第8話

「もぉ~視線を逸らさないで下さいよ。私のことも強く引っ張って下さい。」

「……上機嫌のティアに引っ張って貰ったらどう?」

「こんな人に引っ張られたら腕千切れちゃいますよ。ノア様に私は引っ張られたらたいんです!!」

「どうして私じゃないと駄目なの?」

「ノア様がノア様だからです!! 」

「……本当に千切ろうかな。」



わざわざ視線を逸らし腕を離したというのに、抱えるように腕を捕まれ引き戻される。


そして引き戻したキャーロットはそこまでして腕を引っ張って欲しいのかと思うくらい俺の肩をブンブンと揺らしながら、俺に腕を引っ張られようと何度も目を潤ませながら視線を合わせてくる。

その行為は、ダンジョンのデコボコした地形を歩いている時となると目線がキャーロットに固定され、下が見えない為非常に危ない。

日常でも酔ってしまいそうなので嫌だが、ダンジョンだとより危険だ。

先程沈むようにして微かに聞こえてしまったティアの過激な発言も気になったが、とりあえず俺はこの危険行為を止めることにした。



「流石にダンジョン内だから、目を合わせるのは止めない? このままだと、躓いて転んじゃいそうだよ?」

「……それって、ダンジョン外ならいいってことですか!?」

「いや、そういう訳じゃ……」

「ノア様が躓いたとしても、私が転ぶ前に助けるから大丈夫ですよ。王女として瞬発力だけはありますから。」


キャーロットの発言に少し違和感を覚えたが、王女だから何か特殊な訓練でもしているのだろうか。

これといった理由もなく勘だが、俺と目を合わせたまま引っ付きたい為に、適当に思い付いた理由を言っただけな気がするがどうなのだろうか。



このままじゃキャーロットのペースに持ち込まれそうだと思ったが、そこに待ったを掛けたのはティアだった。


「私は止めた方がいいと思うな。今まではスライムしかあの大きな広場以外出てきてないけど、あの広場の化け物を見るとスライム以外の魔物がいても可笑しくないと思うし、強い魔物が現れた時危ないよ。」



確かにティアの言う通り、今まではあの化け物を除いてはスライムしか出てないが、またあの化け物のような奴があの広場の奥へ行かなくても出てくる可能性もある。さっき通った道だから大丈夫かと思ったが、ティアの意見は否定しにくい。あんな化け物が存在するダンジョンだ。こんなダンジョンで気を抜くことは、自殺行為と同じ意味になる。


流石にキャーロットもティアの意見を否定出来なかったのか、渋々といったような感じで俺と目を合わせるのを止める。その分、俺の腕に逃げられないと思う程強く抱き付いてきたが、さっきよりはマシだ。




キャーロットに顔が強制的に合わせられることも終わり、これでやっと一息つけるかなと思ったが、耳をよく澄ますと引き戻している前の方からどんどんと足音が近付いて来るのが聞こえる。

どんどんと足音が大きくなっている辺り、こっちに近付いて来ているのだろうか?


足音がする辺りスライムではない魔物が近付いて来ているのかもしれないと警戒を強める中、まだ気付いていないのか特に警戒する素振りもなくどんどんと歩み続けるアンナとリーナ。


足音にもしかして気付いていないのだろうか。

それとも、何かしらの考えからわざと気付かない振りでもしているのだろうか。


何かしらの考えはあるかもしれないが、ただ気付いていないだけだった場合急に現れた魔物に遅れを取る可能性があるので、俺は前の二人に声を掛けーー



「お前達無事だったか。会えて良かった。」



そう言って、丁度俺達の前で止まるランネ先生。

ランネ先生の透き通った青色の髪の形が崩れているところを見ると、さっきの足音からして俺達を探しに走って来ていたのだろうか。



「先生、怖かったです。」

「先生に会えて良かった……」

「先生、実はさっき巨体の化け物が現れて、ノアが倒してくれたんですが、またあのような化け物が現れると思うと怖くて……」



一見さっきの化け物からの恐怖は無くなっていたと思っていたが、実際はそんなこと無くまだ心に深く残っていたらしい。

またあのような化け物が出てくるのかという不安が、先生が現れたことにより無くなったことで、さっきの戦いで溜まった恐怖と不安が流れ出すかのように出ていき、それらの感情からか俺とティアとキャーロット以外の奴等は先生に抱き付いている。



先生が現れたことでこいつらも俺ではなく先生に抱き付きに行くのかなと思ったが、そんな淡い期待通りに物事は動かなかった。寧ろ、こいつらは先生に皆が抱き付いているところをチャンスに、こっちに目が向かないことを利用して、俺にボディタッチを仕掛けて来ている。流石に下半身が触られることは無いが、右肩がティア、左肩がキャーロットと言った具合で、俺の体に抱き付いて体を擦り付けてくる。さっきから当てられている柔らかい感触に、鋼のメンタルを持つ俺も流石に体が火照ってきてしまっているが、俺は必死にそれを抑える。そんなことをしてしまったらこいつらの思う壺だ。それを理由に、俺は襲われてしまうだろう。



「先生が居るから安心しろ。…ノア、お前がそっちの班に居て良かった。黒薔薇の魔法で倒すなんて、流石はノアの魔法だ。……というか、そっちでも巨体の化け物が出たんだな。実は、先生の方でも巨体の化け物が出てきてな。普通のダンジョンじゃないと思った私は、一度引き返そうと声を掛けに来たのだ。あんな巨体な化け物が居るダンジョンを、これ以上探索するのは危険だからな。一度引き返してきてくれて良かったよ。それじゃあ、一緒に引き返そう。」



先生の言う通りならば、彼処で一度引き返すという選択をしていなくても、結局は先生に会うことが出来たの……か?


ティアとキャーロット以外の女子達を落ち着かせている先生を、俺はまだ信用することが出来ずに、鋭く睨み付けていた。

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