第18話
「………とりあえず乾かすか。」
周囲からのギラギラと光る肉食獣のような目に耐えきれなかった俺は、初歩的な魔法で温かい風を作り出し濡れたドレスを乾かすことにする。あまり魔法は人前で使いたくないが、背に腹は代えられない。一応、ドレスでフェイクしているがこのままじゃ喰われる気がする。
全身から暖かい風を生み出して、そのまま服の水分を取り除いていく。熱くもなく、冷たくもない人肌くらいの風は乾くのは遅いが、その分布団の中に居るような温もりを感じられて心地よい。
風の温もりに心まで温かくされていると、突然鍛えられた足が目の前に現れ、遠くまで蹴り飛ばされる。蹴り飛ばされた俺は、何とか受け身を取り、目の前の金色の髪を湿らせた少女を見つめる。
「……なんだか、勝負は終わったように感じてるけれど、まだ全然終わってないわよ? 貴女の体に少し興奮してしまったけれど、私はこの勝負に絶対に勝たないといけないの!!」
姿勢を低くし、体の重心を前方に掛けて加速するマホ。表情は硬く、こっちを一点に見つめてくる。そんな表情は、何処か寂しげにも見える。
稲妻の如く速さで地面を駆ける少女に、剣を前にして身構える。
刹那ーー
死角から大剣が牙を剥け、鋭く整えられた自身を曲線を描くように身を動かして襲いかかってくる。刃が触れるギリギリに気付いた俺はテレポートを唱えようと魔力を練るも、その前に大きな猛獣に肉を掠め取られる。
直後、血が空中を舞い、キラキラと宝石のように光と共に踊る。
空中から地へ落ちる頃、俺はマホから距離を取るために遠くへ転移する。そして直ぐに、降参の意思を示すためにも剣を地面に置き、左手を挙げる。右手は血を止めるのに精一杯で上げられそうにない。
ははっ。
やっぱり、剣を使った勝負じゃ勝てる気がしない。
所々魔法を使ったりして何とか食らい付いていたが、元の実力の差が大きすぎる。最初反応出来ていたのも、いわば奇跡みたいなものだ。
本気で魔法を使えば何とかなるだろうが、ここでは見せられない。
血が流れ過ぎたせいか意識が朦朧とする中、何とかその場で立つのを我慢していると、大きく張った声が遠くの方で響く。
「勝者マホ!! ーー両者位置について敬礼を……と言いたいところだけど、その傷じゃ無理ね。救助員、保健室へ運んでいきなさい。」
終了の鐘が鳴ると共に、白いナース服を着た大柄な女性が二人が担架を持って走ってくる。襲われるとか、犯されるとか、そういうことを警戒することを前に、俺は疲れから無防備に担架に身を預けた。
「ねぇねぇ、お母さん!! 私、勝ったよ!? 」
心底嬉しそうな表情で、甘え盛りな幼児のように母である騎士団長に飛び跳ねて、構って欲しそうにアピールをするマホ。普段の暴君からは考えられない可愛げのある様子。観客席も、騒然といった様子でマホを見ている。
「ーーーそうね。」
「え……」
そう、つまらなそうに告げると、土台を下りて帰る支度をし始める騎士団長。興味なんてないかのように、必死にアピールするマホに顔も向けない。褒めてくれるとでも思っていたのか、俺との勝負に勝ったというのにその場で崩れ落ちる。
気付けばマホの瞳は潤んでおり、少しはがり目が赤くなっている。表情も歪んでおり、今に泣きそうだ。
流石に可哀想。
そんな感想を最後に保っていた意識を落とそうとした瞬間、突如大地が大きく揺れる。
「グガガガガガァァァァァァァ」
大地を震わし、空に穴を空けるかのような咆哮に、本能か体が無意識の内に震え、心が恐怖で埋め尽くされる。
鳥達がバタバタと一斉に声とは逆方向に飛び立ったと思うと、遅れてそこらの木も枝や枝についた少しばかり虫に食べられている葉を左右に大きく揺らす。
思わず咆哮がした向きに顔を少し上げて覗いてみると、確かに奴が居た。3日前のダンジョンで出会った、あの化け物が立っていたのだ。ーーついでに、約三倍くらい体を大きくしている奴が。
落ちそうだった意識も、本能故か震え起こされる。
何故こいつがここに居る。
恐らく、俺は魔法で完全に彼奴を消滅させてやったから今ここに居る化け物は別個体だと思うがーー何故。
すると、俺を担架で運んでいた二人がその場で崩れ落ち、俺も担架ごと地面に落ちる。恐怖で気を失ったのか、直後二人のスカートの辺りからチョロチョロと暖かい何かが流れだし、水溜まりを作る。
浸かりたくない俺は、未だ血の止まらない腹を抑えながら咄嗟に担架から離れると、騎士団長が剣を腰から振り抜く。
「こいつが報告にあった化け物か。ーー少し報告よりもニ、三倍でかくなっているが、びびっていては示しが付かぬ。王国騎士団団長ーーいざ参る。」
一歩一歩大きく踏み出すと、音速の速さで化け物に戦車の如く突っ込んでいく騎士団長。体格差は考えるだけで可哀想で、約四百倍以上。死にに行くようなものである。
どんどんと距離を縮める騎士団長。風と舞うように華麗に縮めっていく様は、とても華美で神秘的な雰囲気を醸し出している。
ーーこれはやってくれるか……?
