帰ってみると3
冒険者ギルドは嬉しそうに誓約の言葉を教える。簡単な言葉。
「「ランスの秘密を知らない者に伝えないことを誓約する」」
「神の代行フェンリルの名において誓約を認める」
「女神の代行スコルの名において誓約を認める」
「妖精女王の名において誓約を認める」
この世で神の使いとされ、1体でも現れれば奇跡と呼ばれる存在。神は地上に降り立つことはなく、神の代行、神の代わりとしての力を持って現れる霊獣。人の中では霊獣の区分にされているが、最上位に君臨する敬意と畏怖を持って名乗りの通り、天界の代行と呼ばれる。
冒険者ギルドは慣れたもので、涼しい顔をしている。
他の2人はさすがに目を見開いて、商業ギルドは震える手でお茶を口にして息を吐く。薬師ギルドはそのまま固まっている。
「代行様のお歴々はランスとどのような関係があるのですか?」
「我らはランスを守るためにいる」
フェンリルが簡潔に言葉を述べると沈黙が広がった。
「守る?では今回のことを考えると、この国はどうなりますか?」
薬師ギルドは使い物にならないと考え、商業ギルドは当たり障りのないと思われる質問をした。代行のことなのでそうそう早まったマネをしないだろう。
「この国は前回のことでランスに慈悲をもらったというのに、許さざることだ。恩を仇で返すならば、塵も残さず消え去るのがよかろう」
聞いた質問がまさかの答えで、もう1度お茶を口に含んで冷静になる。
「無知なもので知らないのですが前回とはどういうことでしょうか?」
「そちらについては、辺境伯のシルヴリン嬢が不敬罪を口にして、ランスが辺境伯領へ取り消しを求めて向かった件ですよね?ランスはS級扱いなので、貴族当主扱いになっているので無効だと知らなかったようです」
「正確には不敬罪で処刑されるのならと、フェンリル様が怒って辺境伯領を消すといったのを取り消させるために、ランスは辺境伯領へ向かったのよ。無効と知っていたならランスも慌てなくて済んだのにね」
妖精女王の凜とした澄んだ音、声が部屋の中に響く。
「ランスはそのことを誰かに?」
「そのことをランスが誰かにいうわけないじゃない。そんなことが出来るかどうかもわかってない連中に話しても無駄よ。ランスはそういうところもちゃんと調べているから、どのくらいの規模でやったっていうことを把握しているわよ。その上で自分が悪くなっても取り消すつもりで動いたわ。悪いのは貴族だけでそのとばっちりで消滅する人達は大勢いたからね」
そんなことがと、3人とも初めて知った。そして、妖精女王はランスの頭の上に座る。座ると髪をなでていた。
「国を消滅しますと勇者もいなくなると思うのですが、そこはどうなるのでしょうか?」
「新たな勇者が現れるだけのこと」
理解が追いつかなかった。魔王を倒す勇者は唯一無二の替えのきかない、そういう職業だと広く一般に伝わっているので、勇者は連合国が大切に扱うのだと思っていた。
「そこは長年勇者を扱っている冒険者ギルドがよくわかっているのではないのか?」
「他言無用でお願いします。勇者は魔王が現れたときの民衆のシンボルとしての役目を果たします。わかりやすく、人々の心と関心を向けられます。勇者が魔族をなんとかしてくれると。過去の記録は本部長になるときに教えられるのですが、魔王を倒していない勇者もいるのです。その時は冒険者ギルドの冒険者に依頼を出して、討伐しているのです」
「救国のランスを無碍に扱うのだ。なくして然るべし」
フェンリルが力強く言い切った。薬師ギルドは頭を抱え、商業ギルドは疑問を持っている。
「フェンリル様、そのことはランスの能力を隠すために秘密にしておくのではないのですか?フェンリル様が自ら公開されるというのならば、止めることは出来ませんが、ランスは人の中では暮らせないかも知れません」
「ならば、黙っておこう」
「救国のとは」
思わず口をついて出る。
「その前にランスの秘密を教えておこう。そこから説明をしていく」
冒険者ギルドはランスの職業が与えられていることを説明して、師となった2人のことも説明した。
「教えの試験として夕暮れの血を1人で全滅させた。ティワズのことだから出来る自信があって送り出したんだろう。そのまま、消えてしまったから後処理が大変だった。国軍でも対応出来ていなかったから、助かったといえば助かったのだが」
