side シャローザ 引き裂かれた想い
「変わりないか?」
「はい。問題は解決したと思いますので。ランス様の帰りをお待ちしています。予定通りにお戻りですよね?」
「予定通りだ。3ヶ月、土産にも期待をしてるといい。何やら用意しておった」
「楽しみにお待ちしております」
スコル様との近況報告を聞いて魔力をもらう。光の魔力で満たされる。体が少し光って、魔力の補充が終わるとスコル様は消えた。あと1週間でランス様に会える。心待ちにしながらいつものように過ごしていく。
騎士達に、護衛として駐在していた騎士達に囲まれていた。
「シャローザお嬢様申し訳ありません。お館様の命令には逆らえないのです。大人しくついてきてください。強引なことはしたくありません」
「わかりました。ハンナは私を守ろうとしただけ、離しなさい」
私を囲もうとする騎士達の前に立ちはだかったハンナは組み伏せられ、動けないようにされていたのを解かれる。騎士達の指示に従って、外に出ると私の馬が用意され乗せられる。その周りを囲まれるようにして進み始める。混乱している頭を整理するように、どこに連れて行かれるのかを考えていく。この道は領主街へつながる道。そこならギルドに逃げ込めばなんとか出来るかもしれないけど、それを許してくれるとは思えないわ。うちの騎士達は総じてレベルが高い。他の騎士団よりも。逃げても追いつかれる未来しか見えない。
休憩を挟みながら最後の休憩になるというところで、休憩場所を探すので人数が減ったところを全力速力で馬に逃げてもらう。
「追え、追え。嬢が逃げた」
「追えぇぇぇ!」
怒号とともに一斉に追いかけ始める騎士達。全力で走ってくれる馬に振り落とされないように、懸命にしがみつきながら手綱を握る。どうにか振り切りたい。風景が見たこともない速度で後ろに過ぎていく。その後ろからは隊を立て直しつつ追いかけてくる騎士達が見える。追いつかれている。
懸命に逃げているが離されてくれる様子がない。
「止まってください」
その声を無視しながら一生懸命に前を向いて逃げる。
「強硬手段に出ます」
その一言が聞こえた
何が起こったのかわからないけど、倒れた馬が弱々しい声を上げてぐったりした。血が、たくさん流れ出している。死んだのだとわかるけど、わかりたくなかった。
「ごめんね、ごめんね」
嘆きながら馬に駆け寄って泣きすがる。イヤ、死なないで。助けて、ランス様。ランス様。
「縛るぞ」
体に衝撃が走るとそこから意識がなくなる。
目が覚めるとそこは豪華な装飾の施された天井といい生地の使われた肌触りのいいベットに寝かされていた。体を起こすと体の痛みはなく、お金のかかった調度品、それに窓から見える風景が城下を見下ろしていた。
「まさか、王城?」
眼下に広がる大きな街は辺境伯領のものでなく、建物も高くお金のかかった建物も多く見える。公爵領ということもないわね。親しい公爵様はいないから王城でしょう。
ランス様に買っていただいた馬が亡くなってしまった。逃げるのにも失敗していては、買った甲斐のない女だと思われるかな。捕まってしまって、このまま結婚させられるのかしら。ここからどうやって逃げ出せば、逃げ出したとしてどこへ行けば。王城から運良く逃げ出せたとして、次にどうやって城壁を越えることが出来るか。1人ではどう考えても無理があった。
「お目覚めになりましたか。お食事などはいかがでしょうか?」
「いらない」
聞いてくるメイドに告げる。ハンナはどうしたのよ、大丈夫なの?
