祝福前の不条理

「ランス君、ランス君」

 声に反応して起きる。寒い。

「これ食べて」

「ありがとうございます」

 麦スープに薬草を混ぜてある。見た感じ緑色の植物っぽいのが浮いている。食べ物をありがたくいただく。草臭い。

「薪ってないですか?寒くて。毛布もないし、服もこれしか持ってなくて、それって暖炉ですよね?」

 暖炉というか薬品を暖めるための炉だ。小さめに出来ている。部屋ではなくて薬品を暖めるためのものだけど、ないよりはましだ。

「外にあるけど、ちょっと待ってて」

 扉の外からよいしょと声がする。外を覗くと短い丸太を転がしていた。

「離れてください、切りますから」

 フッラさんが離れるのを確認すると丸太を8等分にした。風で浮かせて部屋の中に入れる。炉の中に木を3本入れて、火をつける。お礼を言ってから麦スープを飲み干してしまう。水洗いして入り口付近に置いておく。弓を持ってきてくれていたようで中に入れておいた。食べ物をもらえて、また眠たくなったのでゆっくりと目を閉じた。木の燃える音が心地よい。


 外は暗く、薪が消えかけていたので追加して火を大きくする。よく寝たので伸びをして体の調子を確かめる。だるいだけで寒さはなく、体調はいいようだ。入り口にパンが一つ置いてあったので、お腹の音に負けて食べた。自分で焼くのよりふわふわしていた。これはパンの種を使っているはず。街だからパン屋があるのかな?暗くなったら店って閉まるだろうから今は動かない方がいい。目を閉じて朝日が昇るのを待つ。


 外が薄明るくなったのを確認して、外に出てカギをかける。まだ静かではあるけど、人が動き出している音はする。表通りではすでに馬車が通っている。門は開いているようだ。外に出るために門に向かう。外に出ようとすると呼び止められた。

「坊主、ちょっと待て。どこに行くんだ?」

「採集と狩り。ご飯がないから」

「そうか、領主様がある子どもを気にされていてな、身分証はあるか?」

「うん」

 薬師ギルドの身分証を渡す。

「狩りに行くのに薬師ギルドの人間なのか?」

「うん、動物は出るでしょ?薬草は生えているし、動物もいれば狩るしね。効率がいいんだよ」

「ふーん。そうなのか。気をつけていきな」

 ギルドカードを返してもらったら、探索を使ってウサギがいたのでそちらに向かって道を外れて進んでいく。癒し草と魔草が生えていたので、採集しておく。遠目にウサギを捕らえる。ちょっと距離があるので、弓をいつでも打てるように近づいていく。他の動物はいないようなので、狙いをつける。正確に、殺気が出ないように、心を落ち着けて、すっと矢を離す。一撃で倒れた。近づいて息があったので止めを刺すと、生活魔法とナイフを駆使しつつ、解体を行っていく。毛皮は使えるのかわからないけど、いつもなるべくキレイに剥いで、一緒に持っていく。生肉と毛皮、癒し草と魔草を矢筒一杯にして門の入場列に並ぶ。なんか、チラチラと見られているけど、あげないよ。僕の朝ご飯なんだから。

 ギルドカードを見せて中に入る。表通りをまっすぐ歩いて、冒険者ギルドの前を通り過ぎ、薬師ギルドに着いて裏に回る。カギを開けてから荷物を降ろすと火をつけて、肉を焼いていく。いい感じで焼けてきた。自分の分を焼いて食べ終わったので、余った肉を持って表に回る。

