シャローザの様子見2

「シャローザ様をお願いいたします。お茶とお菓子をご用意いたしましてから参ります」 頷くと階段の中心部分に踏み出して、ゆっくりと降りていく。らせん階段に定間隔で明かりがあるため降りている速度はわかりやすい。地面が近づいてくる。音もなく降り立つ。手を回したまま震えている。

「着いたよ、ほら、練習するよ」

「そういって、怖がらせておもしろがるのでしょう」

 そういうつもりはないんだけど、抱えていて手が塞がっている。頑張って扉を開けて外に出る。風が気持ちいい。

「降ろすから離して」

「でもでも」

「外に出てるから、目を開けて」

 足を地面につける。シャローザは抱きしめて離さない。

「もう立っているよ。いい加減に手を繋ごう」

「うぅ」

 自然と手が離れてすぐに手を握ってくる。顔が赤いけど大丈夫?さっきまで青白かったぐらいなのに。

「急に連れ出したから驚いたのかな?」

 おでこに手を当てて熱がないか調べてみる。平熱だね。

「あの、少し驚いただけで大丈夫です。心配していただくことではありません」

「そっか、なら練習を始めようか」

 手を繋いで普通に歩いて行く。

「はあ、はあ、ランス様。もう少し、ゆっくり、お願いします」

 普通に歩いていただけで、息が上がっている。歩き慣れていないんだね。シャローザを見ながら歩みに合わせて、塔のほうから邸宅の庭に向かっている。

「止まろう。息が整えないと。汗も出てる。ゆっくりね」

「は、い」

 息も切れ切れに頑張って答えている。外は風が吹いているから暑くないと思う。シャローザは汗を拭いて、それから息が落ち着いてくる。今日は動きやすそうな飾り気のない服だ。運動用かな?いつもは貴族らしくドレスを着ている。

「外を歩くのは久しぶりで嬉しいです。呪いのもやも出ていないので、誰にとがめられることもなくて、ランス様には感謝してもしきれません。次の休みもお願い出来ますか?」

「次の休み?予定が決まってないんだ。もうすぐ研修が終わるんじゃないかな?大まかなことは教えてもらったから、あとは1番難しいっていう魔力カギの解錠を教えてもらったら終わりって聞いてる。だから次はないと思うよ」

「この時間はもうないのですか?」

「そうだね、辺境伯領に用事がないし、用事があるとしたら王都の本部ギルドに呼び出されることだから逆の方向だよね。村には帰るだろうけど、こっちまで来ることはないかな」

 一瞬、シャローザに流し込んでいる魔力は変わっていないのに、黒いもやが出てきて慌てて魔力量を調整した。もやは消えた。

 よどんだ表情に涙が流れ伝っていく。

「もう、会うことはないのですか?」

「王都で会ったよね?いるときはギルドに連絡してくれれば、会いに行けるよ。貴族街にも入れるし」

「ここにお住みください。お父様は説得いたします。お願いします、おそばに、近くにいてください」

 必死に頼み込む姿に思うところはあるけど。自分の住んでいる村、家族のいた家に戻らないと。僕の居場所はあそこだから、ここにはない。

「無理だよ。僕は君の兄弟姉妹に死んでもおかしいことをされているんだよ?そんな一族が治める領地に住みたいなんて、盗賊に裸で奴隷にしてくださいって飛び込むようなものだよ。それは出来ない」

「死んでもおかしくないこと?というのは?」

「知らない?知らないか。えっと、シルヴリンはソードスラッシュを何度も打たれたし、今の状態でね。何も持たず、魔法はなしってことで。あとはサンデイヴに不意打ちでシールドアタックをされたよ。殺す気しかないような人達と一緒に住みたいと思う?それに本当ならここには来ないつもりだった。シルヴリンが不敬罪とか言い出して、それにウィットが、フェンリルの白いのね。僕の命が危ないなら神罰を下すって、それは辺境伯領が消えちゃうから、僕が戦ってこの街ぐらいですめばいいかなって。シルヴリンのせいで、関係ない領民が消し飛ぶのは僕も望まないからね」

「・・・・・・申し訳ありません。あの、事実とは思いますが、話についていけません」

「あそこの東屋は人が来ないなら詳しく説明出来るかも」

 血の気の引いたようで、手先が冷たくなっている。なんとか歩いているので練習にはなっているか。ゆっくり歩いて前に来た、庭の見える東屋に着いて座る。

「先ほどの話なのですが、神罰というのは何でしょうか?」

「教会で聞かないかな?」

「昔、聞いたことがあるかも知れません。忘れてしまいました」

 忘れたならしかたないよね。ここに来る経緯についてちゃんと説明をしていく。

「もう会えなくなるのですか?」

「帰るからね」

「そうですか。外に出られるのは気分転換ぐらいで、調子がよい日でないといけません。調子の悪い日は、外に出ることを禁じられております。外を自由に歩けるのは嬉しいかったです。それに誰も。話もしてくれません。私に近づきたくないのです。ランス様がこうなってから唯一、近づいてくれた方なのです。何年ぶりでしょうか、こうやって長い時間ハンナ以外と話すのは。今日が最後なら、このときを精一杯楽しんで、感じておきます。もう二度と来ない、この日を思い出として心に刻んで」

