風邪をひく

「ランス君、ランス君」

 肩を揺すられて目を覚ます。体が熱い。頭が熱でやられてる。

「ごめんなさい、邪魔だね」

「どうしてこんなところに?宿を取ってもらえるって聞いてたけど」

「あの人が帰りにはいなかったから。自分で宿を探したけど、一杯で泊まれなかった。中のイスで横になっていい?体がだるくて」

 おでこに手を当てられる。冷たくて気持ちがいい。

「ちょっと、熱があるじゃない。とりあえず、中に入って、イスで横になっていいから。薬を探してみる」

「ティーポットとカップを貸してもらってもいい?」

 中に入るとイスにもたれかかって、だるさがすごい。なるべく動きたくない。弓と矢筒をイスに置かせてもらって、矢筒から取り出すふりをして、空間倉庫からジャーマンカモミールとタイム、セージ、エキナセアを出す。ふらっと外で水洗いをして、中に戻るとトレイにティーポットとカップを持ったお姉さんが立っていた。

「借ります」

「お湯を沸かそうか?」

 首を横に振るとティーポットに熱湯を入れる。その中にちぎって入れていく。蓋をして植物の中のものが溶け出すのを待つ。

「魔草も入れようかな?」

「ダメよ、一度飲んでから様子見ないと。さすがに止めないと私が怒られちゃう」

 迷惑はかけられないのでおとなしく言葉に従う。時間をおいてポットを揺らして混ざるようにする。カップに注いで、冷ましながら口をつけていく。

「お湯も出せるなら、魔道具がいらなくて便利よね。火と水、別々になら使えるんだけどお湯なんて出せないわ」

「僕も集中しないと失敗するので、普段は水を鍋にかけますよ」

「そうなんだ。難しいのね。うまく出てるのかな?いい匂いがするよ、もらってもいい?」

「どうぞ」

 一緒になってお茶をすする。

「おはよう、いい匂いだな。ランスじゃないか、依頼はうまくいったのか?」

「うまくいったんですけど」

「聞いてくださいよ、ランス君がギルドの前で寝てたんですよ。しかも熱まで出して。今、薬湯を自分で作って飲んでいるところです。イスで寝るぐらいはいいでしょう?」

 ギルド長はカップを持ってきて、当たり前のように飲んでいる。

「いい具合だな。風邪に効くだろう。宿を取ってもらうと聞いていたんだが」

「依頼が終わって、辺りを探したけどいなくてあの人がいなくて、冒険者ギルドは酒場しか開いていなくて。そのあと宿を探したけど、いっぱいで泊まれなかったのです。体がだるくてこの前で座り込んでいたんです」

「それは文句の一つでも言いに行かないとな。その前に元気にならないといけない。どうするかな?使ってない調合室をギルド長権限で貸してやれる。ギルド内と行き来は出来ないが、外に自由に出入りできるから、ここにいるときに使うといい。ここにいる間はカギを貸してやる。なんならポーションを作れるしな。今はギルド員がランスしかいないんだから使っていいぞ」

 カギを渡される。立ち上がると少しだけふらつく。熱が出るなんて、泊まることを優先すればよかった。横から支えられる。

「連れて行ってきます」

「頼んだ、フッラ。薬のチェックはこっちでやっておく」

「お願いします」

 外に出るとギルドを回り込むように移動して裏に回る。ギルドの裏に飛び出るように作られた部屋がある。

「ここが調合室。薬師ギルドのポーションが足りないときに緊急で作ってもらうための場所なの。ギルド員はランス君しかいないから使って。ちょっと待って、寝られるようにするから」

 板を外して別の場所につけるとベットみたいになった。

「狭いから寝る場所も兼ねられるの。道具は片付けないといけないけどね。布団もあればいいけど、小さい支部でなくてごめんね」

「横になれるだけでも、ありがとう」

 倒れるように横になる。目を閉じると寝付いた。



 その頃、冒険者ギルドに領主より使いが来ていた。

「ギルド長、サルエン男爵より昨日依頼をこなした冒険者を本日夕食に招待したいので、その旨伝えるようにお願いする。これは正式な招待状である。これをその冒険者に渡し、夕食に必ず来るように申し伝えるように。執事殿が幼い故に世話をきちんとされておられるか、心配しております。かかった経費等は男爵家が負担いたしますので、のちほど請求されてください」

 使いは手紙と領主よりの依頼書を手渡す。受け取らないといけない、ギルド長は顔面蒼白であった。正式な書類であるし、一見不備は見当たらない。それに領主の機嫌を損ねるのは冒険者ギルドとしてはよくない。独立組織とはいえ、冒険者を招待してくれているのに断るなど、関係悪化に他ならない。依頼で冒険者がいないのなら、話はわかるが。門番などには手を回しているだろうから、街の中にいるのは間違いない。

「ご来客中の子爵様が非常に楽しみにしておられましたので、くれぐれもよろしくお願いしますとのことです。祝福前に複合生活魔法を使える子で、更に魔力量も多いでしょうからと、非常に珍しがっておりました。それではよろしくお願いします」

