side シャローザ ランスが出発したあと2

「本日もごゆっくりされてください」

 何もしないでいい日だと告げられた。したいこともなければ、何をどうすればいいのかわからない。ランス様だったら狩りに行くか、薬草を採集しに山に行くのに、私には特に用事がない。散歩しようかと思ったけど、昨日もしたから今日は何をしよう。

 何かしようと考えるけど、ここでやることといえば、勉強に家事の練習。将来のために今学べることをしておこうということ。家を出るのなら、結婚したあとは誰かにしてもらうとか、誰かに教えてもらうことがなくなる。なくなるのはいいすぎだけど、少なくなるだろうってハンナが。降嫁するということは、今のようにご飯も用意されない。自分で全部しなくてはならない。

 ランス様はここにいたいのかな?何ていっていたかな?慣れてくれればいいけど、ダメだったら別のところに移り住むって。すぐってわけじゃないけど、結婚したらいつでもいいって。そういわれた気がする。王都に住むのっていいのかな?辺境伯領主街でもだいたいの物は揃うけど、たくさんお店があって、ギルドの本部があって便利だと思うの。ランス様は田舎で暮らすほうがいいのかな?

 あれ?そういえば、祝福後にファーレ王国に行くって。住むならどこかな?

「ハンナ、ファーレ王国のことについて、何か知っている?」

「そうですね、こんなこともあろうかと取り寄せておきました。ランス様がファーレ王国に行くことをおっしゃっておりましたので」

 ファーレ王国の旅と表紙に書かれた本が、目の前に置かれる。観光案内目的の本。そんなに厚い本ではないから、それなりのことを知るには十分みたいなことを聞いたことがある。

 表紙をめくると生産者のための国であることがかかれている。総本部が多くあって、ここで手に入らない物はダンジョン産の物だと解説している。珍しい物から奇妙な物まで。生産国ならではの品数の多さ。食料もそれなりに生産しているので、それなりに美味しいものが食べられる。食べ物というよりは加工した物ってことなのかな。

 ファーレ王国にいるのなら便利に生活は出来そう。生産のところってうるさいから夜ちゃんと寝られるのかな?ランス様がうまくやってくれるよね。ランス様なら大丈夫かな。本を読みながら想像を膨らませていく。



「元気になられたようでよかったです。それでは本日から授業を再開いたします」

 先生とハンナが並んでそう告げられる。

「ランス様のためにも頑張らないと」

「その意気です、シャローザ様」

 いつも通りの、ランス様はいないけど、日常に戻っていく。知っていることを増やすことで、知らないことを減らしていく。ランス様に近づくために。


 授業が終わって一息ついている。勉強は大変、難しいから疲れてしまう。ランス様はどうやって難しいことをすらすらとやってのけたのでしょうか。

「シャローザ様、ランス様の最新情報が入りました。向こうに着いたそうです。やはり天馬を駆ると飛竜にも負けないとは本当のことでした。あとは細工ギルドとの和解が成立したそうです。これで滞っていた細工ギルドの取り引きが順調に進むので、辺境伯様の悩みもひとつ消えたことでしょう。お嬢様がランス様を説得されたおかげです」

「説得するのなら私も一緒に行けばよかった。一緒に行くことを条件にすれば、お父様も早急に手を打ってくれたのかも知れなかったのに。今からでは許可をしてくれるようにもしてくれない」

「祝福前の子どもを外国に行かせるなど、国内への移動ですらあまりよい目で見られませんので。ランス様の元で住めるだけ譲歩されていると思います。辺境伯様もさすがに海外までの許可を求めるわけにはいかなかったのでしょう」

「そうですけど、ランス様のそばを」

 離れたくない。その気持ちだけは本物で、誰にも譲れない思いなの。一緒にいられるだけで、気持ちが満たされて安心する。そばにいないときは、どこにいるんだろうって、そばにいて欲しい。どこにも行って欲しくない。

