第23話


「……どうしてマホと私は一緒のパーティーになったんだ。これが新手の虐めか。」

「いいのよ。トップが決めたんだからそれに従えば。」

「はぁ。」

「何よその嫌そうな顔は。引っ張たくわよ。……ていうか、そんな態度取られたら泣くわよ。」


隣で腰に手を当ててプンプン怒るマホ。そんなマホをあしらいながら俺は机に肘をついて溜め息をついた。

国の非常事態で、次の世代の中心となる学園の生徒が集められて特殊な訓練を行うことになった。何でも化物に少しでも対抗し生存確率を上げる為だとか、国の戦力増強とか色々な理由があるらしい。そういうこともあるかと軽く話を聞き流していたんだが、二人組で特殊訓練を受ける組を作ることになった。


ティアかキャーロットと一緒の組になりたいなと思っていたんだが、まさかの先生が決めた相手はマホだった。あの横暴で自由気ままなマホとである。最近はそうした姿は奇妙なことに影を潜めているが、相手を組むとなると面倒事に巻き込まれるのは簡単に想像がついた。抗議でもしようかと今でも思っている。


「でも、私と組めたのは幸運なんじゃないのかしら。ほら、私強いし。貴女にも勝ったじゃない。特殊訓練でも上位を目指せるわよ。」

「それはそうだけど……別に上位である必要なんてあるかな?」


上位なんて取ったとしても目立つだけだし、化物との戦いで使われたりするだけに思う。上位なんて取らないで真ん中くらいの成績なのが一番面倒なことにも巻き込まれないで平凡な日々を送れると思う。決闘の騒ぎから俺も何かと話し掛けられることが増えた。もう目立つようなことはしたくない。……でも、目立つという点ではマホがいる時点で終わったか。あ、詰んだ。


キャーロットとティアは同じパーティーになったらしい。いつもなにかと争っている二人だが、意外にも仲良さそうだった。俺の知らないところで仲良くなったのだろうか。二人が仲良くするのはいいことだ。


「上位なら上位なだけ目立つじゃない。そしたら、国から認められるだろうし、位の高い職につける筈よ。それに近付いてくる男もいるかもしれないわ。いいこと尽くしじゃないの。」

「……そういう考え方もあるね。」


ノアは軽く頷いた。

一応頷いたが全くといっていい程、賛成はしてない。

俺が女性なら賛成していただろうが俺は男だ。目立つことは死を意味する。


「私達はDダンジョンだったよね。……化物騒ぎでダンジョンに行くことなんてこの先数ヶ月はないと思っていたんだけどね。国もおかしなことをするね。」

「そうね。いくら精鋭の騎士団が付いてくるといってもあの化物相手には全然動けていなかったし、出てきたとしたら大丈夫なのかしら。」


意外と頭が回る。ただの筋肉バカじゃなかったマホに驚きながら会話をしていると、騎士団が近付いて来た。全員が光沢が神々しい盾と剣を持っていた。騎士団が来たということはそろそろダンジョンへ行くことになるのだろうか。

軽くマホは騎士団に敬礼をする。騎士団は敬礼に気が付くと、敬礼をマホに返した。


「待たせたね。それじゃあ私達Dダンジョンの組もダンジョン討伐へ行くことにするよ。……化物が現れた原因がまだ判明してないから、あの化物が出てこないとは言い難いけど、化物が出てきたら命に掛けても君達を守るつもりだ。」


騎士団の代表と思われる人が剣を空に掲げながらそう言った。迫力のある声に安心感をもたらす姿はまるで物語の主人公のようだった。この空き教室ではなく王城の中だったらもっと絵になっていた筈だ。

俺達と同じくDダンジョンに行くことになっている組の殆どが、騎士団の人の言葉に感動していた。隣にいるマホもその一人だった。


Dダンジョンとはこの学園の地下にある封鎖されたダンジョンの一つだ。封鎖されたといっても、生徒が間違えて入らないようにするため。別に強力な魔物が出るとかそういう理由ではなかった、と耳にしたことがある。ティアとキャーロットが行くダンジョンはBダンジョン。この学園の地下には不思議なことにダンジョンが幾つも出来ていて、アルファベットが封鎖された順にダンジョンに付けられている。


騎士団の人達がまず初めに教室を出ると、それに遅れないように生徒の組も出ていく。俺も出ようとしたのだがマホは騎士団の人の言葉に未だに感動していたようで、自分の世界に入っていた。


