教えを得る

「帰ったぞ、ランス。おーい」

 まだ、出来てないのに。ああ、どうしよう。

「きちんと続けておったか。途中であきらめるかと思っていた。どのくらいになったのか見せてくれ」

 隠蔽と心の中で唱えて水晶に手をふれる。やっぱり5個ほど残ってしまう。

「素晴らしい、もう少しじゃな。普通は1つだから手間はかからないが、ランスは特別じゃ。精進していこう」

 遠くの方から大きな叫び声がする。

「いったん中止して、一緒に行こう。紹介せねばならない」

 グリじいの後ろを追いかける。外には大きな人が立っていた。腕とか足とか体の筋肉がすごい人だ。傷がいっぱいある。

「ヒョロヒョロじゃねえか、こんなんじゃすぐに壊れちまうぞ。体ができてから呼んでくれ」

「それも含めて、教えてやるんじゃ。一から全部のう。これじゃから考えなしは嫌いじゃ」

「何だと、帰るぞ、もう帰る」

「鍛え甲斐はあるぞ。それだけは保証する。今は才能だけじゃ、それをどこまで伸ばせるかはお主がうまくせい。ワシは魔法専門じゃ、武のことはわからぬから連れてきたんじゃ」

 グリじいがまくし立てるように大男にしゃべっている。ゴツゴツした人はあまり聞いていないような感じで耳をほじっている。

「そうじゃ、紹介せねばな。この男はティワズ、武のことに関してよく知っている。これからはワシら2人で教えていく、吸収できるだけするがよい」

「本当に教えるのか?すぐ壊れちまうぞ」

 この人に教えてもらうの?殴られたらどっか飛んでいっちゃうよ。

「それで、鍛錬場はどこだ?そのついでに教える約束だ、場所が気に入らないときは帰るからな!」

「こっちじゃ」

 何だろうか、木枠の扉をくぐる。広い大きい白い空間。天使の部屋に似てる。

「どれだけ暴れてもいいんだろう?」

「扉は壊すなよ。帰れなくなるぞ。ワシでは再現不能じゃ」

 袋からでっかい剣を取り出すとドリャーって振るう。なんか出て飛んでいった。

「おーーすごい!もう一回見せて、見せて」

「しゃあねえな」

 もう一回振ると同じようになんか飛んでいった。

「それやってみたい。どうやるの?」

「坊主、まずは剣をたくさん振るんだ、そうすればそのうち出る」

「出るものか!」

「才能があるなら振ってるだけで出る」

 ティワズが革袋から木の棒を取り出すと渡される。

「これを今日は振るんだ。飽きたら別のことをさせる」

 ブンブン振ってみる。何か違う。

「どうした?」

「わかんないけど、違うって思う」

 ブンと1度だけ振る。こうじゃない、腕だけじゃなくて、ちょっと良くなった。何度か振っても、うまくいかない。

「んー」

 首をひねりながらまた振る。ちょっとずつ感じるままに振り続ける。違和感を修正しつつ木の棒を振るう。


「坊主、今日はここまでだ。手の皮が破れてるじゃねえか、気がつかなかったのか?」

「何が?」

「手だよ手。痛みを感じねえのはやべぞ」

「えーと、痛いけど耐えられる」

「耐えられるって、どうして?」

「たくさん死んだから?」

 ティワズは眉間にしわを寄せて僕の服を掴むと扉を出て、木造の家に入っていく。

「グリゴリイ、手当てしてくれ。こいつはやり過ぎる」

「どれどれ、手の皮がなくなっているではないか。どうしたらこうなるんじゃ」

「ずっと素振りをしていただけだ。飽きるかと思ったら止めずに続けていてな。痛みに鈍感なのか?」

「痛くないわけじゃないよ」

「ふむ、ここは聞くべき人がおるのう。どちらの方か、出てきてもらえますか?」

 真横にズワルトが出てくる。

「どうしたのじゃ?手は治しておこう。ヒール」

 それで手は元に戻った。ズワルトすごい。

「スコル殿、ランスは痛みを感じにくいようなのですが、身体に異常はないですか?」

「身体、魂ともおかしい所はない」

「たくさん死んだからってのは何なんですかい?」

「こやつは本当はもっと幸せに暮らしておるはずなのだが、上の事情でな。ここに来るまでに何度か生き返っておる。地獄の池の中で平然と浮かんでおったようじゃから、痛みへの耐性は高いはずじゃ」

 全員、難しい顔をしている。さっきのヒールってケガが治せるんだ。

「地獄の池ってのは?」

「池は火山が爆発したとき出る赤い岩で出来ておる。地獄に送られ、そこに落とされた者は逃げることも出来ず、感じないことも出来ない焼ける痛みを受ける」

「死を恐れないってことでいいんですかい?」

「本人に聞くしかない、他人ではわからぬことじゃ」

 全員の顔が僕に向いた。

「ランス。まだ、死にたいと思うか?」

「あまり思ってない。いろいろ教えてもらえるから楽しいよ。前より死にたいって気持ちは少なくなってる。あと、自分から死んではないからね。落ちて魔物に襲われたり、妖精に殺されたりね。そういえば、魔物と妖精に殺された回数一緒だね」

