第7話


「……そろそろ私の腕から離れてくれない?」

「胸に抱き付いてもいいなら大丈夫ですよノアちゃん。」

「抱っこさせてくれるならいいですよノア様。」

「……やっぱり何でもないです。」


通ってきた道をを再び戻っている途中。

アンナとヌーナに指摘されて俺から一度離れてくれたと思ったのだが、広場から狭いじめじめとした湿っぽい道に入った瞬間、一度離れたのは何なんだと思うくらい俺を争うようにティアが右手にキャーロットが左手に豊満な胸を押し付けながら離すまいと抱き付いてきた。

……腕は幸せだが、いくらか暑い。

ただでさえ狭くて暑苦しいというのに、横幅ギリギリまで詰めながら歩いていたら余計暑くなるに決まっている。


だから離れてくれるようにお願いしたのだが、返ってきたのは余計暑くなりそうな要求。この反応からすると、考えたくなくても絶対俺が男ということがバレている。女子同士の会話でこんな会話しないだろう。



「ノア様。今回のダンジョン攻略が終わったら一緒に何処か遊びに行きませんか? この人は除いて。」

「キャーロットさんの言うことなんて聞かなくていいですよ。それに、キャーロットさんと遊びに行くなら、私と行きましょノアちゃん。」

「……キャーロットさんは王女なのですから、私に様付けは止めて欲しいです。後、悪いけど遊びには行きません。」

「ノア様はノア様ですよ!! ……でも、どうしても嫌だって言うなら私のことを最後に様を付けないでキャーロットと言ってください。」

「……キャーロット。」

「ーーっ!!」

「ーーノアちゃん?」



俺がキャーロットの名前を口にした瞬間、右から冷たい視線が飛んでくる。それに少しばかり、俺の腕を掴む力も強くなっている気がするのは俺の気のせいだろうか。

左ではキャーロットがにこにこと頬を赤らめて、鼻歌を歌い始めそうな程幸せオーラを撒き散らしているのに、左と右で温度差が激しい。


名前を呼んだのがいけなかったのだろうか。

でも、ただ名前を呼んだだけだ。名前を呼ぶことが、そんなにティアの態度を急に悪くした原因と言っていいのか?


後が怖くて聞き返せないでいると、ティアが耳元に顔を近付けてきた。



「……ノアちゃんのことをノアって呼ぶので、私のこともティアって呼んでくれませんか?」

「え? いや、別に今のままでもいいんじゃないかな?」

「……ノアちゃんのことをノアって呼ぶので、私のこともティアって呼んでくれませんか?」

「うん?」

「……ノアちゃんのことをノアって呼ぶので、私のこともティアってーーー」



真剣な表情で同じ言葉を何度も繰り返すティア。

この様子だと、俺が言うことを聞くまで終わらないのだろうか。

言葉遣いを変えると他の人にも男であることがバレる可能性が増えるので嫌なのだが、バレたらキャーロットに頼み込んで抑え込んで貰おう。 王女だしいけるだろう。


真剣な表情でこちらを見つめるティアの耳元に口を近付けた。



「え、ノ、ノアちゃーー」

「ティア。」

「ーーーもう一回お願いします。」

「……ティア。」

「ーーーっ。」



風船の中の空気が一気に外に出るように、凄い勢いで顔を紅くして顔が見られるなが嫌なのか顔全体を手で覆うティア。隠そうとしているのだろうが、隠せていない熱を帯びた真っ赤なお耳を可愛いと感じると、俺の頬がツンツンとつつかれる。


ティアの方から慌ててつつかれた方に目を向けると、不満そうに頬をリスのように膨らませたキャーロットが口を開いた。



「私も耳元で囁くように名前を言ってください。」

「え?」

「ティアラさんだけずるいです。私にもやって下さい。」

「……」



上目遣いで瞳を潤わせながらこちらを見つめるキャーロット。

美少女の上目遣いというものは忍耐力をかなり削ってくるもので、俺の鋼のメンタルがどんどんと壊れていく。顔の整っていない人がやると気持ち悪く感じてしまうが、美少女がやるとこんなにも削られるのは何故なのだろうか。


ちらりと、バレないように横目でティアを見る。

顔を手で隠しているのでよく見えないが、目が逝ってしまっている。

恍惚とした表情で頬をこれでもかと緩めながら、ふしだらなことを妄想しているのか蕩けた表情でにやけているティア。その姿は妖艶で何かそぐぞくと背徳感の湧くものがあるが、明らかに人目に見せてはいけない顔となっている。


自分で意識はしていなかったが、耳元で囁くように名前を呼んでいるように聞こえたのだろうか。ティアがこうなった以上、耳元で囁くことは非常に危険だ。キャーロットは一応王女様。そんな相手をこんな顔にしたら、王家に責任取れとか言われ無理矢理結婚させられそうだ。



お上品な相手が居たとしても、流石に王家は嫌だ。

絶対的権力者と毎日過ごすとか絶対に安心して寝れない。

キャーロットの上目遣いでメンタルにひびが入っていくが、絶対に首を縦には振りたくない。



首を巧みに動かして何とか目を合わせないようにしていると、前から助けの声が聞こえた。



「……三人でイチャイチャするのはいいけど、遅れるなよ。」



そう言って、一度振り返り俺達三人を見つめるヌーナ。

ヌーナが止まったことで、他の人も自然と後ろを振り返る。

二人の対応で全然気が回っていなかったが、前の下ネタ軍団と比べると俺達はかなり距離が空いていた。恐らく、二人に抱き付かれていたり名前についてやり取りをしていたからだろう。

まともに考えることや足を動かすことが出来なさそうな未だに顔の逝っているティアの腕を引っ張って、下ネタ軍団へと小走りした。



「えへへ。ノアに腕掴んで引っ張って貰えた。」

「ちょっと、えこひいきは良くないと思います!! 私のことも引っ張って下さい!! 力強く!!」

「………」



更に顔が緩み状態の悪化したティアに、今度は逃がすまいと肩まで掴んでこちらを再び上目遣いで見つめるキャーロット。力強くやって欲しいということは、キャーロットはエムなのだろうか。生憎、俺は人を苛めるのに快感が持てないのでやりたくない。


変なことを言い出したキャーロットをジト目で見つめると、その場でくねくねと顔をティアのように緩めながら、こっちを恍惚とした表情で見つめてくるキャーロット。


ジト目で見られるとキャーロットは嬉しいのだろうか。

いや、考えるのは止めておこう。


収まりがつかなくなった二人に疲れた俺は、一度頭をリセットするために二人を視界から外した。


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