「ほら、ぼーっとしてないで。ダンジョンだったら、魔物に殺されるぞ。」

「ーーっ!! わ、分かったわ。」


マホを引っ張って教室から出す。引っ張った時にやらしい声がマホから聞こえたが幻聴だろう。

少し急ぐと直ぐに他の組に追い付いた。


そのまま何分か騎士団の後に歩いて階段を下りたりしていると、大きく広がっただけで何もない広場のようなとこに着いた。前に来たときはここへ来る階段が大きな岩が何百と重ねられて封鎖されていたのでここに来たのは初めてだ。床と天井は土で出来ていて砂漠を土に変えただけのような無機質な空間が広がっていた。階段はまだ下に続いていたが、騎士団の様子を見るとこの階層にあるらしい。騎士団の付けた蝋燭の火を頼りに暗い道を進んでいくと、ゴツゴツとした尖った部分の目立つ大きな岩のようなものが遠くに見えた。

不思議に思った生徒がチラホラ現れ、それに気付いた騎士団の一人が歩きながら説明を始めた。


「あの岩のある場所を越えたらもうダンジョンだ。あの岩は結界石といって、魔物の侵入を妨げる目には見えない壁を作る役割を持っている。人間は通れるから安心してね。結界の近くには魔物は近付こうとしない筈だろうから魔物はまだ現れないと思うけど、一応戦える準備を。」


人間だけ通れるか。

随分都合のいい結界があるんだなと感心しながら、剣をいつでも出せるように準備をする。

少しの緊張感を持ちながら岩を越えた先を進んでいると、遠くからこちらに近付く足音が聞こえた。タッタッタッタッ。足音からして、二足歩行の魔物だろうか。

足音が近付く。苔のような緑が一瞬蝋燭の光で見えたと思ったら、目が三角形をしたいかにも柄が悪そうなゴブリンが現れた。薄い毛皮のような物を肩から腰に掛けている。


迫ってくるゴブリンに騎士団の一人が近付く。腰に掛けていた剣を勢いよく抜くと、ゴブリンの銅へ叩き付けるように剣の刃先を斬りつけた。刹那ーー血飛沫がゴブリンの腹の辺りの切れ目から勢いよく上がる。まるでカーネーションが激しく弾けたようだった。素早い手付きでゴブリンから剣を抜くと同時に、ゴブリンが沼に沈み込むように地面に倒れた。ドンという音が遅れて響く。


「これからこんな風に魔物が現れる筈だ。ゴブリンは弱い魔物だから簡単に倒せるが、一撃じゃ倒せない魔物が現れるかもしれない。今回の特殊訓練は君達が主体で魔物を倒すことになっている。私達は万が一の危険な魔物が現れた時のサポート役だ。これからは君達に倒して貰う。」

「はーい。それじゃあ私達の組が先頭に行きますね。」

「任せた。」


一つの組が手を挙げて先頭へ行った。

残りの組もその組の後を行くように手を挙げて名乗り出ていく。目立って上位になってやるというのが主な理由だろう。


「ほらほらぼーっとしてないで。置いてかれちゃうわよ。貴女こそボケーっとしちゃって大丈夫?」

「……大丈夫。一番後ろになるのもあれだし、そろそろ名乗り出るか。」


今度はマホに俺が引っ張られて後ろの方に並んだ。重い剣だった割には、マホは細く滑らかな腕をしていた。



暗い中を歩き続けること二十分。

何匹か慣れない手付きで前の方が魔物を倒していると、突然場を圧倒するような重い雰囲気を感じ取った。ピリピリとした緊張が辺りに走る。騎士団の人は突然の事態に剣を身構えていた。


「この気持ち悪くなる雰囲気は何だ。」

「生徒達はツーマンセルで相互把握を!!」


騎士団の人達が生徒を囲むように陣を組む。生徒達も慌てながら警戒態勢を取った。神妙な感覚が体を走る。一秒も経つ前に、生々しい涎を吸うような音が上の方で響いた。


「ーー!! 敵は上か。」


上を見ると五メートルはある蜘蛛がいた。毛は熊のように厚く脚の数は50を越えていた。恐らくこの異様な雰囲気はこいつの気配だろう。と、思った瞬間。血が横で大きく噴き上がるのが横目で分かった。蜘蛛の血では無さそうだ。え、と思った次には少女が倒れる最中だった。


「ゲバッ」


倒れた少女を見ると血に塗れながらお腹の部分を厚い糸のような物が貫いていた。この糸を吐いたのは蜘蛛だろう。この糸は粘着力は無さそうでむしろ糸というより金属に近いものに見えた。糸は内臓が集中している部分を狙ったというばかりに貫いていた。


ふざけんな。強い魔物いるじゃねぇか。しかも、相当危険な奴だぞ。前回のダンジョンの時もそうだが、今回ので王国の情報は本当に信用出来ないことが分かった。情報の確実性が全くと言ってないのだ。前のダンジョンで化物が現れた時もそうだった。あんな化物が現れるなんて情報は全くと言って無かったのだ。俺が居なければ内のパーティーは全滅していただろう。それはーーあまりにも無責任だと思った。そして、指示を出す上層部が腐ってるのではないかという疑問が強くなった。