「そ、そうか。実行した者たちには神罰が下っておるので、2度と会うことはあるまい。うむ、グリゴリイ殿おかげで生きる意欲も湧いていると思っていいか。死ぬのに慣れてはいかんのだが、慣れた故に恐れが他の者より少ないのは間違いない。ここは生かすために2人には教えをお願いしたい。いいだろうか?」

「少ないってだけなら、なんとか。壊れるまでたたき上げていいんですかい?」

「この子が望むのなら構わない。我らの力を持って助力しよう」

 ウィットも出てくる。

「恐れるのではなく、乗り越えるために耐えることのできる子なのだ。他人を助けるために囮になる勇気をもって、死の恐怖すらも振り払い死ぬまで役割を全うした子よ。それだけでも十分、才になると思わぬか?自分の身を、守りたい者を守れる力をランスに授けて欲しい。大賢者グリゴリイ、武神ティワズ両名にお願いする。この子に力と知を正しく生きるためによろしく頼む」

「そういうことなら、騎士ってやつにはできねえが。知りうる武の極地へ」

「私の知る限りの知識と魔法の極地へ導きましょう」


 次の日から午前がグリじいの勉強の時間で、午後はティワズからは体を鍛えるって。毎日そういう繰り返しだけど、ついて行くだけで必死。日が終わる頃にはベットの上で考える暇もなく、眠りにつく。


 隠蔽を完全に覚えて、今度は偽装を覚えることになったけど、すぐ出来た。そこからは魔法の練習の時間になった。ティワズは、素振りじゃなくて筋肉を鍛えるからって、山の中を走り回るようになった。










「お前は何でもすぐ出来ちまうな。こっちが自信なくなっちまう」

「基礎をきちんとやったからじゃないの?」

「やったって、出来ねえやつは出来ねえよ。まあいい。俺と戦えるやつを自分で育てるのも悪くねえ。次は槍術あたりやるか」

「うん!」

 新しいことを教えてもらえたり覚えたりすることは楽しい。ワクワクして、もっともっとと思う。


「魔法の基礎は十分じゃな。これからは高位の魔法や応用の方法を教えるぞ、今までよりも難しくなる。わからなくなったら、基本を思い出すんじゃ。魔力の使い方、効率的な運用、それらが積み重なって次が使えるんじゃからな」

「うん。基礎を忘れない」

「そうじゃ。始める前に基礎をしてから教えることにするからのう。手を抜いたら、できるまでやらせる。教えを請えないと思え」

「わかった。ちゃんとするよ」

「属性、回復、補助は覚えないといかん。時空間魔法も覚えられればよりよいのう」

 2人とも厳しいけど、ちゃんと教えてくれる。




「そろそろ、自分の力を外に知られないようにせねばならん。世界中でも上から数えたほうが早いぐらいじゃ。封印を教える。力及ばず封印せねばならんような魔物用だが、力を制御するために強度を落とせば十分に隠すことも出来よう」

 グリじいは新しい魔法を教えてくれるようだ。


「冒険するならあれはやっとかねえとな。盗賊退治に行くぞ。依頼は俺が受けに行く。お前が1人でやるんだ」










「ふむ、ワシはすべてを教えた」

「俺もだ。体がまだ成長途中で実力は出し切れないだろうが、必要なことは教えた」

 2人にそんなことを言われて、言葉の意味を理解するのに時間がかかる。

「ランス、このグリゴリイ最高の弟子として送り出す」

「お前は今までで一番鍛え甲斐があった。俺が鍛えた中で一番だ。あとは自分で修行するんだ。次会ったら、酒でも教えてやる」

 こういう日が、別れる日が来ることは知っていた。でも寂しい気持ちと別れたくない気持ちが溢れてどうしよう。涙が零れる。

「あるべき道に戻るのだ。今までもこれからも出会い別れ生きていくんじゃ。再び会うこともあるじゃろう。元気でやるんじゃぞ」

「またどこかで会える。弓とナイフは持っていけ、お前ならこれでどこでも生きていける」

 受け取ると装備して2人の言葉に頷く。見ていたウィットがしゃべる。

「さあ、背中に乗れ。村に戻るぞ」

「あの、あの」

 うまく言葉が出てこない。

「ありがとう」

 いろいろ、たくさん教えてもらったのにそんな言葉しか出てこなかった。

「大賢者グリゴリイ、武神ティワズ。両名に心よりの感謝を。礼として祝福を贈る」

 走り出した背中にしがみついて、4年住んだ場所から離れていく。寂しさが膨らんでいく。

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