第8話
騎士団隊の寮にいた頃、料理は寮母さんが作っていた。けれど休暇に充てられた日は、自分たちで作らなければいけない。
それに戦いの最初の頃はきちんと料理を作る騎士がいたものの、戦力が削がれ資源も減り、自分たちで獲物を捕らえて食べることもしばしばあった。
だから、基礎程度の自炊能力は全員持っていて、私が作ったものをセレナードさんは食べたことがあるし、その逆もしかりだ。
けれど、一緒に作ったことはなかった。手伝いを申し出ても断られるし、勝手に手伝おうとすれば、「命に背いたとみなしますが?」なんて脅された。
ミントブルーとクリームホワイトでまとめられた、セレナードさん曰く「ずっと見ていても絶対に飽きないように」と無茶苦茶を言って出来上がったらしい厨房に二人で入り、私は彼に顔を向ける。
「今日のメニューは?」
問いかけると、彼は「ベーコンと、スクランブルエッグ、サラダに、ベーグルです」と、棚からベーグルの入った袋を取り出した。
「食材も揃ってるんですか?」
「ええ。朝食分くらいは」
セレナードさんが食材を取り出していくのを手伝いつつ、私は厨房を見渡す。机には花瓶があって、棚に入っている食器も色とりどりだ。
「可愛いですよね。ここ、絵本に出てきそう」
「君のほうが可愛いでしょうに」
「変なところ張り合わないでください。そんなこと言ったらセレナードさんのほうが可愛いですよ」
おそらく結婚前に言っていたら、「くだらない」「ふざけるな」「外周」のどれかが返ってきただろう。しかし彼は、いたって真面目に、平和的に返してきた。
「私は別に可愛くありませんよ」
「本当ですか? セレナードさん、世界で一番可愛く見えますよ」
「君は常軌を逸しています」
セレナードさんにだけは、一番言われたくない言葉だ。結婚前も結婚後の言動も、彼は同じくらいどうかしているというのに。
眉間にしわを寄せると、「君が狂っていても好きですよ」と、よく分からない補足をされた。
「それはこっちの台詞ですけどね」
言い返すと、セレナードさんは眼鏡の山の部分を上げ、「ふん」と高圧的に鼻で笑ってくる。今まで彼の表情は四種類ほどしか判別できなかったけど、こうしてみると多様だ。
「さて、手を洗って料理にとりかかりましょう」
「はい、セレナードさん」
調理の支度をはじめ、何気なくさっとタオルを手渡したり、どちらともなく器具を取り出す。一緒に料理をしたことはなかったから不安もあったけど、戦いの連携に似てる。セレナードさんは手早くパンとベーコンを切り始め、私は卵をボウルに出してかきまぜた。
「塩と胡椒をしますから、カノン、手を止めなさい」
「はい」
セレナードさんが切り終えたベーコンに塩と胡椒をしつつ、溶き卵にも振りかける。
私はその間に火をつけ、ベーグルを網焼きの上に乗せた。もう焼かれているから、温めるだけでいい。その隣に、私は鉄の平鍋を置いた。
「ちょっと前通りますよカノン」
「はい」
じゅっとベーコンが焼ける音が響いて、香ばしい匂いが厨房を包んだ。セレナードさんは平鍋にバターを落とし、「卵も焼きましょう」と、ベーコンを平鍋の端に寄せた。
「いいんですか?」
「ええ。そのほうが早い」
セレナードさんは溶き卵を平鍋に流して、木ベラで混ぜていく。鮮やかな黄色が炒められていくのを眺め、はっと我に返った。
彼が出しておいてくれていた葉物野菜を刻んで、隣に並んでいたトマトも薄切りにしていく。
さらに切った野菜を白地のお皿に盛りつけて、ベーグルも回収しつつ、私はセレナードさんの隣に並ぶと、彼は出来上がったベーコンと卵を盛りつけた。
「戦のときも思いましたが、私とカノンは息が合う」
「確かに」
「君が呼吸を合わせてくれてるのが大きいでしょうけどね」
声はつんとしているものの、なんだか可愛いと思ってしまう。「こちらこそ」と続けると、彼は「食べますか」と、フォークとナイフを取り出した。
「洗い物はすべて私がやりますので、カノンはそこのテーブルに並べてください」
そうして彼に言われ向かった先のダイニングテーブルには、椅子が横並びと奇妙な形になっていた。
「横並び……?」
「はい、君を見ながら食べるのもいいとは思いますが、君の近くがいいので」
洗い物をしながら、セレナードさんが答えた。寮で食事をしていたころ、団長と食堂で顔を合わせることもままあった。でも、たいてい彼は離れたところで食べていたし、そもそも上層部同士で会議をしていた。
「食事のたびに、君の隣に座る誰かを殺したいと思っていました」
カチャカチャと、鍋や調理器具を洗う音だけがあたりに響く。セレナードさんは熱心に包丁を洗っていた。
「思い出し犯行予告……しかも、完全に無差別ですよね、空いてるところに座って食べるみたいな状態でしたし……会議は良かったんですか?」
「作戦会議なんて必要ないでしょう。死ぬまで殺せばいいだけなんですから。それより、君が呑気に食事をしているのを見ていると、可愛いと思うと同時に、頭から齧りついてやりたくなっていました」
セレナードさんは、フォークとナイフ、そしてグラスを持ってきた。器用にオレンジジュースの瓶もだ。だから洒落にならない雰囲気をまとっている。
「お腹壊しますよ」
「君が死因なら本望なくらいだ。まぁ、君は私のことを好きですし、こうして一緒に食事ができて幸せです。この上なく、満たされています。ありがとうございます」
ふわり、と彼は笑う。なんだかずるい。傲慢で横暴だったり、我儘で面倒くさかったり、かと思えば守ってくれたり、結婚後も等しく振り回されている気がする。
「セレナードさん」
「なんです」
私は彼の手首を、ぎゅっと掴んでそのまま背伸びをする。すると今度は顔が真っ赤になって、涙目になっている表情が見えた。
「な、な、きみ、今全然そういう雰囲気じゃ……!」
「セレナードさんがずるかったので」
「ずるいって何がですか!?」
彼は顔を真っ赤にしながら、「意味が分かりません!」と、グラスにオレンジジュースを注いでいく。朝に楽しみなんて特になかったけど、これから先こういうのが続くと思うだけで、この上なく幸せに感じた。
グラーヴェ夫妻は初恋に忙しい 稲井田そう @inaidasou
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