「フッラさん、お肉いる?」

 びっくりした顔を向けられてこっちがびっくりする。普通にドアを開けて入ったんだけど。

「ら、ランス君、どこに行ってたの?」

「朝ご飯をとりに。お腹が空いたし、昨日寝過ぎて目が冴えてたから、採集をしつつ狩りに行ってたんだ」

「ギルド長がいないって、探しに出たけど会わなかった?」

「会ってないよ。ちょっと探してきます。肉はおいとくね」

 受付に肉を置いて外に出る。なんとなく冒険者ギルドにとりあえず行ってみて、違ったらまた探そう。

 冒険者ギルドの中は騒々しかった。掲示板のところでは言い争いと群がる人達がひしめき合っていた。あの中にギルド長はいないよな。入ってすぐのギルド長同士で話していた。

「ランスが行方不明なんだが、ここに来てないか?」

「はあ?街の中にいるはず、領主様が出て行かないように門番達には手を回しているはずだから」

 薬師ギルド長の袖を引っ張る。

「ポーションなら売店で買ってくれ」

「探しているってフッラさんに聞いたんですが」

「いるじゃないの。びっくりさせないでよ」

 振り返ってじっと見られて肩とかバシバシされた。

「どこに行ってたんだ?」

「朝ご飯をとりに。外に行ってたよ」

「外に?」

「採集しながら狩りを。ほら、魔草と癒し草もたくさんとってきたんだ」

「確かに、手に持った毛皮が獲物か?」

「そうだよ。あと魔草は薬師で買ってくれる?今のところ使う予定がないから」

「うちじゃなくて、素材は冒険者ギルドに売ってくれ」

 わかったと朝の列をなした受付に並ぶ。一番最後尾に並んでいる、焦っているわけではないのでいいか。順番待ちをしながらやたらと冒険者ギルド長が見ている。薬師ギルド長は無事を確認できたのでと帰って行った。視線が気になるけど、受付の順番を大人しく待つ。

「何でガキが混じっているんだ?」

 順番待ちをしているので逃げるか考えている。

「おい、聞こえているんだろう?」

「素材売りだけど?」

「ここはガキが来るようなところじゃないんだよ、さっさと帰れ」

「お金がいるから帰るわけにはいかないよ」

 お互い引かない。頭に血が上っているのか、顔が真っ赤だ。

「痛い目を見ないとわからないようだな」

 手を鳴らしながら近づいてくる。周りで薄ら笑っている男達。なんか何日もお風呂に入っていないのか、臭い。思わず鼻をつまむ。

「狩りではニオイも追わないといけないんだから、そんな臭くして近づかないで」

「なんだと!」

 あまりの臭さにひるんでしまって、殴りかかってくるのも避けるのが間に合わず腕に受ける。スキル禁止なのに向こうは何か使っている。浮き上がって、空中でなんとかバランスをとって床に着地した。

 バキッとハッキリと音がした。周りにいた冒険者も思わず振り向いた。殴られた箇所はズキズキと痛み、力が入らない。骨が折れた。

「ガキに何スキル使ってるんだ。絶対折れたぞ」

「依頼が失敗続きだからってありない」

 とりあえずこの場を離れる。気配遮断で冒険者ギルドを抜けて薬師ギルドに向かう。なんで殴られないといけないんだ。こっちは手を出せないって言うのに。スキル禁止なんだぞ。ドアを開けて中に入る。

「痛み止めをください」

「どうしたの?」

「骨が折れた。冒険者にいちゃもんつけられて殴られた」

 慌ててしゃべる。服を脱いで上半身を出して、腕を見ると色が完全に変わっている。腕のところがプランとなっている。

「ギルド長、手伝って」

「ん?おう、どうしたんだよ。そんなに腫れて」

「冒険者に殴られたって。折れたってランス君は」

「教会かポーション使わないと早く治らないぞ。そういえば金がないな。出稼ぎに来た子ども殴って骨を折るとは。添え木と紐、痛み止めはサービスしてやる。その魔草を使って効果を高めて」

 適当な木を腕にあてがって、痛み止めを一緒に巻き付ける。なんとか痛みが引いてきた。そこで一息ついた。

「引き続き調合室は使っていい。あと勝手に出て行かないように。お前がいるって思っているんだ、いなかったら心配するだろうが。骨折しているのなら動くな。依頼こなしてどのくらいお金は持ってる?」

「手元にあるのは来たときに肉を売った残り銀貨3枚。風邪を引いた依頼はまだ未精算です」

「銀貨3枚あれば治るぐらいは十分食いつなげる。フッラ、食事を頼めるか?」

「いいですよ。銀貨1枚もらっていい?足りないと思ったらまたもらうから」

 返事をして銀貨を渡した。服を着て裏の調合室に入っていく。一応、中からもカギがかかるようなのでかけておく。また動けなくなるなんて、嫌がらせ?

