては来ない。神の奇跡も行うことは出来ない。2度と戻ることがないんだ。


 ビキッ


 何かが割れるような音がした。魔力が漏れ出ている。こういう時は気持ちを落ち着けて、魔力を制御する。

「ランス様」

 不意に後ろから聞こえた声で振り返る。誰もいない。

 気持ちがゆれる。家の中を見るとシャローザを思い出す。

 漏れ出た魔力が家を揺らす。気持ちが収まらない。ここにいちゃダメだ。思い出してしまう。彼女のことを。イヤだ、ここにいたくない。思い出が浮かぶ。今は思い出したくない。やめて、今は思い出したくない。イヤだ。

 扉を開けて外に飛び出す。

 どこか人のいない場所へ。

 森の方へと走る。

 走れ。

 思い出すな。

 心を揺らすな。

 不安定な足場をどこに向かうのでもなく、走って行く。

 走れ、魔力を出すな。

 漏れ出る魔力が周りのものを傷つけ始める。傷つけないように氷を意識する。ダメだ、漏れる。

 通った道は氷に覆われていった。すぐに解けるが、少しずつ、その厚さを増していくだけだった。

 鎮まれ、ざわつくな。魔力が漏れる。うまく扱えない。

 とにかく走って、山に向かってひたすらに走る。

 村ぐらいはなくなる。だから遠くへ行って、そこで落ち着いて、魔力も放出すれば少しは扱いやすくなるはず。

 息を切らせて、ひたすらに走る。


 山を越えて広がる窪地。山の頂上までどのくらい走っただろう?疲れても止まれなかった。周りが白く、霜が降りていくから休めない。周りが氷漬けになってしまう。

「ああああああああああ」

 叫んでも心は落ち着かない。魔力は氷となって周囲を凍らせる。

 どうしたら。悲しい。失った。

 力が止められない。どうしよう。このままだと周りが危ない。どうしよう。

 眼下に広がる窪地に向かって走り出す。森の中木々をかき分け、白い道を残しながら。

 どうしよう。どうしようもない。

 この国の王族、王子、勇者王子。許さない。絶対に。

 力の暴走が収まらない。窪地の中心に向かって走り続ける。なんとかしないと。封印が解けちゃダメなんだ。

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読んでくれてありがとうございます。

☆や♡を恵んでください。お願います。

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