side シャローザ しつこい使者1

 見覚えのある馬車がこちらへやってくる。勇者王子の使いの馬車ね。あんな豪華な馬車で来るぐらいなのはそれくらいしかいない。面倒。

 散歩の途中で見つけたので急いで戻る。ハンナも先触れも出さない横暴な態度に憤慨していた。

「いらっしゃいますかな」

 ハンナが扉を開けて対応する。

「初めまして、前のものは役立たずなので私がかわりに参りました。さる高貴な方より、求婚のお誘いをシャローザ・エルミニド様宛にお預かりして参りました。こちらの手紙をお受け取りください」

「申し訳ございません。さる高貴な方とはどのような方なのでしょうか?シャローザ様は婚約も済ませており、エルミニド辺境伯より認められた方に嫁がれることが決まっております。辺境伯家として決められた婚約に異議、意見がございますのでしたら、こちらではなくエルミニド辺境伯様にお尋ねされてはどうでしょうか。辺境伯様の許可なく求婚の手紙を受け取ることは、辺境伯様に剣を向けるのと同じです。さる高貴なお方は、もしやそのような手順も知らない方なのですか?まずは辺境伯様の同意。そこからは辺境伯家でのやりとりを終えて、お迎えに来られ手続きに入らなければなりません。それが出来ないのならば、お引き取りください。辺境伯邸より正式な手紙が来ることでしか、その手紙を受け取れません」

「お、お前はこの手紙を無視するというのか。不敬であるぞ」

「主人である、辺境伯様を差し置いて婚姻という重大な問題を勝手にすすめることこそ、もっとも不敬であります。この手紙を出されるのであれば、辺境伯様直筆の許可する手紙とともにお持ちください。それが出来ないのであれば、どのような甘言を口にされようともお受け取りは出来ません」

 手に力が入り、手紙にしわが入っている。あの従者は知っていてやっているのかしら。それはそれで問題ね。

「それとさる高貴なお方でしたら婚約者がおられるはずですが、解消された上でこちらへ来られているのでしょうか?まさかこちらを通してから、それを理由に断るなんてことはありませんよね。婚約の解消を正式な書類で提示した上で、辺境伯様に願い出るべきではないでしょうか」

「婚約の解消は現在調整中だ。辺境伯様との話し合いも順調に進んでいるところだ」

「では、婚約者であらせられるランス様、所属ギルドへの可否はきちんととられているのですか?ギルドは貴族様がギルド員から搾取、略奪について非常に厳しい対応をとるはずです。昔、そうした侯爵が男爵まで爵位を落として決着をつけたこともありました。今やランス様は各国注目の御仁。名声はすでに国を超えて広がっており、ギルドが許可を出すとは到底思えないのですが、きちんと許可を得た上でここにおられるのですよね?得ていないのであれば、すぐにギルドに連絡をして、ええとさる高貴なお方のお名前は?」

 名前を出さないまま、馬車に乗り込むと反転して帰って行った。ハンナのおかげで使者はタジタジになっていた。来たことにはいやな気持ちになったけど、帰る姿を見てホッとした。

「助かったわ、ハンナ」

「当然です。重々、旦那様よりお世話を申しつかっておりますから。それにしても手段を選ばなくなってるというか、当主を通さずにご令嬢に婚姻の手紙を送りつけるなんて。非常識にもほどがあります。ランス様の所属ギルドにも話をつけていない始末。何をしているのでしょうか?手順すらも知らぬ馬鹿者とみられ、嘲笑の的になります。絶対に結婚してはいけない貴族です。お嬢様」

「貴族の方との結婚はもういいのです。ランス様と一緒に暮らすのですから、貴族のしがらみなどは関係ない。実家にはたまに帰るかも知れませんが。邪険にされていて平民になってしまった私は煙たがられるでしょう。すぐに疎遠になって、2人での生活を頑張らないといけないわ」

「そうですね。頑張ってください。お料理にお洗濯に家のことをこなせるようにしないといけませんね。ですが、ランス様ぐらい稼いでいるなら、使用人を雇うのもよいかもしれません。それもよいのではないでしょうか。ただ普通の使用人ではない方がいいでしょう」

 普通の使用人ではダメなの?

