side シャローザ ランスの出発したあと1

 ランス様が出発されて数日。寂しくはあるけど、領民のためにお願いしたのだから我慢しないと。安全は派遣された騎士団が守っていてくれる。勉学を一緒にしてくれていたランス様がいなくて、やる気がとても下がってしまった。先生やハンナにも小言をもらうけど、全然耳に入らないし心にも響かない。そばにいてくれる人がいるだけで、こんなにも変わってしまうのかしら。

 食事も少し残すようになり、あんまり味がしない。いつもと変わらないはずなのに、私は変わってしまっている。何を考えていても思っていても、ため息が出てしまう。この気持ちが好きな気持ちなら受け入れるしかない。ランス様のことは本当に好きで、そばにいたいのだから。


「シャローザ様、ランス様の情報が入りましたが聞かれますか?」

「き、聞かせて」

「淑女たる者、落ち着きと慎みを持っていただきませんと嫌われますよ。急に立ち上がって、大きな声を出すなどはしたないです」

「う、うん」

 思わず体が反応してしまって、立ち上がってしまった。普段は出さない大きな声を上げていた。ランス様に見られたら嫌われてしまうのかな?帰ってくるまでに治しておかないと。

「王都に到着されてから、魔馬を購入されて出国されたとのことです。魔馬は勇者王子が乗り切れずに引き払った天馬だそうです。飛竜の予約が少しだけかかるようでしたので、よい魔馬がいるということで、見に行ったところ乗せてもらい購入されたとのことです。無事にラント国を出国され3国隣で宿をとったと薬師ギルドに報告がありました」

 もうこの国にはいないのですね。とても寂しいです。

「そういえば、この国の第3王女様とシャローザ様は同じ年でしたよね?」

「そうだった?外に出られないから忘れていたわ」

「それとファーレ王国の第4王女様も同じ年の生まれです。懇意になられなければよろしいのですが」

「ど、どうして懇意になるのよ。王女とランス様だと無理がありすぎない?身分は平民。普通の貴族ならまだ理解出来るけど、王族は無理がありすぎでしょう」

 王族って王宮から出られないと思う。同じ年なら学園には通ってないはずよ。

「第4王女様は庶子として生まれ、自由にさせてもらっているそうですよ。特に生産に興味があるそうで、いろいろなギルドに顔を出して見学をしています。そうなりますと、ランス様に興味を持たれるのも必然になってくるかと思います」

「そんなことはないはずよ。生産といっても一流の生産者を見て回っているのなら、F級薬師のランス様に興味を持たれるのは、せめて祝福をもらってからになるはず」

「シャローザ様、ランス様は薬師ギルド内で唯一のF級薬師です。それに商業ギルドで商品開発、この商品は各国への展開が決まっています。今回の研修中に細工ギルドとの和解が成立すれば、速やかにランス様の名前は広まるでしょう。冒険者ギルドでもS級の実力を持ったF級として、各国へ広まっているそうですよ。隣の国の冒険者から騎士が聞れたそうです。これほどの将来有望な人間と懇意にならない理由がないです。生産者としても、薬師ギルドでは上位の薬師になられることでしょう」

「それでもランス様がそういう人と仲良くなるとは思えません」

 ハンナが悪い笑みを浮かべている。

「どうも第4王女は政治とは切り離されていて、一応の継承権は与えられていますが、王族の中では孤立しているので見学なども許してもらっています。いつ死んでもいいぐらいに思われているのでしょう。もしかしたら城下を自由にさせてもらっているのかも知れません。その王女ならランス様と懇意になると思いませんか?」

「べ、別に、仲良くなったぐらいで何よ。私は婚約者なの。特別なのは私なの。ランス様が裏切るなんて考えられないわ」

「祝福後はファーレ王国に行くつもりのランス様のことですから、伴侶としてお嬢様のように降嫁してくるかも知れませんよ?何せ、S級冒険者になったあとですから、各国が囲い込みのために大胆なことをしてくる可能性は否定出来ません」

 血の気が引くのを感じた。手の先が冷たくなって、変な汗が出てくる。

「脅しすぎました。頑張らないと他の方に目移りされても知りませんよといいたかっただけなのです。ランス様が裏切る方だとは微塵も思いませんが、高い能力とそれを発揮するための努力は惜しまない方ですから、シャローザお嬢様も努力を怠りませんように。サボっていたら一緒に連れて行ってくれないかも知れませんよ?」

 何も言えず、ゴクリと何かを飲み込むしかない。ランス様が連れて行ってくれないと。ああ、どうしよう。どうしよう。そんなのは絶対にイヤ。

「お嬢様、いいですか?授業をきちんと受けてください。変わらず努力をしていれば、ランス様が頑張っていることを褒めてくださるかも知れません。わかりましたね?お嬢様」

「う、ん、うん。私、捨てられないよね」

「ランス様はきちんとお嬢様のことを見てくださっています。大切にしようとしているのも伝わってきます。大丈夫でしょうが、ランス様に負けないぐらいの努力はしていかないといけませんね。ですので、授業はきちんと受けてください」