そう一つの希望を持った瞬間、突如化け物の口から一筋の光弾が放たれる。 放たれた光弾は雷のような物凄い速さで空気中を走るとーー騎士団長の膝を突き抜いた。
「ーーっ!! ほ、報告では魔法を使うなんて書かれて無かったぞ。糞がっ!!」
そう悔しそうに言葉を化け物に向かってぶつけるも、無慈悲に光弾を今度は何十も口から弾けるように放つ化け物。騎士団長は何とかして耐えてやろうと、大剣で身を守ろうとするも、あの筋肉だるまの膝を意図も簡単に突き抜いた弾である。結果は見えたようなものだ。
マホが残酷な未来を想像し目を伏せた瞬間、一人の黒いコートで身を隠した男が現れ、光弾と似た形の魔力の粒を光弾に向かって指から放つ。男が放った魔力の粒は光弾を弾くと、そのまま空気を突き進んでいき化け物の皮膚を一部貫く。体を貫いた魔弾に、化け物は三十メートル近くある顔を歪ませる。
「グガガガガガァァァァァァァ」
二度目の化け物によるとてつもない咆哮。
今度は水中にまで届いたのか、水中を泳いでいた鯉達は咆哮が響くと共に空中を舞い、ピチピチと地面を跳ねる。大地も世界の滅亡を告げるが如く激しく揺れ、大地の上に生きている動植物を揺らし、その場で立っていることすら厳しくなる。
「
男が何か呟くと共に、三百メートル以上ある化け物と同じくらいの巨大な魔力の玉が男の目の前に現れる。とてつもない魔力の玉は化け物の咆哮と同じように、周辺の大地に大きな亀裂を作り出し、大気までも震撼させる。
突如現れた圧倒な魔力の玉に、化け物は畏怖の念を抱き、悪戯がばれた子供のように必死に逃げようとするも、巨体が故にスピードが乗るまで時間が掛かる。
逃げようと慌てた様子で重そうな脚を動かす化け物の背中を魔力の玉は捉えると、化け物と一緒に体全体を弾けさせ、直後日食のように辺り一面が常闇に包まれる。
何が起こってるのかわからないと、目の前で起きている謎な現象目で追っていた人々は常闇に包まれとてつもない大きさの魔力の玉と化け物がどうなったのか目視出来なくなる。
常闇に包まれ、約五秒くらい経った頃。
世界から光が再び戻り始め、常闇が徐々に晴れていくと、そこには化け物と魔力の玉は跡形もなく消え去っていて、化け物が本当に存在していたのかと一部錯覚に陥る。
慌てて黒いコートを被っていた男と思われる人物を探そうとするも、男の姿も無くなっている。
突然現れ、自分達を救ってくれたかと思うと、再び姿を消す黒いコートの男。まるで、
そのクールで謎の多い男の存在に今度はうっとりとした表情でニヤつくと、男が居たところに血で出来た水溜まりがあることに気が付く。
「ーーま、まさか!? ち、血を流しながらの化け物と戦っていたというのか!?」
騎士団長が心底驚いた表情でそう叫ぶと、意識を何とか保ち一部始終を見ていた人々は沸き上がる。
傷を負いながらも、圧倒的な力で助けてくれた格好良い男。
ミステリアスで、独特な雰囲気を持った不思議な男性。
そんな女性達の様子に体を僅かに震わせながら、こっそりと傷を魔法の力で治したノアは、疲れきったこともあり落ち着きを取り戻した木の影で寝ようとしていた。
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