「大げさだな。王都で会うかも知れないし、村に来れば会うこともあるだろ?薬を取りに来る名目で来るなら、辺境伯も文句ないと思うけど。僕が来ないだけでシャローザが来るのはいいんだよ。予定の調整をすれば確実に会えるんだから、交渉してみたら?それに同じ配合でも作れるのは僕だけだと思う。薬師ギルドに聞かれたら、製作方法は公開するけど出来るかな」

「そうですね、調子を見てもらって薬の調合をしていただくのなら、お会いしても不自然ではありません」

 自然に笑顔になっている彼女を初めて見た。笑えるんだ。いつもどこか悲しげだったから。

「一生会えないのかと、そういう方法もあるのですね」

「薬だけ送って終わりでもいいけど、経過を見ておきたいっていうのは本音だよ。魔草は気をつけておくのがいいからね。連絡は薬師ギルドを通して。そっちの方が領主街に支部があるから連絡がつきやすい。領主街には定期的によるよ。村にいる時間は少ないんだ。狩りや薬草採集で出るときもあるし、ギルドに呼び出されているときもあるからね」

「お忙しいのですね。もうご自分の生活はご自分のお金でされているのですか?」

「そうだよ。そのためにいろいろ教えてもらったんだから。生きるために覚えたんだから、使わないと。それにそのおかげで呪いの相殺も出来るんだしね」

 スッと出されたお茶とクッキーに驚いて、ハンナさんの顔を見て安心した。

「お話が盛り上がっておりましたが、何かよいことでもありましたか?」

「薬をもらうため、ランス様のところに行かないといけません。薬師ギルドを通じて調整をしないといけないという話をしていたの。様子を見てもらわないといけませんから、行かないといけないのです。お父様は許してくださるかしら?」

「それでしたら、辺境伯様が反対する理由がありません。効く薬を求めていたのに一向に見つからないままで、心配されておりました。よい薬師が見つかって、薬をもらいへ行くことにご用意をされど、行くなとは言えませんよ」

「そうでしたらいいのです。お父様も会いに来てくれない。もう、私はこの家にとって邪魔者ですから。多少よくなったところで、ここの生活は変わらないのは、わかっていることですけど」

 繋いだ手に力がこもる。言葉を吐き出すたびにうつむいていく。

「少しはよくなっているんだから、全部を悪くするのはよくない。ちゃんと話す時間も取るし、来る日はなるべく空けるようにしておくよ。悪いことばかり考えていると、目の前の道が見えなくなっちゃう。負は悪い道を選びやすくなるから、きちんと正しい道を選べるように光を見つけられるように前を向かないとね」

「ランス様もそうしたのですか?」

「今はそうだね。グリじいと出会う前は終わることを望んだけど、許されなかったんだ。本当に僕は欲しいものが手に入らないよ」

「あのようなご加護があるのにですか?」

「その時望んだのは死んだ母さんか、そのまま死ぬことだったんだけどね」

 遠い風景を眺めて、お茶に口をつける。何も味がしない。

「死を?母様のことはわからなくないのですが、そのまま、どういう?」

 机の上に小型のズワルトが現れる。茶碗ぐらいの大きさだ。

「ランス、口が滑りすぎだ。小娘、このことは誓約をしていたとしても他の者にしゃべることは許さぬ。誓約を課す。ランス、教えて良いことと悪いこと思い出せ」

 本気で怒っていたので反省。巻き込んでしまって悪かったかな。

「言っちゃいけなかったんだ。忘れて」

 お茶を口に運ぶと香りが広がって、味が戻ってきた。クッキーを口に運ぶと甘さが口に広がる。心地のいい風が吹き抜ける。

「他のものには一切漏らしませんから、教えていただくことは出来るのでしょうか?」

「ダメなんだ。神の領域の話だから地上の者にしてはいけないんだってさ。曖昧な場所では許されてるかな。いける人が少ないけどね」

「曖昧な場所?」

「妖精達の住まう場所、天界に最も近い地上と呼ばれる聖なる森だよ。クーシーもそこで番人をしてるしね」

 ため息が漏れ聞こえてくる。普通の人には到達することすら無理な場所らしい。王の騎士団をどうこうって聞いた気がする。

「聖なる森ですか。手が届かない場所です。どんなに望んでも無理です」

「悪意ある者を寄せないようにしてあるから、誰も近づけず入れない。それでいいんだよ。簡単に入れたら荒らされてしまう」

 簡単に壊れる場所だから人を遠ざけるようにしている。

「凄い場所にいたんですね」

「凄かったよ。いろいろと出来たしね。休憩もしたし、歩く練習をしようか」

「は、はい」

 立ち上がって手を引いて庭のほうへ。整然と植えられている庭木の間を歩いて行く。歩調は合わせてあるけど、休んだから歩けていると思う。ふらついたシャローザを支える。

「疲れた?」

「はい」

 ついてきていたけど、きつかったのか。浮かせてから、さっきの東屋に戻す。体力は落ちているか。部屋の中にずっと閉じ込められていたらしかたないのかも。あんな黒いもやは見慣れた僕も警戒する。無害とわかったら怖くはなくなるんだけど、触れるまではわからない。他の人が警戒以上のことをするのはよくわからないけど。