 不安がよぎる。気も漫ろに準備をしていると濡れた感覚がする。

「お嬢様!動かないでください。拭く物をお持ちします。お待ちください」

 下を見るとインクがドレスを汚していた。いつインクをこぼしたのかすらわからない。慌てたハンナがあれこれとしてくれているけど、別の世界のことのように感じる。

「いったん着替えましょう。授業はそのあとで」

 連れられてからなすがままに着替えをさせられる。辺境伯領には細工を生業にしている者も多い。物作りを多くしているから、さらに手を加えて価値を上げると聞いたことがある。なので、細工が出来ないとか、滞ることはよくない。産業自体に影響が出始めていた。

 本当はランス様に行って欲しくなかった。行って欲しくないけど、お父様やお兄様がどうしても行って欲しいと、嘆願の手紙を出されてしまっては私がランス様にお願いしないといけない。何度も手紙が来ていて、ギルドでも動いたのを止めることは出来なかった。最悪没落すると書かれては、いい思い出がないとはいえ、実家がなくなるのは避けたかった。

 一緒に行けないのも不満だった。今でも行けるように手紙を送っている。あとから追いかけるつもりで、お父様にはランス様がいかに貢献するか、それを支えるため、後学のためにファーレ王国に行きたい。ランス様と一緒にいないと呪いが発動してしまうことも理由として一緒に書いている。そうならないために考えてくれたけど、一緒にいたほうが安心出来る。

 その返事は手続きに時間がかかるから無理だって。

「シャローザ様、本日の授業は中止いたします」

「どうして?」

「少々脅しすぎたのかも知れませんが、心ここにあらず。何度も呼びかけていましたよ」

「そうだった?」

 ため息とともに中止は中止です、先生と共にそう宣言された。着替えもいつの間にか出来ていて、今日は本当に心ここにあらず。机に座り込んで、ランス様のことを考える。いつの日か、今日のように置いて行ってしまうのかもしれない。

 私はランス様のそばにいられるように、頑張らないといけない。出会うことすら奇跡の彼に捨てられたくない。


「お嬢様、お嬢様」

 肩を揺さぶられて、揺さぶった相手のハンナを見る。

「お食事です」

 机の上には用意された食事が置かれていて。

「全然気がつかなかった」

「お嬢様、落ち着くまでゆっくりされてください。こんなにも心乱されるとは思わず、本当にランス様のことがお好きなのですね。落ち着きますよう、ご自由にお過ごしください。授業もあせる必要はありません。間に合っておりますので、しばらく静養ください」

 食べるものは全然味がしなくて、あの時みたい。呪いに痛めつけられていたとき、生かされるためだけに食事をとっていた。味を感じるよりも痛みが勝る。

「ランス様はお元気にされていらっしゃいますか?」

 誰にいうわけでもないけど、口をついてしゃべっていた。今はどの辺りを進んでいるの?一緒に行きたかった。本当に。


 今日の授業は何と聞いてもハンナは首を振るだけだった。

「ゆっくりされてください」

 そういわれてもすることも出来ることもない。ランス様がいらっしゃったら、どこに行ったのか探したり、何をしているのか見ていたり。一緒に散策をしてもらったり、お昼寝するのに膝を貸してもらったり、ランス様のために料理を習ったり。

 生活の中心であるランス様がいなくなってしまっては、何をしていいのかわからない。ランス様と歩いた道をたどっていく。川を渡らないなら、1人で歩いても大丈夫なはずだと教えてもらった道。周りに何もいない。背の低い草が生えているだけで、歩いては立ち止まり川を眺める。

「ランス様」

 一緒に行ってもよかったけど、出国や入国で迷惑になるから行けなかった。許可をくれれば絶対についていったのに。帰ってくるまで長い。帰ってきたら、向こうで起きたことしたこと、たくさん聞いて、いっぱい話をしてもらう。そうしないと、第4王女に出会っているかもしれない。会うだけならいいけど、好意を持っていたら困る。

 ランス様の心に、私は残っていけるのかな?もしもランス様がいなくなったらどうしよう。きっと前みたいに、あそこに閉じ込められてしまう。もう出られないはずだったのに、ランス様は光の下へ連れ出してくれた。川に反射する光のようにキラキラと光を放ちながら。いつもはちょっと自由すぎるかなって思うこともあるけど、こうして欲しいっていうのを伝えると守ってくれる。眩しすぎるときもあって、目がくらみそう。

「はあ」

 今さらになって一緒に行けないことが、行って欲しいなんていうべきじゃなかったな。いてくれるときは満たされて、帰ってきてくれると嬉しくて。後悔をしても遅かった。もう、ランス様は行ってしまわれたのだから。

 川のせせらぎに耳を傾けて、大きく息を吐く。ランス様のことが頭の中で浮かんでは消え、また浮かぶ。


「シャローザ様、もう帰られませんか?日も傾いてきております」

「ええ」

 迎えに来たハンナにうながされて、帰って行く。用意されていた夕食を食べて、いつものように眠りにつく。

 眠りにつこうとベットに横になるけど、目がさえている。ランス様と一緒に寝るために買ったベットに、1人でいつも寝ている。1人で寝るのならもっと小さいのでよかったのに。広すぎて寂しい。ランス様と小さいベットで一緒に寝るのが1番いい。ハンナはダメだというのだけど、婚約者として認められているランス様と一緒に寝て何が悪いの?一緒にいると安心して、起きることなく朝を迎える。あの方がいれば、きっと平民になったとしてもやっていける。あの方さえいれば。

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読んでくれてありがとうございます。

☆や♡を恵んでください。お願います。

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