帰ってみると4

 夢を見ていた。母さんと2人で暮らしていたときの夢。お手伝いに出てもらってくる作物をごった煮で味付けもされてなくて、味の薄いスープを食べていた。母さんと一緒に手伝いに出て食べ物を分けてもらう。体が弱い母さんと一緒に手伝いをして、たまに村の子どもと遊んで、それでも母さんがいたから幸せだった。幸せなんだ。


 目を覚ますとソファの上で寝かされていた。起きるとギルド長がいた。

「寝ちゃったのか。ちょっと出てくる」

「どこに行くつもりだい?」

「フウイのところ」

「そうか。明日薬作りを手伝ってくれないか?」

「ポーション?」

 首を振った。

「普通の薬だよ。配合通りに混ぜて渡す。そこの手伝いをしてくれないか?」

「いいけど」

「何かすることでも?」

「最後に一目見たくて。さよならも言えてない」

 ギルド長は首を振る。

「諦めるのなら、会いに行かない方がいい。今は警備も厳しく、騒ぎになる。捕まったらかばいきれないよ。本当は王都に入れないのを薬師ギルドで大人しくするから滞在を認めてもらっているんだ。勝手なことはしないでほしい。いきなりこうなってしまって、気持ちはわかる。けれどね、みんなランス君のために頑張っているからわかって欲しい」

「こんなことになって、何が何だかわからない」

「我々もわからない。ランス君の婚約者、結婚もすると確認までとって、それから手のひら返しだ。貴族間で話を進めていて、決まったあとにこちらの了承を求める始末。最悪な形で話を進められているよ。こういうことが起こらないように、動いていたつもりなんだよ。それなのに。それに今回は勇者連合国の王族か重要な役職の人々が集まっている。相応の代償は求める」

 何も答えずにうつむいた。頭の中はシャローザがどうしていなくなってしまったのかを考えていた。

「エルミニド辺境伯は平民のランス君よりも高貴な血筋を選んだということだよ。そこにシャローザ嬢の気持ちや考えは関係ない。それが貴族だよ。それよりも何かしたほうがいい。ジッとしていると悪い方ばかりに考えがいってしまうからね」

 そういわれても何も思いつかない。会いたいと思うだけで、それ以外のことをする気になれない。代償とか、どうでもいいから返してほしい。

「行かなかったらよかった」

 あの時断っていれば。シャローザのお願いを聞かなければ。

 立ち上がるとギルド長室のドアを開けて、廊下に出た。ギシギシと歩く音と遠くから声が聞こえる。

 頭ではわかっている。わかっているんだけど、どうして何も出来ない、出来なくされているのが、あーってなって気持ちがぐるぐると回って、どうしていいか考えている。

 全部無視してシャローザと逃げてもいい。逃げたい。だけど、人と離れてしまったら、今の生活が出来なくなって、それから、お金もなくなったら母さんみたいになることが1番怖い。母さんが死んだ瞬間が、死んだときが、わからなくて、どうにもならなくて、わけがわからなかった。お腹が空くのもつらいし、それを我慢するのも辛い。頭も働かなくなって、考えるもの出来なくなる。出来なくなって、どうすることも出来なくなる。そんなことをシャローザに味あわせたくない。


 シャローザのために諦めるしかない。


 薬師ギルドを抜けて、厩舎のある裏側に回る。フウイは預けた馬房で大人しくしていた。

「時間が出来たから、体をキレイにしようか」

 クリーンでも十分キレイなんだけど、普通に馬を洗うための道具を貸してもらって、水場へと連れてくる。クリーンをかけて、寒くないように温かい水を使ってブラシでこすっていく。台も出して普通の馬よりも大きな体を洗っていく。一生懸命に洗って、頑張ってくれたお礼をしていく。急いで帰ってくれたからね。