「それなら余計にランスのことは無理にでも助けてやるべきじゃないのかい?利用するだけしようって魂胆が透けて見えるよ」
冒険者ギルドへ一斉に目が向く。ランスの能力を認めて保護する。それがギルドのあり方として、大人としての務めなのだから。
「それは、こちらも事情というものがあるので、勇者連合国とランスを天秤にかけるとどうしても勇者連合国が」
「そうじゃ、この国に神の像と女神の像をまつるのを禁止するよう聖女に言いつけてこよう」
話にいきなり割り込んできたスコルがとんでもないことを発言して消える。本部長達は顔を見合わせる。
「それぐらいはよかろう」
そういうフェンリルに、国を消滅させられるよりましかと3人とも黙り込んだ。
「勇者連合国を蔑ろにすると後々困ることが起こる。ランスばかりをひいきにすることも出来ない」
「これだけの力を持っているランスを蔑ろにしているのは、冒険者ギルドだろう?S級扱いで誤魔化しているだけじゃないのかい?ああ、わかったよ。依頼を受けられないし、拒否しているとも聞いているから厄介なんだろう?それでも国内の依頼は全てこなしたんじゃないのかい?外国からの依頼は出すほうが非常識と考えるけど、その辺はどうなんだい。まさかと思うけど、祝福前の子どもをいっぱしの冒険者達と同列にしているんじゃないだろうね?昔のように。本来ならランスに護衛をつけて、遊びがてら行けるようにすればよかったんじゃないのかい?障害があったのなら、冒険者ギルドが手を回して受けられるようにすればよかったんだよ。シャローザ嬢と一緒なら喜んで行っただろうに。ファーレの研修はシャローザ嬢のお願いもあって、行ったんだからねえ」
ハッとした表情を浮かべて、ランスが強すぎて忘れてしまいがちだが、まだ祝福前なのだ。ランスが暴れた事件も思い返せば、防衛をしていると考えたなら行動に納得いく。ソルのことも本人に資質が足りないと指導員達もいっていた。冒険者の腕を切り落とした時もギルド長の暴走。ランスは悪くはなかった。ギルドにとっては損失であったので、そっちに目がいってしまっていた。特に悪いことをしていない兵達と戦うときも、被害を出さないように立ち回っていた。S級にそんなことをすれば、したほうが悪くなるのにだ。命を簡単には奪わないランスに助けられていたのは、こちらの方だった。本来なら、後処理に駆けずり回るのが普通なのにだ。
S級なら断られたら依頼を出しっぱなしのまま放置するのに、なんだかんだと受けている。わがままもあったが事前の相談もあり、思いつきで後処理の大変なことはなかった。全部、キチンとされている。侮っていたのは自分だった。ソルのせいで冒険者ギルドに不信感を持っているはずなのにだ。
「結局今の時点で、魔王に対抗出来るのランスのほうなんだろう?それなら訓練もサボっている勇者王子とどっちが大切かは考えずともわかるだろうに。ギルドとしての体裁はS級の冒険者を保険として、用意しなければならないでいいんじゃないのかい?」
「明日、勇者連合国と話し合えるように手配を行う。それとうちとして何が出来るのか、総本部と話し合いをしよう」
「うちは要求をするだけだね」
そういうと冒険者ギルドは出ていって、残されたのは商業ギルドは薬師ギルドにくれぐれもランスのこと明日の間はよろしくと言い残して去って行った。薬師ギルドは悩んで、ギルド長を呼び出した。
「明日、冒険者、商業、薬師ギルドの本部長は勇者連合国との話し合いを行う。ついてはランス君が何か起こさないように見張っていて欲しい。明日は本部長達は動けないと考えてくれ」
「ゆ、勇者連合国との話し合い?」
「ランス君の婚約問題に我々は一切承諾していない。それなのにこの国は強行した。ギルド員に対する了承もなく、破棄の手続きも我々に通知もない。これは我々、ギルド員、ギルドに対する軽視なのだ。ギルドを敵に回すのならこちらも出来ることで対抗する」
「そうですか、ランス君も大変なことに巻き込まれる。我々がギルド員を守るのは当然のこと。どうにかギルド内の手伝いをしてもらいましょう。薬部門は助かるでしょうから」
頼むといってギルド長がランスを抱えて連れ出した。総本部長への通信を開始する。
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