第21話
どこかむず痒いような授業も終わり放課後。
今日は色々なことがあったのでティアとも帰らずさっさと家に帰って寝ようと思ったところ、玄関のところで急に手を引っ張られた。
「あなたがノアさんですか?」
「え?」
手の引っ張られた先を見ると白黒のメイド服姿のスレンダーな女性。可愛いというよりは美しく整った顔をしている。
この人と面識はない筈だが、一体何の用だろうか。
「はい。ノアといいます。」
「私はロゼルといいます。ノアさんが見つかってよかったです。……それでは、今から王城に来て貰ってもよろしいでしょうか?」
「王城?」
「はい。」
にっこりと微笑まれる。しかし逃がさないというばかりに、目は俺のことをしっかりと捉えていた。
王城とは、俺は何かしただろか。
……まさか、俺があのコート姿の男だとバレたか? そうだとすると、逃げないとやばい。でも、ノアと名乗ってしまった以上名前と姿はバレてしまったしな。
とりあえず、王城に運ばれる理由を尋ねることにした。
「王城って……私何かしましたか?」
「実は女王様がキャーロット王女様が最近よく話に出すノアさんを気になったようで。あまりキャーロット王女様には親しい友達が居なかったので、ようやく親しい者が出来たのかとその相手と親として顔合わせがしたいと。」
「なるほど。」
どうやらキャーロットが女王様によく俺のことを話していたから呼び出されたようだ。
コートを被った男だとバレている訳ではなかったようで、少し安心する。
確かにロゼルさんの言うようにキャーロットにはあまり親しい者が居なかったような気がする。別に嫌われているようには見えなかったが、王女だもんな。軽々しいことなんてしたら失敬に当たる可能性もあるし、あんまり親しくなろうとはしないか。
……あれ?
今思ったら俺とティアは結構キャーロットに軽々しいことをしていないか?
俺は男だから最悪男であることを知らせれば社会的には死ぬが、罪はなんとかなる筈だ。だけど、ティアは不敬罪になりそうじゃないか?
そう考えると意外とキャーロットは心優しいのかもしれない。
「それでは、こちらに来て頂いてもよろしいですか? 王城行きの馬車が置いてありますので。」
「はい、分かりました。」
ロゼルさんに付いて学園を出ると、少しして雑草が多く茂る人気が全く無いような場所にやってきた。草むらに隠れるように、そこには馬車が一台止まっていた。
しかし、馬車にしては思っていたほど豪華じゃない。
街でたまに見かける商人の方が馬車が大きく、装飾などが施されている気がする。王家は威厳を見せる為に装飾は多く施されるように思っていたが、意外と違うのだろうか。
「この馬車に乗ればいいんですか?」
「はい、この馬車にお乗り下さい。最近まではもっと豪華な馬車だったのですが、最近の化物騒動で目立つ馬車は止めておいた方がいいということになりまして、こういう馬車になっています。装飾を外しただけなので、乗り心地はいいですよ。」
「失礼します。」
馬車を怪しんでいたことに気付かれたのか、ロゼルさんにこの馬車の説明をされた。確かに今は威厳を見せるより、安全を考慮した方がいいのかもしれない。
座席に座ると、少ししてロゼルさんが馬を引いて王城へと出発した。
■■■■■
おいおいどうしてこうなった。
体にベッタリと張り付いて離れない幼児達。俺はおもちゃじゃないんだぞ。頬を引っ張ったり、頭を腹に押し付けてくるな。ドレス着てるから暑苦しいんだよ。
「もう、そんなに困った顔しないで下さい。そんな顔されると、妹達も困っちゃいますよノア様。」
「そんなこと言うならキャーロットが相手してくれ。一人でいいから、頼む。……ていうか、何で俺が子供達の相手しなきゃいけないんだ。キャーロットのお母さんが会いたいって言うから来ただけだぞ。」
「ふふっ。お母様は今重要な会議で来れないんですから、それまでは私の言うこと聞いて下さい。何なら、私の世話もしますか? 」
「やめろ。」
王城へ辿り着くやキャーロットに見つかった俺は、そのままキャーロットの妹達の相手をさせられることになった。ローゼさんに助けを求めたが、王女のキャーロットには何も言えないのか目を合わせようとしても避けられてしまった。
キャーロットはどこかご機嫌な様子で俺の頬を引っ張っていた子を優しく抱えると、歌を歌ったり子供の手を取って軽い遊びをして子供を喜ばせていた。
その微笑ましい光景はいつもの子供らしいキャーロットではなく、一人のお母さんのように見えて何ともいえない神聖さを感じた。慈悲深い、まるで聖女のような。キャーロットがお母さんになったら、こんな風になるのだろうか。
その様子をぼけーっと眺めていると、お腹に頭を押し付けていた子にお腹を殴られた。何か不機嫌なことがあったのかとその子の顔を見てみると、顔を見られたのが不思議なのか呆けた表情をしていた。何となく殴っただけなのか……?
まだ全然成長してないので痛くはなかったが、突然のことにぼんやりとした頭の中が少しすっきりとした。
「……にしても、こんな風に子供達の世話を二人でしているって、まるで物語に出てくるような夫婦みたいですね。」
「!?」
嬉しそうな何処か恥ずかしそうな。ぼんやりと顔の紅くなった彼女はいつもと違い大人しくて、その控え目に笑った笑顔にノアは少し見惚れていた。
どうしてそんなに優しそうに笑うんだ。
いつもの子供らしい能天気な笑みは何処へ行った?
それが一時的なもので済めばいいのだが、まるで戦闘している時のようにノアの鼓動はいつも以上に激しかった。
「ロゼルに聞いてここへ来ましたが、何をやらせているんですかキャーロット。」
「え? お、お母様?」
扉が開いたかと思うと、キャーロットと同じ金髪をなびかせながら入って来たキャーロットのお母さん。母の登場に見せるその顔はいつもの子供らしい表情にノアは口元を綻ばせると、彼女の母へ向かって頭を下げた。
「初めてお会いします。ノアと申します。わたくしめにお会いになりたいと申されたので、今日は参らせていただきました。」
「……顔を上げて頂戴。別にそんなに気を遣わなくて結構よ。今回は私用だもの。貴方がキャーロットの言ってたノアちゃんね。」
言われた通りに顔を上げると、間違い探しをするかのような真剣な表情で見つめられる。あまりに真剣な様子に俺は息を飲むと、整った細長いまつ毛に目が向く。力強さを感じさせるものがありながら、どこか心細さも感じる。不思議と孤独の少女が思い浮かぶと、その孤独の少女は水泡のようにふわふわと浮かぶと混じるように空に溶けていった。
「…………」
「…………」
「ちょっとノア様が困ってるじゃないですか。やめてくださいよお母様。」
「……あぁ、ごめんなさいね。ところで、キャーロットはノアちゃんのことを様を付けて呼んでいるのね。」
そう言葉を女王様は漏らすと、今度は軽く針のように目を細めて睨まれた。
キャーロットには注意していたが、男であるという要素を除くと王族の少女が一般的な少女に様を付けて呼ぶのは不自然だ。むしろ、普通は逆だろう。王族に対して様を付けるのが普通だ。
これでは、俺とキャーロットの間に何かがあるということを言っているのと大して変わらない。
どういう言い訳をしようか考えていると、キャーロットが堂々と口を開いた。
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