シャローザの様子見1
順調に訓練も進んでいき、休養日になった。研修もそろそろ終わりになるので最後の休みらしい。約束なのでシャローザのところに行くのだが、その前に薬を作らないといけないので薬師ギルドに向かう。街に出て早めに開いているお店で何かいい物がないか探す。食べ物の店が早く開いているかな。パン屋とか、果物や野菜の店を見て回り、買うわけじゃないからゆっくり通り過ぎ商品を見ている。早すぎると薬師ギルドが開いていない。時間調整をしながら薬師ギルドへ。
「開いてる?」
「開いているよ」
「前と同じカモミールジャーマンとパッションフラワー、マジョラムを」
「小袋でいいかい?」
頷いてカードを出すとすぐに薬草を用意してくれた。調合室を借りて混ぜ合わせる。属性の魔力の付与もして完成。寄り道せずに城に戻っていく。城の庭まで来て、シャローザはどうすれば会えるのだろうかと立ち止まった。待っていてもしかたないので、入り口まで行って開けて中の様子を窺う。通り過ぎようとするメイドさんと目が合った。
「シャローザと会う約束をしているんだけど、どうすれば会えるかな?」
「シャローザ様ですか?シルヴリン様ではないのでしょうか?」
「シルヴリンじゃない。シャローザに会いに来た。薬を作って渡しているから、その様子を見るためだよ」
「そうでございましたか。取り次いで参りますのでお待ちください」
そっと扉を閉めると外の庭を眺めながら壁によりかかる。よく手入れの行き届いた庭は貴族の庭って感じがする。うちの領主の庭よりも広くてキレイに整備されていた。噴水とかほったらかしで汚かったしね。キレイにしていないから寂れて見えた。
シャローザは約束は守っているから、こちらも守らないとね。薬の様子を見る目的もあるし、どちらにしろ会わないと。しばらく待って、玄関が開いてハンナさんが現れる。
「お待たせいたしました。中へどうぞ。調子が優れませんので、お部屋のほうへお願いいたします」
後ろについて行く。階段を上り廊下を歩いて、絨毯が切れ、道を逸れる。邸宅にしている城から、別の建物のように広くない廊下を通って塔に入っていく。隔離しているってことか。
魔石の光が上に続く道を照らしている。らせん状に続く階段。外よりも寒いぐらいの温度。
「こちらでございます。シャローザ様、お連れしました。本当に今日は調子が悪いので驚かないでください」
部屋と扉の隙間が出来ると黒い魔力が漏れ出て、本能的にゾワリとしたけど害がないのですぐにおさまる。部屋の中は黒く少し先が見えないぐらいになっている。
「見えないけど、大丈夫なの?」
「部屋の中は広くないのでわかります」
開けた扉から見える部屋の中は暗闇。余計に心が暗くなるような気がした。結界が作ってあるので、表に漏れる量は少なくされているようだ。続いて部屋の中に入ると光の魔力をばらまいて闇の魔力と相殺する。
「窓を開けて、見えない」
部屋の様子がハッキリしてくる。ベッドに唸りながら横たわるシャローザを見つけて、布団から出ている手を掴んで放出を相殺した。部屋の中は日の光が差し込み、普通の部屋に戻る。貴族にしてはあまり物を置いていない気がする。そのままベットに座り涙跡のついた顔を眺める。
「顔を拭く布はある?」
素早く用意された柔らかな布に、少し暖めのお湯を出して濡らし顔を拭いておく。唸るのをやめたのと気持ちよさそうに見えるので、今のところ落ち着いたのかな。盛大にお腹の鳴る音が響く。その音で目が開いて、シャローザと目が合った。耳と顔に赤みがさした。
「ら、ランス様。なんで、お腹の音、え、ええ。うぅ」
枕に顔を埋めてしまった。髪の間から見える耳は真っ赤になっている。
「準備は出来ております。お嬢様、こちらで召しあがってはいかがでしょうか?」
窓際に机と食事が用意されていた。
「お腹が空く元気があるんだから起きて食べよう。お腹がいっぱいになれば元気になるよ」
手を引いて寝間着のシャローザをイスに座らせた。
「どうやって食べましょうか?」
「食べさせてもらえばいいのですよ、お嬢様」
「えっと、ハンナ?」
「手が塞がっているのです、仕方ありません。離すと痛みが出るのです。なら、一瞬たりとも離さないようにしませんと」
食事の準備は完璧にされている。考えるように間があいて言葉が出てくる。
「痛いのはイヤなので、ランス様お願いしてもいいでしょうか」
「自分で食べなよ。どこかに触れていればいいんだから」
「では食べやすいようにしていただいてもよろしいですか?」
左に座るシャローザへ向いて、どこか露出しているところは。手か顔、首ぐらいしか出ていない。食べやすいように?どこがあるのか。
「どこにふれていればいいのか、首とか?」
「首ですか?お好きなようにどうぞ」
左手で髪を持つと首の根元を見せる。触れてはいけない気がするので、しかたないとあきらめる。
「わかった、どれから食べたいんだ?」
「はい、えっと、えっと、スープから」
ぎこちなく匙に掬って口に運ぶ。なんとも言えない、ため息が出てきそうになって我慢した。無心になればなんてことない。作業をこなせばいいだけ。食べさせているシャローザは、頬を赤くしたまま嬉しそうに食べている。何がそんなに嬉しいんだろう?食べさせてもらうのが嬉しいのかな?口を開けて食べ物を求める。
なんとか食べ終わる。口を拭いて満足げに外を見て、うつらうつらと頭を揺らして肩にコトンと乗ってくる。どうしたらいいかな?寝たのか?