 何も考えずに、考えないようにしてひたすらに大きな体をこすっていった。


 フウイの体を洗い終わって、水を飛ばしていく。暑くなりすぎないように温風を送ってやる。体をブルブルさせて、水が飛び散る。いい感じかな。乾いた毛を触って確かめると風を起こすのをやめる。

 馬房に戻すと厩舎から出て、それから表通りへと。そんな時間がたっていたんだ。日の色が変わって橙色になっている。フウイの大きい体を洗うならしょうがないかな。

 そういえば、泊まるところを決めていなかった。薬師ギルドに入って聞いてみる。

「いつものところが空いていないかな?」

「あの高級なところ?」

「そう」

「ならギルドカードを見せてくれれば泊まれるはずだから」

 返事をするとそのままいつも泊まっている高級宿屋へと大通りを歩いていく。人が多くて歩いて行くのが大変だった。何でこんなに人がいるんだろう。

 宿屋に着くといつもはいない多くの人達がいた。チラチラとこちらを見ているのに気がつく。宿屋の人が近づいてくる。

「お客様、お泊まりでしょうか?」

「うん、いつも薬師ギルドからここに泊まってて言われるから」

「はっ。もしかしてランス様でございますか?」

「そうだよ」

 薬師のギルドカードを見せると少々お待ちくださいと受付に走って行く。何かを話しているね。

「お待たせしました、ランス様。大変申し訳ありません。当ホテル、現在満室になっておりまして部屋が空いていないのです。明後日、第3王子様の結婚式が行われますので、多くの方にお泊まりいただいている状態でして。お部屋がない状態です。大変申し訳ございません」

 戻ってくるとそういわれて、困ったけどないのか。どうしようかな。とりあえず宿屋を出てから、また人通りの多い表通りを歩いて薬師ギルドに戻った。

「ランス君宿屋に行かなかったの?」

「行ったんだけど、満室で泊まれないんだって。どこか寝られる場所があればいいんだけど、フウイの馬房で一緒に寝てもいい?」

「へ?ちょっと待って、探してみるから待ってて」

 何人かの職員の人達がギルドから出るとどこかへ行った。泊まる場所がないなら、調合室でもいいけど。大きいから十分に寝られると思うんだよね。薬を作るところはもらいに来る人が途切れることがなくて、ずっと作っては渡しているようで忙しそうだ。その様子をじっと見ていた。


「ランス君、ごめんなさい。宿屋が空いてなかったの」

「馬房で寝てもいい?」

「うーん、馬房はダメだと思う。他に泊まれる場所があればいいんだけど。いつもはどうしているの?」

「宿屋で寝るけど。野宿の時は自分で寝るところ作って、布団引いて寝てる」

 お姉さんは困った顔をしている。

「調合室で寝てもいい?うちの領主街では調合室に泊めてもらってたから。こっちじゃダメ?」

 ぐっかわという声がお姉さんから聞こえる。それから職員の人達と話し合って、調合室の鍵が渡された。

「遅くなるとギルド自体を閉めてしまうから、夕食をとっておかないとお腹が空くわよ?朝は門が開く時間には開けるから、早番の人が来たら出られる。それから食べに行ってもいいかな。だけど、明日は結婚式があるからお店を休むところが多いかもしれないわね。食べ物は買っておいた方が、明日困らないはずよ」

 首掛けのほうだけ持って、薬師ギルドから出ていった。まずは明日の食べ物を確保しないと。何を買おうかな。広場のほうに出るといつもの串焼きを買って、それからパンにハムなどを挟んだ片手で食べられるようになっている携帯食料を買ってみた。パンと干し肉ばかりじゃなくて他のも食べてみよう。

 何を食べようかな。ギルドの近くで食べるのがいいんだけど、冒険者ギルドの横に酒場があるっていってたな。まだ夕暮れになったばかりだから大丈夫かな?

