6月
「先輩ってぇ、美意識すっごい高いですよねぇ」
昼休憩終了間際、女子トイレのメイクコーナーで化粧を直していると、声をかけられた。
二、三言話したことがあるかないかくらいの、隣の部署の後輩が、にこにことこちらに笑いかけている。
不意に話しかけられて少々面食らったものの、すぐに取り繕った。
「別にそんなことないよ。急にどうしたの?」
「え、だってぇ、いつもすごい重装備で駅から歩いてきてません?日傘もなんか、特注?っぽいし」
隣の部署はBtoBの営業部だったと思うが、普段からこんな間延びした話し方だと取引先に不安を与えてしまうのではないだろうか。
お節介な心配を隠しつつ、カウンターに並べていた化粧品類をしまう。
「んー、今年は紫外線対策ちゃんとしようかなって思って。あなたも気をつけた方がいいかもよ?」
「あはは!いやー、あたしまだ若いんでぇ。必死すぎるのも逆に怖いかなーとか思うんですよねぇ」
この後輩の歳は知らないが、私より四、五歳ほど歳下なだけで若さアピールをされても困る。
「そ。まぁ若いなら若いうちからケアしとくに越したことないけどね。じゃ、お先に」
これ以上の会話は変な神経を刺激しそうだったので、早々に切り上げてトイレを後にした。
実は先日、あの後輩が社食で「月光仮面まじ必死すぎて引くわ」と、彼女の同期たちとゲラゲラ笑っている現場の背後を通り過ぎたことがあった。
それが、梅雨の晴れ間のある日、サングラスにマスク姿で通勤していた私のことを言っていたのかどうかは、そのときはわからなかったが、先程の、こちらを妙に小馬鹿にしたような彼女の態度で確信に変わった。
それにしても、月光仮面とは、またなかなかレトロな悪口を言うものだ。
若さをアピールするならそのあたりもアップデートして頂きたいものである。
重装備と言われても、どれも市販のものばかりだし、特注疑惑をかけられた日傘はただの予約商品だというのに。
トイレを出ると、通路脇の窓ガラスから、陽の光が降り注いでいた。
ほっ、と大股で歩いて、入り込んだ日差しを避ける。
梅雨明けは近い。
本格的な夏がやってこようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます