第9話
「それじゃあ、そろそろ他の奴等を入り口で待たせてるから帰るぞ。……先生も皆に付いて行きたいところだが、皆は先に行っていてくれ。さっき皆が居たところに軽い結界を張ってくる。最悪魔物が奥の方から入り口の方へ走って来たとしても、多少の足止めをしてくれるだろうからな。」
「先生と離れたくないです!! ……一緒に行きましょう? 先生が結界張るの見守るので。」
「いや駄目だ。万が一私が奥へ行ったときに化け物が現れたら、私はお前達を守れない。それに、私が先に付いていたグループの奴等が心配だ。だから、早く入り口へ戻れ。先生も後で追い掛けるから安心しろ。」
「先生……」
俺に纏わり付く二人を除いた女子達に先生が抱き付かれて一分も経たない頃。
不安と恐怖で目元を軽く濡らしている女子達を振り切り、結界を張りに行くと言って、俺達がさっきいた奥の方へ目で追うのがやっとくらいの速さで奥へ駆けていってしまった。止めようともう一度声を掛けようとしても、声の届く距離にはもういない。先生が居なくなったことに女子達は、不安そうな表情で先生の走って行った奥をただただ見つめた。
先生が居なくなったということをあまりまだ認識しきれていないのか、呆然とその場で立ち尽くす時間が十数秒続き、どんよりとした雲のように暗くなった空気が出来上がる。
俺は今の先生が居なくなったところで、別に不安になる訳でもないのでこの空気はかなり気まずい。皆が不安がっているのは、表情を見れば分かるのだが、何を考えているのかや何をすればいいのかまでは分からない。
盛り上げればいいのか、元気付ければいいのか。
勿論、俺は極力目立ちたくないのでそんなことする訳ないのだが、だからこそ周りと合わせるように思ってもいないのに不安げな表情をすることしか出来ないこの空気は俺にとって最悪だ。
……いっそのこと、この気まずい雰囲気の中もボディタッチを続けられる二人のように俺はなってみたい。
二人のボディタッチを耐えながら不安げな表情をし続けるのはいつになったら終わるのかと考えていると、 力の無い消えてしまいそうな声で誰かがそっと呟いた。
「……待っているのも無駄ですし、入り口へ向かいましょう。」
そう言って、ゆっくりと辺りを見渡すアンナ。
先生が来るまでここで待ってようと思っていたのか、アンナを見て驚きのような顔がそれぞれに浮かぶ。
しかし、アンナが声を上げたことにより、先生が居なくなってから何も進展の無かった状況が動き始めた。
「アンナの言う通りだな。先生が何時になったら帰って来るか分からないし、先生の言う通り入り口へ戻って彼奴らと合流した方が良さそうだ。それに、先生がここに戻ってくる前にあの化け物のような奴が来ないとは限らない。ここは先生の言う通り、一度戻ろう。」
ヌーナの言葉に頷く女子達。
やはりヌーナは発言力と行動力がある。
男勝りの性格のヌーナは下ネタを好み日常茶飯事使うので、あまり好きじゃないが、こういう時は本当に頼りになるし、考え方も俺とそこそこ似てるお陰か意見が同じことになることが多いので、共感しやすい部分が多い。
何でこの世界の女子達は下ネタばかり言うのだろうか。
それさえなければ、スマホなどのツールがこの時代には無いことから、この世界の女子は純情で可愛いらしいのに。
まぁ、そんなどうしようもない石に灸なことは置いておいて、俺もヌーナの指示に従って今まで無理矢理作っていた不安げな表情を止め、入り口へ向かって歩き始める。
そうしたら、二人はボディタッチを止めて俺の両腕に片方ずつ抱き付いてきた。もう抱き付かれることには少し慣れて来たが、この二人俺に抱き付いていることが訝しく思われないようにか、さっき俺がしていたような不安げな表情を作って抱き付いて来ている。
その為か、さっきのように遅れるなのような注意喚起のようなヌーナの言葉が飛んでこなくなってしまった。地味に頭が回るのは何なんだ。舌をちょっと出して、魔性を感じさせる意地悪そうな笑みを浮かべているのは可愛いくて一瞬惚気を感じさせられてしまったが、これを可愛いと認めてしまうとこいつらのことが好きになってしまいそうだ
それは駄目だと。
まぁ、別にもはやそれでもいい気がしてきたが、とりあえずその感情がこいつらへ向かないように必死に抑える。
この世界の女は、この男が少ない為か男に好かれようと本能が働いていて、男に好かれるような顔立ちになっている。まぁ、簡単に言うと美少女が多い。それに、この世界の男は消極的であまり異性に対して何も好意を抱かないことから、もし男からの好意が向けられた時の為、その好意に気付く為に好意を感じとった瞬間に本能でその男が好意を持ったことが言葉で伝えなくても女は分かってしまう。
こいつらに好意を持った瞬間、俺は自信を持ってこいつらに襲われるだろう。流石にそれは嫌だ。やるとしても、俺はロマンチックな雰囲気で事を成したい。
「……そういえば、ノアは結局このダンジョンを一度出てからの予定とかってあるのかな?」
「……何で?」
「もしなかったら、一緒に食べに行かない? この様子だと丁度終わるのは、お昼の辺りになりそうだし。私が奢るしさ、ね?」
もう片方の腕を両手で離さないように抱き締めているキャーロットに聞こえないように、俺の耳に口を近付けて意識しないと聞こえないくらい小さな声で昼食の誘いをするティア。顔は丁度角度的に見えないが、ちょっとトーンの低い声だった為、不安がっているのだろうか。俺としても今日はダンジョン攻略が無いと思っていたので、いつも持ってきている弁当が無い。その為、何処か適当なところで食べようと思っていたところだ。奢らせる気はないが、行ってみるのもありか。
「丁度何処かで食べようと思っていたし、別にいいよ。でも、私に奢るのは無しね。友達だし。」
「え? 女として、奢らせて欲しいよ。」
「……高いのは駄目だよ?」
「うん。分かった!!」
ぼそぼそと耳の中にティアの息が入って来てむず痒い。
俺もキャーロットに聞こえないように、ティアの耳に近付いて喋っているから、ティアもそう感じているのだろうか。
そう思うと、少し恥ずかしくなる。
最後のティアの声は少し弾んでいたが、昼食に誘えたことが嬉しかったのだろうか。角度的に顔が見れないのが悔しい。
ちなみに、ここは前世と男女の価値観がほぼ真逆になっている為、前世では男が女性を誘うことが定番だったが、この世界では女性が男を誘うことになっている。少しでも誘って、男からの評価を上げようという考えかららしい。今のティアの発言も、それに基づいている。
まぁ、正直前世の記憶を持っている俺からしたら違和感しかない。
郷に入れば郷に従えと言うし、素直に奢られることした。
「ちょっと!! 二人だけで何こそこそと会話してるんですか? ずるいです。何を話してたんですか? 私も混ぜてくださいよ。むしろ、ティアさんは何処か違う人と話してて貰っていいですよ? その間、ティアさんの代わりに私がノア様と会話をするので。」
「確かにそうだね。キャーロットだけ、一人にしちゃったね。ごめん。」
「謝らなくていいですよノア様は。でも、私も混ぜてください。」
俺とティアが会話していることが、キャーロットにバレた。
流石に耳に口を近付けるのを互いに何回か繰り返していたら、普通に分かってしまうか。
内容までは悟られていないので、良しとしよう。
キャーロットに内容を言って一緒に食べに行ってもいいが、こいつの場合は次女であるものの王女な為存在するだけで目立つ。食べている時に、王女の食事相手は誰なんだとじろじろ見られるのは嫌だし、何かティアに怒られそうだから止めた。
歩き始めてから何も魔物が出てこないまま数分。
このまま何も出てこないといいが。
引き寄せの法則に従ってあまり魔物が出ることは考えたくないが、やはり俺の疑いは晴れない。
どうしてさっき走っていった先生は、俺が魔法を使ったところを見てない筈なのに、俺が黒薔薇の魔法を使ったことが分かったんだ?
疑いの目で、先生が走っていた奥の道を睨み付けた。
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