第20話

「それでは、先程の黒いコート姿の男を見た者も、見れなかった者も居るだろうが、これが彼の写真だ。」


ランネ先生が持ってきた紙が広げられ、黒板の半分を埋めるくらいの大きさに折られ、磁石によって貼りつけられる。

紙には俺のコート姿が大々的に写っており、顔がコートでギリギリ隠れているが、大まかな体格は直ぐに分かる。……そもそも、許可を取らずに勝手に撮った写真をこうも披露していいのか。


黒い謎のコートを着た男の写真により、一度静かになった教室は再び騒がしくなる。

キャーロットを含めいつも大人しめの女子達も、下ネタばかり発する女子達と共に興奮した様子で声を発する。そんな中、ティアは写真のコート姿の男を見た途端、隣の俺に座りながら覆い被さるように抱き付いてきた。


そして、肩の辺りにティアが顔を乗せる。


「……コートの男の人って、もしかしてノアちゃん?」

「え? ……いや、何で?」

「だって、この前ノアちゃんが抱き抱えてくれた時のコートとその男の人のコートがほぼ同じだし、それにこの前のコート着たノアちゃんと雰囲気が似てるから。」


心配そうな眼差しで、顔を見せるように体を斜めに傾けるティア。

どう答えようか迷っていると、脇の下から細い手が入り込み、そのまま後ろに強い力で引っ張られる。


「少し目を離した隙に変なことするのは止めてくださいませんか泥棒猫さん?」

「泥棒猫は貴方のことですよキャーロットさん。早く私のノアちゃんを返して下さい。」

「むー。……嫌です。」



ティアが俺の肩に頭を乗せたように、キャーロットの頭が俺の肩に乗る。

ティアとはまた違ったほのかに甘い果物の香りと、石鹸の匂いが合わさった匂いが鼻腔を擽る。嗅ぎ慣れたつもりだが、この世界の女性のフェロモンというのは前の世界と比べて濃く、簡単にクラっとしてしまう。



「一度落ち着けお前達。この男に興味があるのは分かるが、この男をもし見つけたら直ぐに学校か近くの騎士団に通報して欲しい。決して襲うなよ。団長を倒せなかった相手を怪我を負った状態で倒したのは、味方だったら強大な戦力の一つになるが敵側だったら最悪だ。自国の人間であるという確定が出来ない為、騎士団は警戒する方針で決めた。」

「………」


 そういうランネ先生はどこか顔がにやけていた。

 いつもの頼り甲斐はどこへ行ったのだろうか。腑抜けた顔をするランネ先生に生徒の鋭い視線が集中した。

    

 俺は俺でランネ先生を疑うように見ていると、俺の視線を遮るようにキャーロットの金髪が左右に揺れた。


「ランネ先生をそんなに見てどうしました? ……まさかとは思いますけど、ランネ先生に興味を持ったりしてないですよね?」

「え? いやいや全然ランネ先生のことは……」

 

 爆弾を落としやがったキャーロット。

 人参とはかけ離れたているのになんでそんなこと言うんだよ。しかも害悪なのは本気ではなく軽い気持ちで言っていること。

 俺が睨むと、悪戯がばれた子供のようにこちらを面白がるように見る少女。

 思わすほっぺたをつねろうかと思ったが、突然横から襲い掛かった無言の圧力に手が出なかった。


 

 怖い。

 ランネ先生のことは監視対象して注視していたが、別にそういう意味でじゃない。あんなに搾り取っておいてまだ信用できないのだろうか。……いや、沢山絞りったからなのか?

 

 有無を言わさぬようにじっとこちらを見つめてくるティア。目が真っ黒である。ハイライトが無いとはこのことか。


 そんなティアの右頬を優しく撫でた。

 双丘までとはいかないものの弾力があり柔らかい。

 撫でたと同時にティアの瞳に光が戻る。まるでスイッチを押した電球のように光の点いたそれに内心一息ついた。


「……ランネ先生のことを見つめていたのはそういう目的じゃないよ。……ぶっちゃけた話ランネ先生はあまり好みじゃないしね。ティアのように肉付きのいい女の子が好きだよ。後優しくてたまに甘えてくるちょっと愛が重い子がが。」


 耳元で囁くと、またもスイッチが切り替わったように情欲の目に変わっていた。思うがままにされた時とはまた一味情熱的な目。その視線がとてつもなくいじらしく愛らしい。ティアのことが好きだと間接的にだが伝えたからだろうか。

 ここが学校でなければ獣のように襲っていたかもしれない。


 最悪魔法を使って時を止めることは可能なのだが、不気味なランネ先生が近くにいる状態ではあまり使いたくない。最低でも半径十キロ以上は保ちたい。ランネ先生が俺の魔法を知っている理由を考えるには情報が少なすぎる。ランネ先生がどんな魔法や技術を持っているなんてわからないし、どういうことを考えているかもわからない。教えてと聞く気にもならないが。


 保身の為にもここはお預けの方がいい。

 ティアには悪いが我慢してもらうことにする。

 

 代わりと言ってはなんだが、ティアの片手を繋ぐことにした。

 俺の様子に少し残念そうな表情を見せたティアだったが、手を繋げることに妥協したのか不満はなさそうだった。


 これで一軒落着。

 と思いたかったが、もう一人いた。

 爆弾発言を落とした人参ことキャーロットである。


「ちょっといい雰囲気ださないで貰えますかノア様と泥棒猫さん。私もいるんですよ。」


 他の生徒を気にしてか俺ら二人にしか聞こえないような声の大きさだったが、目はさっきより真剣だった。どうやら除け者にされたのが嫌だったらしい。

 俺が人参の方に手を伸ばそうとすると期待の表情を浮かべるキャーロット。

 だが、俺は手の角度を瞬発的に変えキャーロットの緩んだ頬をつまむ。


 仕返しだと思ってキャーロットを見てみると、何故か嬉しそうな表情をしていた。

 そんな人参を不思議に思うと、羨ましそうな表情でキャーロットのことを見つめるティア。

 

 うん? どうして羨ましそうに見てるんだ。


 ティアを見て更に困惑するノア。

 二人に夢中でランネともう一人の少女に密かに見つめられていることに気が付いてはいなかった。



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