辺境伯城にて3
朝食を食べてから訓練のようだ。昨日、紹介されたときにいなかった人もいる。
「本日より研修生のランス君よ。みんなよろしく」
「こんなガキみたいなのを入れて、どうするんですかい?見た目に油断させて暗殺をさせるとかに使うつもりで?それとも特殊な好みの方へ潜入ですかい?」
「普通に斥候の技術を学んでもらうつもり。ガキみたいじゃなくて、祝福前よ」
「子どものお守りもするようになったんですか。斥候も落ちたもんだ」
睨みつけられる視線に敵意を感じ取る。
「主様から仰せつかった任務だから受けることになった。イヤなら隊長、副隊長へ不満を言うことね」
「いやいや、祝福前とか不満以前に研修することすらありえない。遊びによこすとか意味がわからん」
「辺境伯軍で教えられるのは斥候の技術ぐらいらしい。武器は扱えるのよね?」
エレンさんがこちらを見下ろしてくる。
「普通の武器は一通りは扱えるよ」
「魔法は使えないわよね?」
「生活魔法なら使えるよ」
「ハンッ生活魔法?おままごとはおうちで帰ってやりな」
祝福前の子どもには辛辣になるのはよくある。突き刺さるような形にして、炎・氷・嵐・大地を目の前に並べる。
「どれがいい?おままごとなんだから、全部受けてもらうのがいいかな」
全員が席から立つと壁際に引いた。実力はすぐにわかるんだ。
「上級魔法じゃねえか。生活魔法なんてウソだろう」
「詠唱した?聞こえた?」
扉を急いで開ける音がした。
「何があった?ランス、その魔法を消して全員整列!エレナ、状況説明」
「はい、隊長」
列に並ばずにイスに座り直す。また話の通じない場所かな。いちいち説明するのも、わかってもらうのも面倒くさくなってきている。全部ぶっ飛ばしたら楽なのにな。
「ランス君の出来ることを聞いている最中にチャックが挑発じみたことを行っておりました。特に生活魔法を貶めるような発言に対して、先ほどの状況に陥りました」
「それでチャックは挑発に対して責任が持てるのだな?」
チャックと呼ばれた男はさっきまでの威勢がなくなって、オロオロとしている。
「あんな魔法は見たことがなかったもんで。難しいです」
「当然だ。ランスはワイバーン討伐をしたのだ。辺境伯軍が全滅するほどの威力を出せる魔法を無詠唱で行えるのだぞ。この小隊の任務を理解しているのか?武器の扱いも昨日、エイブラム副騎士団長と戦い勝っている。シルヴリンお嬢様のソードスラッシュを無手で躱して、ねじ伏せているんだ。実力は祝福前にして、国でも随一だ。辺境伯領にいる誰よりも強いと認識して任務に当たれ」
「いやいや、辺境伯軍は盛りすぎでしょう」
「チャック、体験して死ぬのと私の言葉を信じて生きるのとどちらがいい?すぐにでもこの建物ぐらい消し炭に変わるぞ。ミスリルを蒸発させたのだ。跡形もないかも知れないな」
こちらに視線が集まる。なんだろうか?
「ランス、人を殺すことに抵抗はあるか?」
「普通の人を殺すことはしないし、イヤだよ」
「そうか、普通と言ったがそれ以外の人が?」
「敵になった人と野盗とかかな?普通の人ではないよね」
「その野盗や敵にはどう考えているんだ?」
「必要があれば排除する」
普通の行動を当たり前に答える。
「人を殺したことはあるのか?」
「人を殺したことはないよ。殺す理由がわからない」
「野盗や敵は?」
「野盗は排除したことがあるよ。師匠からの課題で大変だったな」
人が多すぎて面倒だった。いろいろなところに隠れて死角から後ろからとか現れる。
「課題とは一体?」
「盗賊集団の討伐って言えばいいのかな?そういうの。人が多くて気が抜けなかった」
「人はどのくらいいたんだ?」
「捕まってた人は何人いたかな?4、5人ぐらいで所々にいたからどうだろう?もっと集まっているところもあって。数えるのは最初のほうでやめたけど。どのくらいかな?」
「そうじゃない。討伐した方だ」
人って言うから捕まっている人だと思ってしまった。
「盗賊はわんさかいたよ。どっから出てくるのかと思うぐらい出てきた。どのくらいいたのかわからないけど、最初にすぐ数えられなくなった。積み重なると数えにくくて、数のことは何も聞いてなくて全滅してこいだったから残さずに倒すことに集中してた」
「だいたいの数は教えてられていなかったのか?」
「だいたい?正確に何人いるかわからないけど、大きい町か小都市1つ分ぐらいとかよくわからないこと言ったよ。それってどのくらい?」
「数千から1万ぐらいか?王都が中都市ぐらいと言われている。ここがちょうど小都市と中都市の境目ぐらいだ。生活魔法でここまでとは」
「生活魔法じゃなかったけど、これ以上は誓約が必要な秘密だから言えない。聞き出そうと拷問にかけても口を割らないよ。拷問の前に捕まえることからだね」
ため息をついて首を横にふる。