「薬の効き目なんかを聞きに来ただけなんだ。効き目があったらよし。ないなら考えを変えて、別の薬を調合してみるつもりだったんだけど。どうなのかな?」
横を向くとシャローザと目が合う。
「よく効いています。でも、ランス様がそばにおいでくださることが、1番の薬になっております。こんなに長い時間、人と一緒に過ごすのは久しぶりで嬉しいです。あの、出来れば、所用がなければでいいのですが、邪魔とか迷惑でなければ行動を共にしていただければと。調子がいいので歩く練習などもかねまして、お願い出来ませんでしょうか?」
「薬が効いているのなら、調合のやり直しもしなくて良くなった。歩く練習?1人でも出来ると思うけど?」
「痛みでまともに歩けなくなるので、車椅子で移動をするようにしております。部屋で練習もしていたのですが、暗くなって出来なくて足を痛めることもありましたので、ハンナにやめたほうがよいと強く止められました」
寂しそうな目で見られても、どこか行く予定もなかったからいいけど。最初の状態で歩く練習は出来ないよね。暗がりの中を歩くのは難しい。シャローザは握った手に力が入っている。
「歩けるの?短い距離ならだけど、練習ってことは大変だよ?腕だけで森の中を突破するよりは簡単かな」
「腕だけで?」
「修行の一環でね。足はクリスタルで固めて、ここから見える山の麓ぐらいまで進むだけだから、頑張れば誰でも出来るよ。魔物はクーシーが追い払って戦う必要がなかったから楽だった」
「クーシーは伝説の魔物なのではないのですか?出会ったら死んでしまうという」
本とかにはそう書かれていたね。聖なる森の番人だからしょうがないんだけどね。
「しょうがないよ。妖精王を持っているんだから妖精を守るクーシーが真っ先に守るのは当たり前のことだからね。だから修行にならなかった」
「妖精王?聞いたことがありません」
「過去にも与えられた人がいるらしいんだけど、王たる器がなければ消えるみたい。妖精に認められているってことは、聖なる森にいるってことだから、人の世界とは隔絶されているよ。人と関わることはごく希になるから、話すことも伝わることもないと思う。グリじいも僕に教えるためにしかたなく買い物に出かけるぐらいだったし、1人だったら出かける必要がないっていってたね。人といるのが無理になったら、僕もそこに行くつもり。グリじいはいなくなったあとだろうけど」
「妖精が住んでいるという森にいたことがあるのですか?」
「村に帰る前にいたよ。そこで修練していたんだ。生きるためにいろいろ教えてもらった」
ため息のような、わかったような声を出した。
「それより、気が変わらないうちに練習に出よう。したいことを思いついたらそっちに行くよ」
「き、着替えますので部屋の前でお待ちください」
手を外すと黒い魔力は出てくるが、部屋の中が見えなくなるほど酷くはなく、体の周りを漂う程度だった。慌てたように準備をしている音が外でも聞こえる。らせん階段の中心にある設備が気になっている。車椅子で上り下りするためのものかな?メイドさん1人で上り下りは無理だろう。痛くて背負えない、上り下りが出来たとしても大変だ。
「お待たせしました」
「早かったね、まずはここを降りればいいのかな?」
「階段は自信がないので、降りたところから練習でよいでしょうか?」
「それじゃ行こう」
手すりが開くようになっているので開けて、空中に1歩踏み出す。風で浮き上がっている状態だ。我ながらうまく出来ている。
「ふぇ?」
「どうしたの?ここから降りるんだよね?」
「そそ、そうですが、宙に浮いていませんか?」
「さあ行くよ。僕と手を繋いでいれば大丈夫」
後ろに下がっていく。空中に足を踏み出すのをためらって、ギリギリのところで止まってしまった。
「シャローザ、行くんじゃないの?」
「下が見えて、その」
手が震えて本気で怖がっているのが伝わってきたので、部屋の前の踊り場に戻る。設備の使い方はわからない。
「つかまって」
シャローザは抱きかかえられると僕の首に手を回して震えている。
「先に行くね」
「シャローザ様をお願いいたします。お茶とお菓子をご用意いたしましてから参ります」
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読んでくれてありがとうございます。
☆や♡を恵んでください。お願います。
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