 領主の使いは依頼書と手紙を手渡してギルドを出て行った。それを見届けたギルド長は頭を抱えた。

「それでランス君はどこの宿に泊めたの?」

「どこの宿も一杯で泊まるところがなかったのよ」

 クールな眼鏡の知的美人と鍛えた肉体美のスレンダー美人のギルド長が並ぶ。

「それで?」

「行方不明、依頼をこなしている間に宿を確保しようとしたけど、2件ともダメだった。どうしようか、考えて戻ったら子爵様が到着してて、中に入るのを待って門番に確認したら終わって帰ったって言うじゃない。急いでギルドに帰ったら、ガキを見かけたけどすぐにどっか行ったぞって。宿に聞きにいったら来たけど断ったらどっかに行ったって。行方不明なのよ」

「その後は探したの?」

「諦めて酒場で飲んでた」

 眼鏡越しに殺しそうな目を向ける。ギルド長は気にした様子もなく、どうしようというばかり。

「どこかに拠点は持っていないの?」

「昨日来たばかりで、拠点なんてあるはずない。緊急依頼を受けてもらうために宿をとる約束してたんだけどできなくて」

「は?ウソでしょう?ギルドの長の貴方が契約を反故にしたの?」

「出来ないっていうから、領主様の依頼だし、経費はあっち持ちだったから。野宿の準備をキャンセルさせて連れていったの」

「それでほったらかしにしたと?昨日来たばかりのF級の子を世話するといいながら野宿?冒険者ギルドとしての信用はなくなったと思った方がいいわ。依頼を拒否されても文句言えないわよ。貴方が悪いんだから」

「そこは力でなんとかすれば」

「複合生活魔法と魔力量が高いのなら、属性は確認した?」

「最初のほうは見ていた。ゴミを持ち上げて、水で汚れを落として、ゴミは火で燃やしていた。一瞬で燃えてたぞ」

 長い髪を振り乱しながら眼鏡を直して、ギルド長の頬に向かって思いっきり平手打ちをした。キレイな音でみんなが振り返るが、すぐに目をそらした。

「土だと持ち上げられないか?風と水と火。殺傷能力は十分ね?」

 引きつった笑いを浮かべる。ギルド長は繰り返しているだけだ。こういう時副ギルド長であるヘルセが眼鏡を直して、解決策を出すのだが本人がどこにいるのかわからない状態ではどうしようもない。そこに乱暴にスイングドアを開けながら、薬師ギルド長が入ってくる。

「おい、ソル。ランスが風邪を引いただろう。宿の約束はどうしたんだよ」

「え、ランスの場所を知ってるの?」

 冒険者ギルド長のソルは胸ぐらを捕まれても平然としている。無駄だと思って手を離す。

「ここのギルド長は契約反故をなんとも思わない最低な女だな。ヘルセ、宿を手配すると俺とフッラの前でこのバカは言っていたんだが?言ったことも忘れるぐらいに冒険者ギルドは低脳になったのか?」

「いえ、ソルだけです。風邪を引いてしまったのですか?こちらで世話をしますので引き渡していただけませんでしょうか?」

「無理だな。薬師ギルド員の不調の原因が冒険者ギルドにあるんだ。引き渡せない。こちらなら薬の用意も十分に出来るから、世話も出来そうにない、こちらのギルドには断じて引き渡せない。薬師ギルドの名においてギルド員の保護を優先する」

「ソル、しかたありません。ここは引きましょう。我々で領主様にお断りを入れましょう。ポーションがなくなったら、ここの支部はなくなりますよ?その前にソルの首が飛ぶか、薬師ギルドとだけは揉めてはいけません。困るのは貴方ではなくて冒険者なんですから。それに悪いのはどう見てもギルド長である貴方です。一緒に怒られに行きましょう」

 だだをこねる、ソル。

「ボコって聞き出せばいいでしょ」

「それをすると貴方は犯罪者ですね。あと本部から本部長にご足労願って関係改善のために頭を下げていただくことになります。そうなると必要経費、謝罪金等で当分の間ただ働きになりますが。どうぞソル。手続きだけは素早く行いますよ」

「うう、ただ働きになりたくない」

「領主様からの責めを貴方が受けるのです。貴方が引き起こしたことなんですから、あとでランス君にもきちんと謝るのですよ。貴族に覚えられた冒険者のランス君が、指名依頼を受けてくれなくなるかも知れませんね。今回も無理に受けさせたのですしね。この町の優良依頼者のお金持ち達に断るため、依頼書を持って歩くギルド長にならないように。脅しでも何でもありませんよ。複合生活魔法と魔力量から考えてソル、返り討ちに遭いますよ。力業でやろうとしても捕まえることすら出来ないでしょうね。脳筋では本気できたら殺されるわ」

「そんなわけ・・・」

 副ギルド長は真剣な目でソルの目を見ている。本気で心配しているのが伝わったソルは目を伏せる。

「わっかた、ヘルセ。ちゃんと謝るから」

「薬師で面倒は見るから、あと依頼の精算は色をつけてやれよ。ランスがどれだけ頑張ったかわからないけどな。お前にひどい目に合わされたのは確かだ」

 解決したと判断して薬師ギルド長は去って行く。がっくりと肩を落とすギルド長。脳筋解決できない今回のような件はヘルセがアドバイスをして解決している。ギルド内の冒険者同士のケンカなどは仲裁しやすいのだが、力で何でも解決しようとするので、ヘルセは気を揉む。ヘルセは薬師ギルドに薬をもらいに行くのでなるべく良好な関係を保ちたい。気を落とすギルド長を引っ張って、領主の館に出かけるのだった。

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