「斥候の基本をたたき込んでやれ。暗器の使い方もな。教え込めば任務は終了だ。主様からの勅命である。心してかかれ」
勢いのいい返事で団長は帰っていった。残された小隊の人達と目が合う。
「冒険者のS級になるって本当か?」
「ここの冒険者ギルド長に教えてもらったから間違いない。F級って年齢だから変更できない代わりに、S級扱いっていうのになってる。あと貴族門を通れるよ」
「まじか?どこの門を通ったことがあるんだ?」
「王都で通った。サンデイヴにやられて急いで出るときに。扉からシールドアタックでやられたとき。ほんとうにここの家の人って卑怯というか悪質というか、自分でルール無視してくるとことか最悪なんだけど」
誰もしゃべらなくなる。
「斥候の訓練をしてもらうんだけど、寝てる部屋に殺意と悪意をもって入ると死ぬかも知れないから先に注意しとく。無意識に攻撃をするように訓練されてるから、部屋に入るときは注意してね。入り口から起こしてもらうのとかは大丈夫。盗みとかそういうのも悪意があるから反撃対象だから。暗殺される側の訓練はされているから、不意打ちだと手加減できない」
「反射的に魔法を行使するということ?」
「そう、無意識だから加減とか無理だよ」
エレンさんは走って部屋を出ていった。残りの人達はこちらを見るだけだったので、4属性を浮かべて暇を潰す。魔力を操れる量を込めていく。今はこのくらいかな?圧縮する魔力量はレベル4の普通の魔法ぐらいだと思う。それを小さくして制御するのが難しい。あまりやり過ぎても暴発したらこの辺が消し飛ぶので、安定して保てるようにする。いつまでたっても難しい。
「俺たちを殺す気か?」
「なんで?そんな面倒なことしたくない。そうだ、忘れて欲しくないのは形だけの和解に応じたということ。いつでも騎士団や魔法師団と戦ってもいいんだよ?辺境伯軍と戦うのに、住んでるだけの人達も巻き込んでしまうから、思い直して和解にしたんだ。和解に応じなければならなくなった事情が出来たからね。それでいいなら今からでもやる?ただし、巻き添えになる人達には申し訳ないけど、全力で行かせてもらうよ。ここに辺境伯領地であった跡が残るといいね?レベル8の魔法を受けてよ」
「待ってくれ、レベル8の魔法ってどんななんだよ」
「どんな?ここの人達の魔法の程度は知らないんだけど、教えられるなら城塞の中を全て水で満たすことぐらいは出来るだろうけど、どこまでかはやってみないとわからない。それに1回発動で魔力が切れるわけじゃない。魔法がどれほど打てるかは、試させてくれる?」
僕を見る目が恐れを含む。
「それでどうするつもりだ?脅してどうするつもりだ?」
「脅す?僕と戦うならそうなるよっていうのを教えていたつもりだけど。戦いたいなら戦うよ?せっかく辺境伯が頭を下げてなった和解なのに。戦うの?」
不意に扉が開いて中にエイブラムが入ってきた。騎士団って暇?
「どうした、取り込み中か?」
「取り込んでいるつもりはないけど」
「ではなぜ、刃を向けている?」
「魔法を浮かべて魔力を込めていたので、殺すつもりかと問うておりました」
日に焼けた顔に手を添えて考えるような仕草をしている。
「ランス君、見せてくれ」
言葉に反応して魔法の練習をする。安定出来るだけ。さっきと同じぐらいの魔力を込めて。
「それに反応してしまうか。しかたない。ランス君、斥候の研修中は他の練習はしないようにしてくれ。何をしても殺されるのかと勘違いをされてる。ランス君の基準では普通のことかも知れないが、うちの人間では強者に戦いを挑まれたかのように感じてしまう。ランスも最初から強かったわけじゃない。強い人間が手加減をしても強いだろう?無闇に人前で練習はしない方がいい。その練習すら普通の人間には、殺されるかも知れないと思わせるには十分すぎる」
「ウソだ。師匠達は全然気にしていなかったよ。強くなることはいいことだって、教えてもらった」
「師匠はそうだろう。師匠なら強くなることはよいというだろう。もしも、俺が訓練の時にスキルを連発していたら、ランスは死ぬかも知れないと思わないか?」
「常時発動は止められないから危ないとは思ったけど、技によるかな?避けづらい巻き込んでくる、龍仙激甚壊突波だと反射的に魔法で対抗するけど。あとは広範囲の技は避けるのは厳しいね」
斥候の人達がざわつく。気にしない。
「その、りゅう、なんとかって技が撃たれるような感じがするってことだ。ランス君がその技を練習している人のそばに近づこうと思うか?」
「近づいたら巻き込まれて大変だよ」
「そういう風に見えるんだ。技の性質とかは違うかも知れないが、強者がいきなり自分のために練習を始めたら、どうにも出来ない奴らは脅威と捉えてしまう。ランスが普通のことでも、我々には脅威に映ってしまうぞ。なるべく、せめて人のいない場所でやってもらいたい」