 ギルド横の直営の店には行ってみるとすでにごった返していて、満杯だった。店の前でひるんでいるとレスタに会った。

「おう、ランスどうしたこんなところで。めちゃめちゃ混んでてビックリしているのか?」

「こんなに来るものなの?」

「明後日の結婚式に警護の依頼が来ているからな。それに冒険者達はお祭り好きなんだぞ。飲んで楽しむのがいつもだが、飲んで祭りを楽しむのも冒険者だ。陽気な奴らが多いからな。一緒に入るか?」

「うん。お腹空いた」

 人の間を通って店員さんがいる長い机の席に着く。何が食べられるのかキョロキョロしている。

「日替わりとビール」

「日替わり?」

「その日のおすすめみたいなもんだ」

「じゃあ、日替わりと水」

 ビールを片手に楽しく飲んでいるようで、すごくうるさい。

「あそこにここで出せる料理が書いてある。あと飲み物もな。あとは店員に聞いてみると、書いていない出せるおつまみとか教えてくれるぞ。大人になったら聞いたらいい。だいたい日替わりで足りる。冒険者向けだから量が多いしな」

 レスタに指さされた方向に文字の書かれた木札がぶら下がっていた。

「へー。持ち帰りってあるのかな?」

「冒険者弁当ってのがあるぞ。少し高いが数日なら持つようにされている。容器とか中身とかは冒険者ギルドの研究の成果だな」

「今頼めるの?」

「いつでも空いているなら頼めるはずだ」

 店員さんに3つ冒険者弁当を頼む。

「帰ったばかりなのにどこかへ行くのか?」

「店が閉まっているかもしれないから、食べ物を用意してる」

「なるほどな、確かに店は閉めるところが多いって聞くな。ここは開いているが、誰か冒険者ギルド関係者と一緒じゃないとダメだな。飲んだくれしかいなくなる。1人では来るなよ」

「わかってるよ」

 日替わりのセットが目の前に出てくると、食べきれない量だった。多い。とにかく食べ始める。味付けは濃いめで、割と美味しい。食も進むので頑張って食べていく。

「レスタ、ひっさしぶり」

「バッセル久しぶりだな、いつこっちへ来たんだ?」

「そりゃあ、割のいい護衛任務を引き受けてきたんだ、当然飲み明かすだろう」

「依頼がこなせれば文句はねえよ。うまくやってるならいいってことだ」

「ところで隣のガキは何なんだ?」

 振り向くとムキムキすぎず、普通の人よりは筋肉のしっかりついたおっちゃんがいた。

「冒険ギルドで1番の若手実力者だ。お前よりも稼いでいるぞ?」

「そんなわけねえだろうが、祝福前にしか見えない」

「ああ、祝福前だからな。F級だ」

「なら、俺より稼いでいるはずがねえだろう」

 ビールを飲みながらもしゃべっている。入ったときから全部酒臭いので気にならないくらい。酒臭いのは苦手だけど。

「祝福前だが強いんだよ。ワイバーン討伐したF級っていう話を聞いていないか?」

「ああ、聞いたことがある。酔いどれの戯言を聞いたな」

「それがこのランスだ。若手で1番だろう?」

「はあ?この貴族のボンボンみたいなガキがか?」

 話をしているので日替わりを頑張って食べている。すでにお腹はいっぱいで食べきれない。

「お腹いっぱい」

「気をつけて帰れよ」

「うん」

 冒険者弁当を受け取って精算を済ませると、うるさく酔っている人達の中から抜け出して、薬師ギルドの調合室に戻っていく。

 そういえば、向こうに行ってから本を読む時間がなかった。買っていた生活魔法の本を開いて、使えそうのはないか探してみる。日常に少し便利になるかなっていう程度で、なくてもいいかなって程度の魔法が多い。水を出す、火をつけるのはとても有名で本にも載っている。読んでいるところで良さそうなのは見つけられなかった。

「ふあ」

 あくびが出る。床に布団を敷いて、本をしまうと眠りについた。

-------------------

読んでくれてありがとうございます。

☆や♡を恵んでください。お願います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る