あんまり近づかないようにしよう。はあ。ついてない。骨折するなんて、油断していたんだろうな。気を引き締めなおそう。一度帰るのもいいか。そうしたらズワルトのスキルで骨折も治せる。帰る途中で治せばいい。今日はまだいいか。生活魔法の4属性風、水、火、土を空中に出して動かす。慣れているからすいすいと動かせる。徐々に込める魔力量を上げながら塊の大きさを変えない練習をしていく。寝る前にしていたのに忘れていた。グリじいに怒られてしまうね。もう戻れない日々を思い出しながら練習を続けていく。突然、扉を叩く音がして出る。

「ランス、表に来てくれ。客人だ。領主のとこの執事さんだ。一体何のようなんだ?」

「さあ?」

 依頼はちゃんとこなしたはずなんだけど。精算はまだされていない。冒険者に骨を折られたから逃げてきた。薬師ギルドに入っていく。

「うちの魔法使いにここで高い魔力を感じると来てみれば、ランス君ですか。冒険者ギルドで聞いた話では精算もされていない様子。失礼、その腕は?」

「受付待ちで冒険者に絡まれて殴られたら、折れてしまって」

「そうですか、その様子ですとスキルの使用があったとみて間違いないでしょう。ご一緒に冒険者ギルドに参りましょう。そのあたりも含めて、ギルド長に説明を願いましょう。おっと、その前にランス君はこのギルドに何の用で?」

「簡単な処置をしてもらって、休ませてもらっていました。薬師のギルド員なので」

 ギルド長は、ハッとした様子だった。

「執事さん、ランスはローポーションを作れるのでね。うちのギルド員ですよ。スキルがあれば作れるのですが、祝福前にローポーションを作るのは結構難しいんです。なので薬師ギルドとして出来るだけの支援を行うことが決定しました。ラント国薬師ギルドはギルド員ランスを重点育成支援者として認定しましたことをここに報告いたします。希望の道具類はなるべく安く手に入れられるように、この国の薬師ギルドが協力してくれることになったってことだ」

 ごめんなさい。材料とスキルが使えたらエクスポーションまで作れます。祝福を受けたら恩返しさせてください。

「それはサルエン様もお喜びになるでしょう」

「しかも高品質なのでライトポーションぐらいの効力があることを保証します。生産は道具が到着後になるでしょうけど、ローポーションが安くなります。地元で輸送費がかからないのでね」

「冒険者達には特に有益なことです。騎士団も恩恵を受けるでしょうし、素晴らしい。サルエン様にお伝えしなければ。その腕では養生をしていたほうがよいですね。まずは冒険者ギルドへ行きましょう。私も付き添います」