 ダメダメ、ランス様のことを引き留めては嫌われてしまう。嫌われたくないから、せめてどこに行くのかをいってもらうことで我慢する。黙って行かれたら、本当に本当に。

「お暑いことはいいのですが、あちら方の進展はございましたか?ランス様が追い返して静観をしているようですが、水面下でどんなことが起こっているのかわかりません」

「今のところはお父様が、各ギルドの承認を取り付けていただかなければ国益を非常に損なうことになりかねないと危惧されて、認められないと手紙にはあったけど。冒険者ギルドはどちらの味方もせず、ただし国家に危機が訪れようともギルドとして関知はしないと明言されたそうです。ランス様がこの国を滅ぼそうと冒険者ギルドは関知せず、犯罪者としても取り扱わないと。そして、各国の判断により国家要請に基づいて各国ギルドの判断とするようです。無責任というか、味方ということでもないのでしょう」

「他のギルドはどうなのでしょうか?」

「薬師と商業ギルドは降嫁の許可を下ろし、婚約の確認もすませて裏切ることは信用問題であると取り合っていない。ギルド員が如何な理由で不条理を突きつけるのか明示していただきたいと。それに辺境伯家には婚約の決まっていないお姉様がいらっしゃるのに、そちらを優先しない理由も理解しがたい。今さら変えるならそれ相応の納得する理由を説明してもらわないと困ると。勇者だから許せという理由で各ギルドの認証をとろうとしているようで、冒険者ギルドは通じても他のギルドでは通じない」

「それにしても冒険者ギルドはランス様が国家を滅ぼしても関知しない条件を入れるのですね。冒険者ギルドとして勇者が好き勝手にするのはその国のせいとして、関わらないようにしていますか。さすがは自由のギルドです。それに比べてさすがの商業ギルドと薬師ギルドです。薬師ギルドが怒れば回復薬なしで教会の思うがまま。商業ギルドも味方につくとは、それほどの価値をすでにランス様は認められているということですね。お嬢様はお目が高い」

 そういうことではないと否定しておく。価値とかそういうことではなく、助けていただいた今の状態に感謝してもしきれない。誰も出来ないことをしてもらえるのは、気まぐれだとしてもランス様が助けてもいいと思っていただいたということ。この恩に報いたい、この感謝、一生をかけて返していけるのならそれほど幸せなことはない。出会わなければ、朽ち果てるまであそこにいることだったでしょう。裏切るなどあり得ない。

「お父様はワイバーン討伐の力が自分に向くのを恐れているようで、ファイアドラゴンとの戦いも耳に届いているから、ランス様の力が降りかかったときに万が一の勝ち目もないと知っている。だから、いくら勇者王子の願い事とはいえ、返事が出来ないみたい」

「確かにワイバーン討伐時の討伐隊の様子は、おかしかったです。王家の動きはわからないですけど、この動きの鈍い様子では内部からの反対を受けているのかもしれないですか。元々わがままな王子として有名でしたし。よけいに増長をしているのかも知れません。国軍でも対応出来ないと軍部からの反対をされているのでしょう。マクガヴァン指南役様や騎士軍、魔法師軍も反対するでしょう。全員を納得させる理由を説明できなければ、国が滅んでもおかしくありません。勇者王子がそれを理解しているとは思いませんが、周りが止めてくれるでしょう」

「そうよね。このようなことを認められるはずなんてない」

 ランス様と私の仲を裂こうなんて、絶対に許されない。それに勇者王子にも婚約者がいたはず。そちらを断って私にするのは、どう見ても気が狂ったとしか思えない。他の貴族を敵に回して生きていけると思っている?

 ランス様と離れることは、元に戻ることになる。何があっても離れたくない。もしも、ランス様から引き離されて痛みに耐えるとき、耐えられなくて心が折れてしまう。許して欲しい。それだけは。

 考えただけでもゾッとしてしまう。お願いだから諦めてほしい。

「ただ、勇者王子への王の対応が甘すぎるとの評判も耳にします。ギルドを敵に回してまでは行動に移らないと思っていますが」

「ランス様がギルドに所属して、活躍してくださったおかけで、守っていただいています。ありがとうございます。なるべく早く帰ってきて」

「お嬢様、行ったばかりでしょう。交代の兵が薬師ギルドで状況を確認してくれていますのでそれを待ちましょう」

 祈ることしか出来ない。楽観は絶対に出来ない。だけど、静観するしかないのに、ランス様がいないことがとても心細い。早く帰って来て欲しい。

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読んでくれてありがとうございます。

☆や♡を恵んでください。お願います。

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