「すいません」

「ん?」

「わざわざ運んでいただいて」

「練習するって言っていたんだから、座り込んだり休んだりはあるでしょ。謝る必要なんてないよ。それ込みで付き合っているんだから」

 そういってからわかりましたと机によりかかって休んでいる。この呪いがなかったら自由に歩けたり、こんな風に練習をする必要はなかったのにね。

 なってしまったことに、今さら言ってもしかたないか。それよりはこれからのことを考えたほうが、気持ちが前に向いていいかな。負の感情に反応して、呪いも反応しているようだから、悪いことばかり考えないようにしないとね。

 しばらく休んでいるとむにゃと声がした。風景から隣のシャローザを見ると目を閉じて静かに息をしていた。

「寝ているのかな?」

「お疲れになったのでしょう。自分の足で歩き回れるのも久々ですので、どうしても疲れがたまってしまうので、少し休ませていただいてもよろしいでしょうか?」

「薄着だけど大丈夫?」

 失礼しますと言って羽織るものを上からかけていた。寝顔から目をそらして、庭の造りをみている。通路の両側を刈り込まれた低い木で作っている。花などは開いている場所に配置されていて、見通しのいい庭になっていた。広いのは広いけどね。変な像とかなくて、僕はいいと思うな。


「あれ、寝ておりました」

 寝ぼけた声でそういうと体を起こす。

「疲れただろう?戻るか」

「いえ、もう少しだけ。お願いします」

 まだ、舌足らずというか起ききってない感じがするけど、やる気があるのなら止めないほうがいいか。

「じゃあ、立とうか」

 立ち上がるけど、ふらついている。寝起きのせいか、疲れなのか判断がしづらい。イスから出て歩き始めると、つまずいて前のめりになるのを反射的に手を引いて抱き寄せて受け止める。

「シャローザ、今日はやめるよ。いいね?」

「うう、イヤです。休めばなんとかなります。少し時間をください」

「立っているのもやっとだよ。足が震えているのは自分でわかってる?」

「わかっています。わかっています。わかっているのですけど、今日しか自由に歩けないのに、もっと、もう少し、うう」

 抱きしめるシャローザは何かを吹き出させるように泣いた。声を抑えて静かに泣き声を出していた。落ち着くまで背中をトントンして待つ。

「失礼しました。感情的になってました。部屋に戻りましょう。これ以上ご迷惑になりますので」

「どこか行きたい場所でもあるの?」

「そういうことでもないのです。ランス様と庭を歩き回りたいなと思っていました。今日が最初で最後ですので、なるべくたくさん見て回りたかったのです」

「じゃあ、案内してくれる?このまま連れていくから」

 塔から降りた要領と同じでシャローザを浮かせたまま手を引く。

「行き先を教えて。そっちに行くから」

「近づいてもいいでしょうか?感覚になれなくて」

 いいよというと腕を組んで、並んだようになる。ただ、シャローザは地面より浮いているので、動かなくても進んでいける。拳1つ分ぐらいしか浮いていないから、平気だとは思ったんだけど本人がそういうならそうなんだろう。

「それではお庭をご案内します。まずは展望のいいこの場所から」

 いつもの場所とは違う、辺境伯領が見える東屋から噴水のある整然とした庭。その奥には草花が楽しめるように植えられた場所があった。来たときにシャローザは、ここに来たかったと本音を漏らした。花が咲いていて、いろんな植物があることがわかる。薬草系はすぐに見分けがつくけど、普通の花はよくわからない。シャローザは声を弾ませて庭の説明をしてくれている。


 一通り説明し終わると疲れたのか満足したのか、手の力が緩む。目を閉じている。

「シャローザ?」

「あ、それは。なにゃむふぇお」

「寝ぼけてる。疲れたんだろうな。部屋に戻るよ」

「先に戻りご用意しておきます」

 寝ているのを起こさないように庭を横切り運んでいく。並んで歩いているようにしか見えないと思うけど。塔の中に入ってシャローザの部屋の中に。そのままベットの上に寝かせる。

「本日はありがとうございます。お嬢様の笑顔を見るのは久しぶりで、本当にランス様には感謝しております」

 深々と頭を下げるハンナさん。

「予定もなかったから付き合っただけ。何かするわけでも出来るわけでもないから。呪いを解いてあげるわけじゃないしね」

「それでも、この部屋から連れ出して庭を散策していただけたのです。いつもは禁止されておりましたので、大変喜んでおられました。薬をいただく際にも是非、お願いします」

「その時はね。なるべく空けるようにしておくね」

 部屋から出ると塔を抜けて庭へ出る。これ以上は今の僕には出来ないこと。してあげるのは、できないから。

 時間がたっていて、空が少しだけ暗い。結構長い時間一緒にいたんだな。

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読んでくれてありがとうございます。

☆や♡を恵んでください。お願います。

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