 リックさんの後ろについて歩いて行く。歩くのは速い。会わせてくれているのはわかるけどね。ここにはあまり来たくはないんだけど。

「ギルド長はいらっしゃいますか?」

「はい、すぐに呼んで参ります」

 奥から冒険者ギルド長が出てくる。なんか、慌てた様子だ。僕を見て驚愕している。

「冒険者ギルド長ソル殿。ランス君の緊急依頼は精算は終わったのでしょうか?」

「いえ、受付に来ていないので出来ていません」

「そうですか。受付の順番待ちをしていたら冒険者にこの通り骨を折られたそうですよ。祝福前の子どもにスキルを使用するのが冒険者ギルドなのですかな?」

「冒険者同士の争いにギルドはいちいち割って入りません。ケンカは日常茶飯事ですので。F級とはいえ冒険者ギルドの一員であります」

 少し殺気を漏らしたのをギルド長は感じ取って、こちらに視線を向ける。

「ギルド長、僕が冒険者に反撃した場合、殺してしまいますがいいんですね?」

 周囲の目が僕に集中する。ざわつく。ただ、ソルを見る。

「大口を叩くのは執事さんがいるからやられないと思っているのか?」

「いえ、やっていいならやりますよ?戦うときって繊細な力加減が難しいんですよ。手加減ってヤツがやりにくいので。このギルドサイズなら耐えられないですよ?」

「なら表に出ろ。勝負だ。負けたら何でもいうことを聞いてやる。ただし、お前が負けたら二度と生意気な口を叩くな」

 後ろにいる登録してくれた受付のお姉さんが気絶しているんだけど、殺気を抑えるつもりはないようだ。表に出ようとすると執事さんに止められる。

「それは面白そうです。期待の新人とギルド長の対決。心が躍ります。万全の状態でやっていただきたいのですが、ランス君は腕を治しますか?ハンデになりますがしかたないですね。明日城壁の外で領主様とご来客中の子爵様をお招きしてやりましょう。これならランス君をすぐに連れてこられなかった、穴埋めにはなるでしょう」

 にこりとギルド長を見るとすぐに頷いた。殺気を振りまく中で平然としている執事さんもおかしいような。

「では明日行う場所の設置と領主様と子爵様にお伝えを。その前にランス君に報酬を払いましょう」

 うながされるまま受付にギルドカードを出す。気絶していないのはこの人だけだ。

「では副ギルド長殿、精算を」

「緊急依頼の報酬として大銀貨8枚。ギルド長の約束、いえ契約反故の違約としてギルドから大銀貨5枚。合わせて金貨と大銀貨3枚になります。ご確認ください」

「ちゃんとあります、ありがとうございます」

 受け取った硬貨をポケットにしまう。これで道具代になったかな?

「そうそう、先ほど薬師ギルド長に聞いたのですが、ラント国薬師ギルドはランス君を重点育成支援に認定したと聞きました。ランス君にちょっかいを出させるのは冒険者ギルドとしてよろしいのですか?今回はギルド長との決闘でうやむやにしようとしているような気がしますけど、今後は冒険者同士とはいえ、ラント国薬師ギルドで目をかけられている彼を正当な理由なく暴力を振るうなら、老婆心ながら薬師ギルドより抗議があるはずです。それと今回の件について、当然正当な理由を後ほど伺えますよね?」

 殺気がなくなったと思ったら、まずいぞと顔に出ている。見ているとソルは面白い。思っていることでコロコロ表情が変わる。執事さんに促されて薬師ギルドまで連れて行かれる。

「では明日迎えに来ますので、きちんと休んで、いや腕を治しておかないといけませんな」

「それをしてもらうので、このままでいいです。あの人アタッカーぽいので生活魔法で対抗するつもりです」

「勝算がおありで?」

「はい、これで顔を覆うのです。時間はそんなにかからないと思いますよ」

 水の塊を宙に浮かせてぷかぷかと漂わせる。ちょっと素早く動かしたりしてみる。

「そうなるとあまりに盛り上がりに欠けますな。ランス君、それ以外に方法は考えていますか?」

「風で物を切れるので、ただ腕が飛んだりすると治せません」

「構いません。それはこちらでなんとかしますので、派手な感じにしていただけるとこちらはありがたいのです。領主様と子爵様がご覧になられるのに多少の時間を使っていただければ、満足されるかと。それを顔見せとして、本当であれば夕食にご招待する予定でしたが、どうされますか?」

 顔を横に振る。

「疲れると思うのでやめておきます」

「わかりました。明日、迎えを寄越しますのでそれまでは休んでいてください」

 リックさんは優雅な動きで帰って行った。

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