「そう、なんだ。普通じゃなかったのか。そっか。このくらいで何でなのかと思ったけど、僕って強くなってたんだ。まだまだ師匠には敵わないと思って、もっと修練して頑張ろう。まだ全然強くない」
「おいおい、まだ強くなるのかよ。そうじゃない、また暇があったら訓練場に来てくれと言いたかったんだ。シルヴリンお嬢様が助言を欲しがっていてな。スキルの調べ直しをしてもらって、力がなくて速度系のスキルがあることがわかったんだ。うちの騎士団は速度で剣を振るう人間がいないから、暇があったら頼む」
それだけ言うとエイブラムは去って行った。シルヴリンの剣を教えるの?スキルを持っているなら振ってたら上がるよ。そっちはほったらかしでいいや。
イスに座って大人しく待っていよう。何もせずにいるのがいいね。普通の人には脅威と捉えられるらしい。やけに警戒すると思ってはいたんだけど、普通の人とは一体どんなレベルなんだろうか?でも、目標はグリじいやティワズだからそこは譲れない。
「普通の人ってスキルレベルいくつなんだろう?」
「5だとかなり強いぞ」
「え?5?5?かなり強い?8だとどうなるの?」
「達人と呼ばれる人達がそうなるな。俺もお目にかかれるのは滅多にない」
ため息をつきながらエレンさんが戻ってきた。普通の基準がわからない。
「今、肉体耐性、精神耐性、生活魔法Lv.8なんだけど。普通よりちょっといいぐらいだと思ってたのに。違うの?」
「ぶっ!な、本当なのか?」
「スキル調べる水晶で調べたから間違いないと思うけど」
「こりゃあ、エレン小隊長。どうしますかい?」
今までのふざけた感じが男から消えた。
「生活魔法Lv.8が想像できないんだけど、どういうことが出来るのか教えてくれない?」
「魔法って詠唱に決められた威力や魔力量とか速度とか形とか、いろいろ決まった状態で発動するんだ。あとは属性もそれぞれの区分で分けられているから、1つ1つ上げないといけない。生活魔法は何もないの。決まったものが何もない。自分の感覚で全部、詠唱の代わりをするの。魔力量、威力、速度とかそういうのを詠唱の目印、道しるべみたいなのをなしでするってこと」
「そうなると、やろうと思えば全部の属性が使えて、使いやすいように魔法を発動出来るってこと?」
「そうだね。あと大事なのは、詠唱がいらなくなることと発動までを短縮も出来るってこと。難しいんだけどね」
発動まではゆっくりと練習すれば出来なくはない。
「具体的に何が出来るのか教えて」
「ワイバーン討伐とか?ミスリルを蒸発させたりとか?そういうこと?」
「は?ミスリルの蒸発?」
「サンデイヴの盾を蒸発させたって聞いたけど、その情報ならここの方が詳しいんじゃないの?そこから逃げてきたから直接見たわけじゃないけど」
目線を送ると1人出て行った。どうしたんだろうか?
「それだけの力があるなら普通に戦っても勝てる。斥候の技術を習得しなくても十分やっていけるでしょうに」
「宝箱とか罠の解除と見分け方、索敵の技術があればもっと楽しく冒険が出来ると思って」
「教えてもらってないの?」
「師匠はぶっこわして進めばいいっていう人だから。宝箱もとりあえず壊して、売れそうなものだけ持って帰るんだって。中のものが壊れてることはよくあるって聞いてるから、出来れば壊さないように出来ればいいかなと思って」
「仲間を集めようとは思わないの?」
仲間、実力が近いならいいじゃないんかとはいわれているけど、まだ出会ったことがない。
「仲間は実力が近い人なら」
「じゃあ無理ね」
即答されるとこれから先も会えない気になってくる。そんなに簡単に諦めないでよ。
「探索や隠密、罠の作成と解除、解錠と魔方陣の罠と解除ぐらいを教えればいいかしら?」
「それが無難でしょう」
「賛成」
「研修ならそんなものでしょう。職を与えられる前ですしね」
一瞬にして教育方針が決まって、モヤモヤしたような、そんな気分でいる。
「探索の基本から教えていくわ。まずは足跡を見つけて、どこへ行ったかを確認する。それから追い方を決める。絶対に気づかれない遠距離からと接近して見つからないように身を隠しながらの追跡。見失うかも知れないから、遠距離は難しい。まずは近距離からの追跡の方法から教えるから」
まずは座学が始まる。紙とかは使われない。グリじいはだいたい本を持ってきて授業が始まるけど、貴族じゃないと普通は紙なんて使わないって言ってた。
気配を感じたり、見つかりにくいように追跡したりと言ったことを教えてくれる。やり方を実践しながら教えてくれるのは楽しかった。
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読んでくれてありがとうございます。
☆や♡を恵んでください。お願います。
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