「本日は衣装合わせになっておりますのでお召し替えをいたします」
「そんな気分じゃないから2、3日1人にして」
「しかし」
「下がりなさい」
ベットに戻ると体を起こして壁を見つめる。どうしてここにいるの?ランス様の村から王都まではかなりの時間がかかる。それなのに気絶している間に運ばれたの?そんなの街道では時間的に無理なのがわかって安心していたのに。
飛竜?気絶している間に運べるなら、そのくらいしかない。王家なら用意するのは簡単よね。すっかり頭から抜けていた。説得を諦めた時に飛竜で連れて行くように手配をしていたのね。お父様がそこまでするとは思っていなかった。
油断をしていた。スコル様に解決したなどというんじゃなかった。そうすればランス様に迎えに来てもらって、どうにかなっていたはずなのに。後悔しても遅かった。そこに思いを至らせられなかった、お父様を説得したので安心したのが悪かった。最後まで油断していてはいけなかった。
「シャローザ様、いらっしゃいますでしょうか」
「いるわ」
「エルミニド辺境伯様が来られております」
「会わないわ。帰ってもらって。誇りのない貴族に会うつもりはないと言っておいて頂戴」
強引に連れてこられて、逃げることは出来ない。絶対にイヤよ。ランス様と一緒にいたい。ランス様以外と一緒にされたくない。なんで、どうして。王宮のどこかに連れてこられて、衣装合わせなんて。結婚式の準備をするつもりなのに、やらせない。
メイドが中に入ってきた。
「エルミニド辺境伯様は帰られました。衣装合わせをお願いしたいのですが」
「無理よ。1人にしてといったでしょう。入ってこないで」
「しかし、それでは結婚式に間に合いません」
「中止にしなさい。私は受け入れていないわ。それにいつまでいるつもり?明日も衣装合わせをする気が失せたわ」
そんなと聞こえたが知らんふりをして、何かしゃべりかけられても無視をする。手に負えないと感じたのか、部屋から出て行った。
「ふー」
1人になって少しだけ気を抜く。知らない人がいてもイヤなだけ。とにかく入れないように内側の鍵をかける。窓も閉まっているかを確認して、ベットに戻ると横になる。疲れているのかしら?少しだけ寝ましょう。
周りの騒がしさに目を開けるとたくさんの人がいて、なぜかイスに座らされていた。どうなっているのかわからない。結婚式で着るようなドレスからパーティーで着るようなドレスまで各種用意されている。
状況を把握しようと鍵をかけていたのに、いつの間にかこちらへ連れてこられ衣装合わせを行っていた。採寸をまだされているから、完全には終わっていない。
暴れようとするけど、体の自由がきかない。あれ、眠くないけど、眠たい?もうろうとする意識で対抗しようとするけど、沈んでいくように何も感じなくなっていった。
目が覚めると夜中だった。魔法を使われた。それか魔道具。とにかく、普通は禁止にされているはずの、そういう魔法。それほどなりふり構っていないということね。
部屋の中を歩き回って、紙とペンを発見した。だけど着るものすらない。クローゼットのような扉を開けても一切、着られるものがかかっていなかった。これでは外に行けない。何をどうして、このまま外に出るのもはばかれる。下着のような姿で歩き回る勇気はない。
ここから出られない。紙とペンを用意して、ランス様に買ってもらった婚約指輪をはずす。今の気持ちを手紙に込めて、外したくない。ランス様につながる唯一の品。馬は死んでしまった。婚約の品は全部置いてきた。手紙と指輪を一緒に包んで、枕元に忍ばせておく。最後にこの手紙だけは必ず、ランス様の手元に届けたい。
たまに響く見回りの足音。静かな夜に月を見上げる。暗い闇に浮かぶ月は、私の中のランス様のよう。深く暗く、冷たく痛く、閉じ込められていた私を救ってくれた光。夜の世界から光の溢れる昼の世界へ連れて行ってくれた。嬉しかった。救ってくれて嬉しかった。自由にしてくれて、婚約者になれて。
気持ちが頬を伝う。キラリと光りながら落ちて消えていった。
朝になってメイドが朝食を運んできた。
「商業ギルドで白粉を買いたいからすぐに用意して」
「しかし」
「出来ないの?白粉も買えないのか。それなら誰とも会わないわ。誰であろうとね」
「すぐに用意します」
昨日のメイドとは違うメイドになっていた。朝食を少し食べて、食べたら気持ち悪くなったのでやめた。
ドレスを着てから馬車を用意する時間に枕元から手紙をドレスの間に忍ばせる。商業ギルドが助けてくれることを願っているけど、護衛がつくので手出しは出来ないでしょう。あくまでなんとか、ランス様に手紙を。うまくいくのかはわからないけど。
「馬車の用意が出来ました」
メイドについて行くと近衛兵が前後に並んでついてくる。どう歩いているのかわからないけど、階段を降り廊下をいくつも曲がって馬車の乗り場に到着。馬車に乗せられると、騎馬が前後について出発し始める。
王族は護衛が多いわね。どんなことをしても抜けられない。すぐに抑えられる。抑えられるとわかっているから外に出られたのよね。馬車の横にも騎馬がいるほどの厳重体制で移動する。
外の風景を楽しむなんてほど遠い、護衛で守られすぎて面倒なことになっている。逃げたり出来る隙間がない。
