第6話
「早く退いて貰えますかキャロットさん。ノアちゃんが嫌がってるので。」
「別にノア様は嫌じゃないですよね? ……それに、私の名前は人参じゃないですよ? キャーロットです。そんなことも理解出来ないんですか?」
「……二人とも離れてくれませんか?」
意地悪そうに言うティアに、嫌みっぽく返すキャーロット。
二人は表情こそ落ち着いているが、並々ならぬ雰囲気を感じさせている。
……どうして、この二人は俺を挟んでさっきからこんなやり取りをしているのだろうか。
先程から俺の胸に頭を擦り続けるキャーロットに、それに便乗してか膝の近くに抱き付いてくるティア。胸に頭を擦り付けられると何処かこそばゆくて、くすぐられている気分になる。それに、ティアが誘っているのかと思うくらい密着して抱き付いてくるので、そのティアの持つ豊満な胸が俺の膝に当たっている。温かくて柔らかい感触に、俺の顔は自然と熱を帯びる。
抱き付かれるのは別に嬉しいのだが、こうも突然やられると恥ずかしい。
それに、この雰囲気はよくない。
洞穴ということもあって薄暗いせいか、妖艶な雰囲気が二人からは溢れでていて貞操の危機を感じる。
据え膳食わぬは男の恥というが、俺は誰でも貪るような肉食系じゃない。
それに、前世の女性ならまだしも、性欲に欲を特化したこの世の女性を相手して耐えきれる自信がない。
またもや、二人や三人なんて相手していたら俺が干からびて死ぬ。
「二人ともそんなに顔を紅らめてノアに抱き付いてどうしたんだ?」
「……そうですわ。少し可笑しいですわよ。」
二人ともまだ俺が男だと言うことに気がついていないのか、俺の体にすりすりと体を擦り付けるキャーロットとティアを不思議な物を見るかのような表情で見つめる。
ヌーナは特に俺に対して態度が変わった訳ではないが、アンナは俺の使った魔法に対して恐怖を持ったのか態度が少し冷たい。
魔法について触れないのは、彼女達の優しさだろうか。
二人に見つめられた直後、キャーロットとティアは二人で確かめ合うような視線を交わし、何事もなかったかのように咄嗟に俺から離れる。
今さっきまで俺を挟んで喧嘩をしていた二人が、長年を共にした親友のように息の合った様子で、何も言葉を交わさず表情だけで確認し合ったのに俺は驚く。
何か、あそこまで息のぴったりと合った行動を二人にさせる目的のような物が二人にはあるのだろうか。
俺としては一度二人が離れてくれたことに安堵するが、一瞬の間に何を確かめ合っていたのか俺には教えられていないことに、少し寒気を感じる。
何を確かめ合っていたのか気になるが、尋ねたところで確認し合っていた内容とは違う内容を言われそうなので、俺は二人が確認し合っていた内容を知るのを諦めた。
「ノアちゃんの魔法って凄いんだね。少し怖かったけど。」
「どうやったらあんな魔法使えるようになるの?」
「私もあんな魔法使ってみたい。」
立ち上がると、下ネタばかり言う女子達が俺に近付いてさっきの魔法についての感想を述べる。
正直あんな魔法使ったのだから、アンナのように冷たい表情で見られるのかと思ったが、この反応を見るにそこまで恐怖心は持たれてないようだ。
ヌーナも特に恐怖を抱いている様子は無かったので、恐怖抱いたのはアンナの一人だけか。アンヌ以外が先程膝をガクガクと震わせていたのは、俺の勘違いで、俺の魔法じゃなくてあの化け物が倒れたことで気が抜けて起きたものだったのだろうか。
とりあえずあまり恐怖心を抱れてなかったことに安心すると、ヌーナが息をわざとらしく立てて一度場を整えた。
「あの化け物はノアが倒してくれたが、この先はどうする? 一度引き返って逆側に行っている先生に報告し、先生から新しい指示を貰うか? それとも、このまま引き返さずに奥まで進むか?」
俺が倒したとはいえあんな化け物が現れたからか、表情を少し硬くして俺達に尋ねる。
ヌーナの問いに一度口を閉じ、俺達は考える。
俺としては、一度引き返して先生から新しい指示を貰いたい。
今まではスライムしかあの化け物を除いて出て来ていないが、このまま奥へ行くとあの化け物クラスの魔物が現れる可能性がある。俺の魔法なら対抗することが出来るだろうが、あんな規模の魔法を連発して撃っていたらそれこそ本当に化け物認定されかねない。その為、一度使ったらあの魔法は長い間使えないということにして、俺の恐ろしい印象を少しでも柔らげたい。俺の力を除いたとしたら、奥へ行くのはかなりリスクを負うことになるだろう。
俺の意見としては引き返す一択だ。
他のメンバーはどうだろうか?
少し時間が経つと、女子集団の中でも特に考え方が甘い一人が口を開いた。
「皆はどうか分からないけど、私はこのまま進みたいな。だって、結局このダンジョンの魔物をほぼ全部倒さないと帰れないし、引き返さずに奥にいる魔物を今の内から倒した方が早く帰れるでしょ? それに、あの化け物なんてもう出てこないよ。」
早く帰れるという言葉に、強く魅力を感じる。
こんなダンジョンなんて本当は攻略せずに、一秒でも早く帰りたいのだ。
しかし、彼女の言っていることは楽観的で確証がない。
あれと似たような化け物が出てこないという保証は何処にもない。
今の内から魔物を倒していけば早く帰れるのは確実だろうが、このまま進んてしまえばリスクが伴う。
早く帰れるという言葉に場は彼女の言う通りこのまま進もうという空気になったが、アンナがその空気を止めた。
「……確かに、このまま引き返さず奥を進んだ方が効率的で短時間でダンジョンの魔物を倒すことが出来ると思うけど、あれと似たような化け物が出てこないなんてことははっきりと言えないわよね? ノアがあの規模の同じ魔法をまた唱えられるなら大丈夫だと思うけれど、そうじゃないとかなりのリスクを伴うことになるわ。 ノアはさっきと同じ魔法は唱えられるの?」
「……魔力の消費が激しすぎて、一回唱えられるかギリギリです。」
「ーーーそうなると、やはり不安要素が強いわ。命を落としてまで急ぐ必要なんてないから、一度ここは引き返しましょ。」
はっきりと力強くそう述べるアンナ。
アンナの言葉に納得したのか、先程述べた彼女は何も反論せずに首を縦に振って頷く。
他の皆も、アンナ同様に首を振って頷く。
やはり大事なのは自分の命なのだ。
俺も同じような考えなので首を縦に振って賛成の意を示した。
「それじゃあアンナの言う通り、一度引き返して先生のグループと合流するぞ。」
化け物が現れたことによって戦場へと化した広場に背を向け、先程歩いてきた道を再び戻ることに。化け物が現れたことにより天井の水晶が多少欠けたり粉々になっていたりするが、壁から流れるチョロチョロとした透き通った水が床に落ちた水晶と同化し、先程とはまた違う幻想的な景色を作り出していた。
幻想的な景色に思わず夢中になって、この景色を記憶として植え付ける俺。
しかし二人の熱の籠った視線に俺は気が散ってしまっていた。
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