「ーー逃げろ!! お前達を逃がす為の隙は作る。だから逃げーー」


騎士団の一人が言い終える前に、蜘蛛は無慈悲にも倒れた少女と同じように腹部に糸を吐いた。血を口から大きく吐き出すと、少女と同じように地面に身体を預けた。

生徒と騎士達には自然と恐怖が感染した。


それを横目に俺は全力で詠唱を始めた。


「深淵なる炎竜よ 深く眠らせし業炎を彼の炎の宿命に抗う者に放て 」


多彩の光の粒子に包まれながら空間を喰い破るように出てきた炎で構成された竜。その竜は炎で出来ていると知っていても迸る炎は生きているように思わせた。炎から発せられる火花が幻想的な存在を現実のものとする。橙色の炎は激しく流動すると蜘蛛目掛けて飛びかかった。蜘蛛に近付いた炎は蜘蛛に触れると思うと大きく燃え上がる。薄暗かった世界は天気のいい昼のように明るい世界へと変貌する。


こんな目立つ魔法を使ったのは俺の扱う炎系の最大火力がこれだったからだ。手加減はヤバいと本能が警鐘を鳴らしていた。油断したらあの化物並みに脅威が巨大化する、と。目の前に現れた死を司った蜘蛛とじんじんと後の方から響く呪い。前者を俺は選択した。全体を攻撃するなら押し寄せる津波をマグマに変えたような魔法もあるが、個を目的とした最高火力はこの魔法だった。炎を使ったのは虫だから火に弱いと思ったのだ。


「な、何だこれは。」


戸惑いの表情を隠せない一番初めにスピーチをしていた人があり得ないといった様子で口にする。

大きく燃え上がった炎は蜘蛛を飲み込むと、そこには存在しなかったようにすっと蜘蛛と共に消えた。立つ鳥跡を濁さずを魅せられたようだった。炎が消えるとばっと明るくなった世界が蝋燭だけの小さな世界に戻る。竜に比べると大層小さな火はゆらゆらと優雅そうに揺れていた。


周りを見ると粗方似たような反応をしていた。

沈黙の時間が数秒の間生まれた。


「………驚いているところすみませんが、とりあえず負傷者の対応を先にした方がいいかと。ところで、Dダンジョンは撤退でいいですか。」


俺としてもダンジョン探索なんて自らしたくないし、周りを見ると殆どが戦意喪失をしていた。そりゃ圧倒的な力を持つ魔物に一瞬で二名も殺傷性の高い攻撃を受けたらそうなる。初めに見せた上位を目指そうなんて様子は全く見えない。これ以上ダンジョン探索を続けてもいいことなんて無いだろう。

絶句したように固まっているのはノアが見せた圧倒的な魔法もあいまってなのだが、それには気が付かないノアだった。


「あ、あぁ。そうだな。緊急事態として撤退することにする。ところで、誰か回復魔法を扱える者は。」

「テレポーテーション。」


言質は取ったので結界石の場所まで負傷者含めて転移させた。回復よりもまずは安全な場所を確保することを優先した。突然転移に混乱する周囲。説明する余裕なんてないので無視を決め込むと、俺は混乱しているマロンに話を掛けた。別に説明なんて後で出来るだろう。彼女は聖女だし効力の高い回復魔法を使える筈だ。


「混乱しているところ悪いが事態は深刻なんだ。腹を貫かれた者の救助をして貰ってもいいか。」

「は、はい。分かりましたノアさん。」


俺の言葉に冷静になったのかマロンは表情を硬くすると回復魔法を掛け始めた。混乱している筈なのに冷静になれるのは流石聖女といったところだった。彼女はバックに良い噂を聞かない宗教が関わっているようには思えない程真面目に見える。後ろで手招きをしている宗教さんに人格を歪められていても不思議ではないと思うのだが、違和感を覚える程少しも歪んだ一面を感じたことがなかった。ティアのように珍しく下ネタも言わない。そんな彼女と距離を取っているのはそうした気味悪さもあった。……意外と噂だけで彼女の後ろにいる宗教はそこまで悪くない宗教なのだろうか。うーん。今回は付いてきてないが、普段隠れて彼女にストーキングしてる神官が数人居る宗教は明らかに歪んでると思うんだがな。


回復魔法を掛け始めると一分も経っていないというのに、傷口や臓器がみるみる内に回復していく。同じ組にマロンがいて良かった。病床施設に負傷者を騎士団の何人かと転移させようとも考えたが、聖女の方が回復能力も高い筈だ。聖女じゃなければここまで回復は起きてない筈だ。予想が当たってよかった。


段々と時間が経てば冷静になるのか事態を把握し始める。騎士団の初めに教室で説明をした人はこちらに尋ねてきた。


「……一連の魔法は貴女のお陰か。ありがとう。貴女が居なければどうなっていたことか。」

「イエイエソンナコトナイデス。ホントウニタマタマデ………」


また目立ってしまったなと俺は大きく溜め息をついた。隣に居たマホのつららのように鋭い視線が辛かった。

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