馬車が止まると入り口から近衛兵が並んで、その間を通るしかなかった。中に入るとすぐに貴族用の応接室に通されて、机の上には商品が並んでいる。ランス様が開発した、白粉が並んでいる。
「申し訳ございません。ギルド長が現在所用で外出しておりまして、副ギルド長のリクッターが対応させていただきます。白粉をお求めと」
私の顔を見た副ギルド長が言葉を詰まらせる。
「全部くださる?」
「かしこまりました。他にご用はございますでしょうか?」
「この手紙をあるギルド員にお渡しください。今の私は自由がきかない身ですので」
ドレスの中から婚約指輪入りの手紙を取り出すと机の上に置いて副ギルド長に渡す。差し出された手紙を受け取り、宛名を確認する。
「本当にどうしてこうなっているのか。手紙をお願いします」
軽く頭を下げてから、白粉をメイドに持たせる。副ギルド長は手紙を持ったまま、必ずと答えてくれていた。近衛兵を引き連れて、城に戻っていく。助けは期待出来ない。逃げられない。
衣装合わせが始まって、大人しくしていた。昨日のような意識を落とされることだけはされたくなかった。あの状態だと何をされてもわからない。本当に恐ろしい。
結婚式用のドレスを着させられ、気分が悪くなりながらも周りは称賛の言葉を投げつける。そのせいで余計に気が滅入ってしまった。いつ結婚式なのだろう。それすらもわかっていなかった。仕立ても異常に速く、ぴったりになっていて恐ろしくなった。近々行われることだけは感じ取っている。
衣装合わせが終わり、夕食を食べてやっと1人になった。ランス様になんとか手紙を渡せるので安堵する。助けに来て欲しいけれど王城に来ているので、本当に来たときはランス様が犯罪者になってしまう。人のいないところで2人で暮らせるのなら、それでもいい。だけど、ランス様が犯罪者にされることが悔しい。来て欲しいけど、来て欲しくない。2つの気持ちで揺れ動きながら夜はふけていった。
起きると有無も言わさずに移動させられ、結婚式用のドレスに着替えさせられる。化粧もさせられてベールをかぶせられると披露用の馬車に乗せられて、幾重もの結界魔法をかけられる。
「やっと会えた、私の天使よ。今日この時を迎えられること、神に感謝しなくては。勇者だけなく、このように美しい妻を迎えられることに。実際に会うとさらに美しさに惹かれてしまう」
純白の手袋の上から手を握られて、全身に鳥肌が立った。一瞬、下卑た目を向けられ、この軽薄そうな男の妻にならないと行けない日は、神を恨んでおかしくない日だった。助けは来ない。
きっとランス様は私を恨む。それだけのことを私はして、させられている。
門が開き近衛兵が整列した。その中で城下へとお披露目へと進んでいく。前を見ないように、ランス様に見られないように下を向いて、勝手に進んでいく馬車に身を任せる。
「私の妻シャローザ。国民に笑顔で応えなければ、はははは」
嬉しそうに手を振る勇者王子に息苦しさを覚えて、大きく息を吸い込む。ひどい顔をしていると思う。胸が苦しくて、心は悲鳴を上げている。
嬉しそうな、そんな声が耳に届いて余計に早く終わって欲しいと両手を握る。早く、早く終わって。
うつむいたまま国民へのパレードはつつがなく終わり、そのまま王都にある教会へと馬車はたどり着いた。教会の騎士が階段の両脇を守り、その間を教会へと登っていく。そんなに階段自体はないのに、登れないほど高くあって欲しいと願ってしまう。少し息を切らせて、登り切ってしまうと教会の門が開き、王子が先に入場していく。ここまで来てしまった。心がざわついて、もう、ああ。言葉にならない。
しばらくして私も入場となる。
硬い石の道からフカフカの絨毯の上に変わる。
ランス様。
なるべくゆっくりとたどり着きたくなくて、段差の前で止まる。しばらく動けずにいた。ざわめきが起きる。
「緊張して動けないようだね」
そういって勇者王子がすごい力で引っ張り上げ、段上に引き上げられた。私はもうだめです。
教会の枢機卿が婚姻の儀を仕切っているが、全く言葉が入ってこない。一切の言葉を耳が受け付けようとしないのだった。
突然目の前が開けるとベールをめくられたのだと気がついた。勇者王子の顔が迫り、涙が溢れる。
「これで私のものだ」
キスをされる。
ッバキ
甲高くひび割れる音が周囲にこだまする。続いてさらに割れる音が響いて終わると。
いや、いや、いたい。やめて。いたい。いたい、いたい。
悲鳴、怒号、教会内は黒いもやがあふれ出したことで一斉に逃げ始める。阿鼻叫喚の人々は我先にと入り口へ向かって行く。
ピキピキ
枢機卿の後ろから神様と女神様の像にヒビが入る。
滑るように落ちてくる像になすすべなく枢機卿が巻き込まれ潰される。
黒いもやは今まで出てこなかった鬱憤を晴らすように体から出てくる。
「こ、この魔族の使いめ。その美しさで私を騙し、王宮を乗っ取るつもりだったな。この勇者がそうはさせない。剣を貸せ」
痛くて動けない私はそれを眺めることしか出来なかった。
騎士から剣を奪うようにとるとそれを持って私の目の前に戻ってくる。
「魔族の使いよ、その野望潰えたり!」
天にかざすように剣を持ち、そのまま私に向かって振り下ろされた。
ランス様、ごめん・・・な・・・・・・さ・・・・・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます