第7話

 新婚で、初めて一緒に眠り、迎える朝について想像したことは、今まで一度もなかった。自分とは無縁だと思っていたから、特にこういうのがいい! みたいな希望も特になかったし、夏の地獄の訓練メニューみたいな寝ているときに水をぶっかけられる以外なら何でもいい。


「好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ」


 でも、朝からこんな呪詛寝言を聞かされると思わなかった。


 寝るときうつ伏せ派だったのがいけなかったのか、彼は私の背中の上に乗り上げている。


 彼は言ったことは守る人間だけど、こんなところまで絶対離さないの約束が適合するなんて。


 このまま二度寝しようか迷うものの、もう昼も過ぎだ。こんなに寝たのは何年ぶりだろう。欠伸をしていると、グラーヴェ団長は人の背中に頭をこすりつけながら目を覚ました。


「おはようございまーす」


 声をかけると、「あー」と、間延びしたかすれ声が聞こえてきた。


「ん……? あ、わ、悪い、のしかかっていましたね」


 彼はしゅばっと私の上からどく。無意識だったのだろう。「タオルケットはどこだ……?」と探している。嫌な予感がしてベッドの下に目を向けると、タオルケットが落ちていた。確実に蹴り落としている。


「おはようございます、グラーヴェ団長、私に蹴られてませんか?」


「おはよう。君は……ああ、一生懸命タオルケットを蹴っていて……それで、風邪を引いてはいけないと……私が上から押さえようと……すみません。故意に君を下敷きにしていたみたいです」


「いえ、団長は何も悪くないです。私こそ、寝てる間に団長を袋叩きにしてなくて良かったくらいで……」


 本当に、ぼこぼこにしなくて良かった。安心していると、彼は「団長か……」と何故か元気をなくした。


「もう。名前では呼んでくれないのですね」


 ぼんやりした眼差しではあるものの、圧を感じる。私は少し頬に熱が集まっていくのを感じながら、「セレナードさん」と、改めて彼の名前を呼んだ。


 しかし、呼ぶことを所望したセレナードさんはといえば、耳まで赤くして顔を覆っている。


「争いが終わって本当に良かったです。君に名前を呼んでもらえる」


「そんなこと言われると、グラーヴェ団長と呼んでいたころが申し訳なく思います」


「まあ、戦いが終わるまでに名前で呼ばれれば、訓練場外周り600周を命じていましたから」


「容赦がない」


「仕方ないでしょう? いくら愛しているといえど、えこひいきはできません」


「なるほど」


 頷きながら、私は今半裸であることを思い出し、着替え始める。セレナードさんも「はっ!」なんてわかりやすく顔を赤くして、着替え始めた。


「すみません。服を着ていなかったことを失念していました」


 あせあせとセレナードさんは着替えている。鍛え抜かれた腹筋が眩しい。じっと見つめながら「別に、これからも起こることだと思いますので」と付け足せば、彼は止まった。


「え……」


 セレナードさんはまた口元を抑え、すす……と引いてくる。しかし、「確かに……」と、また寄ってきた。


「朝ごはん、何が食べたいですか」


 問いかけると、彼は首を横に振る。


「私が作ります。君はゆっくりしていなさい」


「じゃあお手伝いさせてください」


 着替え終わって、伸びをする。


「では、カノン。顔を洗って歯を磨きますよ」


 そして手を繋いで、私たちは寝室を出たのだった。


◆◆◆SIDE:Serenade◆◆◆


 眩むような朝日を浴びながら、愛おしい妻、カノンの手を握って、洗面台へと向かっていく。


 まさか、こんなにもすんなり結婚できるなんて。


 拍子抜けする反面、今の幸せに泣きそうになる。隣を歩く彼女に目を向ければ、口に手をあて欠伸をしていた。寝着からのぞく首筋は華奢で、今握っている手も折れそうなほど細い。


 どんなに訓練をさせ鍛錬を重ねさせても、体質なのかカノンはずっと華奢で、彼女を見るたびに次の戦では死んでしまうんじゃないかと恐怖した。


 いっそ足でも折って、戦に出れないよう負傷させてしまおうかと何度も思った。でも、やめて、彼女が危険な目に遭うたびに後悔をして、死なないようにと訓練をつければ彼女は強くなって、ずっと私は頭を抱えていた。


「カノン」


「はい?」


「ずっと好きです。カノンだけを、私は愛しています」


 そう言って、唇を重ねる。


 すべてくだらないものに見え、お世辞にも褒められた態度ではない、でもそれを改善する気もおきなかった私に、彼女は自分から近づいてきた。


 はじめは煩わしかった。ほっといてほしいと思ったし、彼女の言うことすべてがくだらないと思っていた。


 でも、その全てを守りたいと願い、だんだんと、独り占めしたいと祈った。


 カノンが好きで、ずっとそばにいたくて、でも私に好かれるところなんて見当たらない。少しでも彼女に優しくしてしまったら、騎士団の均衡を崩してしまう。


 今まで人一倍規則を重んじ、規則を利用する形で彼女に特別メニューを与え続けたのだ。きちんと腕力も脚力もバランスよくつき、誰にも殺されないように。


 けれど、戦が終わってじっくり仲を深めている間に、彼女がほかの男と結婚するなんて考えられなかった。だからかなり強引な手段をとったのに、彼女は私を好きだと言う。


 この上なく、嬉しかった。体が散り散りに張り裂けて、死んでしまいそうなくらい幸せだった。


 今までずっと、私は自分の気持ちに嘘をついて、カノンへただの騎士と同じ態度をとっていた。


 でも、もう嘘をつきたくなくて、もしかしたらこの想いを受け入れてくれるかもと期待もして、つい、思いの丈すべてを伝えてしまう。


 好きだ。苦しいほどに。涙が出そうになるし、昨晩は思い余って彼女を抱きしめながら泣いた。情けない姿しか見せてないのに、彼女は俺を好きだと言ってくれた。


「私も、好きです。セレナードさん」


 ぎゅっと抱きしめられて、もっと強く、壊れるほどに抱きしめてほしいと欲張りになってしまう。好きで、好きで、好きにされたい。何もかも、カノンによって変えられて、つくりかえられたい。


「良かった……」


 本当に。あの時ちゃんと告白して、良かった。閉じ込めたり、無理矢理麻袋に入れて閉じ込めないで。


 だってこんなにも、幸せだ。


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