「自由に誓約をされると次の仕事に困ることになります。誓約自体は本人の判断もあります。元々、雇い主のしていることをギルド内で共有出来るぐらいの誓約はかかっていますので、そう漏れることはないのですが、何かの拍子にということもありますから直接誓約をされた状態がもっともいいでしょうね」

 誓約は強力な力が働くので、おかしな誓約をさせられると困るわね。そうなると。

「選択肢はそうないということね」

「そうですね、使用人ギルドで雇うことはおすすめしません。機密情報を扱う執事などは直接雇用が多いので、ギルドで紹介をしてもらうのもいいかもしれません」

「ランス様も秘密が多くて大変なのですね。誓約しているのでしゃべれませんが、気をつけておくにこしたことはありません」

「そうですね。大事にならないように秘密にしておくのがよいです」

 雇える選択肢は少ないけど、見繕えるならなんとかなるでしょう。

「使いの者は警備をきつくしてもやって来ますし、防げません。これからは何度もやって来ることでしょう。お嬢様も対応することがあるかも知れません。少し練習をしておきましょう。おさまったと思っていたのにしつこく来るということは、ランス様が帰られるまでは持ちこたえなければなりません。3ヶ月はないので、対応を間違えなければいいのです」

 そういったハンナはそれから厳しく、一言一句の言い間違い。しどろもどろなところまで、指摘されながら受け答えの練習をさせられた。間違っていなくても油断すると厳しく指摘された。今日だけでは出来ていなかったから、次の日もやることになってちょっと落ち込んだ。

「ランス様のそばにおられるのでしょう?」

 そういわれるとやらないといけなくなる。隔離された時間が長くて、うまく対応できない瞬間があってつらい。


 覚悟を決めてみっちりと練習しているとスコル様が現れた。

「魔力を持ってきたぞ。その押し問答はどうしたのじゃ」

「王都やここでも来た例の貴族が性懲りもなく来たので、追い返せるように練習しているところです。ランス様がいない時を狙ってきたのか、それとも関係なくやって来たのかはわかりませんが、ランス様がいない時に私が対応出来なくてはいけませんから練習しているのです」

「そうか、それを消しておくか?」

「え?」

 スコル様がいった意味が理解できずに固まる。

「誘っているそれがいなくなれば解決することじゃろう?」

「しかし、この国の王子で勇者なのですよ。よいのですか?」

「いなくなれば、別の勇者が現れるだけじゃ」

「お、王子なのですが」

「人間の身分など我らに関係ない」

 さすが女神の代行様。国や貴族などは神様には関係ないのに、その通りなのです。

「そうなのかも知れませんが、王族で勇者が死んだとなりますと国の評判が悪くなってしまいます。そうなると出身の私とランス様のことをよく思わない方も多くなってしまいますので、出来れば勇者だけを取り上げられるとよいかと」

「職だけを取り上げるときは直接対峙せねばならぬ。やるなら消す方が手っ取り早い。しかし、ランスに悪評をつけられるのは好かぬ。放置しておくが手に負えぬと判断したなら、すぐにいうのじゃぞ」

「その時は報告いたします、スコル様」

 勇者で王族が消されたとなると、強力な呪いか神の怒りを買ったと考えられるはず。そうなるとこの国の評判は非常に悪いものになるでしょう。そうなると入国を拒否されることもあるかも知れない。出来れば穏便に諦めてもらえればいいのですが、あの勇者王子は諦めが悪いので困ったものですね。

 ランス様は相変わらず忙しそうにしているようで、騎士達の報告と一緒だった。

「そういえば、地元の友人が出来たようで食べ物や店などを教えてもらっておったぞ。向こうの食べ物はこっちと違っておるので、土産に買って帰るつもりでおるから楽しみにしておれ」

「友人?だ、男性の方ですか?」

「おなごじゃった。従者は男じゃぞ。心配することはない、婚約者に似合うものって何だろうかと相談しておったぐらいじゃ。そういう仲になることはない」

「ですが、ランス様は魅力的な方ですし」

「ランスは目移りなどしておらん。自分のため、そしてシャローザのためといって頑張っておったぞ。ランスが自らあちらの国に行くことはないはずじゃったからな。祝福前までは動かないはずだった。そこはわきまえておくがいい」

 ハッとして、そこに行くようにすすめて決めさせたのは私だった。そこで友達が出来たからといって、とめられるはずもない。やっぱり一緒に行けるように考えておけばよかった。

 それを聞いてからは、日々悶々としながらすごしていく。久しぶりの手紙が来て、友人が出来たことと、たまに街に繰り出すこと。おっさんの剣を見ていることなどが書かれていた。おっさんって、スコル様がおっしゃっていた従者のことかしら?店を回って、お土産を考えているから帰ったら、感想を聞かせて欲しいと締めくくられていた。

 お土産は嬉しいのだけど、友達が男の子だったらいいのにと思っている。手紙には友達の性別は触れられていない。ただの友達の性別は気にしないのかな。動物も分け隔てなく接しているように見えるから、待って、人間より動物の方が、馬しか見たことがないけど優しい気がする。髪むしゃむしゃされているのを見たことがあるけど、気にせずにあとでよだれを落としていたわ。それに怒ることなく穏やかに話していた。動物には優しいのかも。私にも怒ったことはないのよね。

 そんなことを考えながらハンナの声で、練習を再開する。

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読んでくれてありがとうございます。

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