第5話

キャーロット王女視点です。


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襲い来る見たこともないような巨体な化け物。

近付く物を威嚇するように生えている巨大な角に、全てを噛み千切るような鋭い牙。

あんな化け物が王城を襲ったとしたら、いくら王城だとしても一瞬で壊されてしまうだろう。

そう思う程目の前の化け物の体は大きく、物凄い魔力を秘めていた。


ーー早く逃げなければ。


しかし、私の脚は全く言うことを聞いてくれず震えることしか出来ない。

力を入れようとしても、全く思い通りに動く気配がないのだ。


そんな私を見て好機と思ったのか、私に狙いを定めて一直線に向かってくる化け物。見逃してなどくれない。


どんどんと迫りくる化け物に、私はここで死ぬのかと頭の中が絶望で一杯になった瞬間、何処からか魔法が唱えられた。



黒薔薇の渦巻く漆黒の天くろばらのうずまくしっこくのてん



その魔法が唱えられた瞬間、化け物の上に全てを奪い尽くすような漆黒の闇が現れる。見ると吸い込まれそうな、気味の悪い闇。


少しすると、そんな闇から気味の悪い黒色の薔薇が化け物の上に降り注ぎ、次第に化け物の体を覆い尽くしてしまう。見たことのない魔法と現象。王族の一員として、その様子を私は怖くありながらもしっかりと見つめた。



「…え。」



何とか恐怖を感じながらも、出した自分でも聞こえるか分からないような小さな呟き。

黒薔薇に化け物が包まれた数秒後。

みるみる内に化け物は小さくなっていき、ある程度小さくなったところでぱっと消えてしまった。

化け物の居た場所に残るのは、黒薔薇の花びらのみ。

その黒薔薇も、雪が水になるように気付けば全て無くなっていた。



理解不能な出来事に、本当に化け物は居たのかという錯覚に陥ってしまいそうになる。

怖い。

頭が壊れてしまいそうだ。



恐怖からか、勝手に流れていく涙。

王族として、弱いところはこれ以上見せてはいけないと涙が出ないように必死に堪えるが、自然と情けない声と共に塩気の強い水滴が頬を伝っていく。



「……怖がらせてごめんね。」

「ぐすっ… ぐすっ…」


そんな私の元に近付いてきて、地面に膝を付いて優しく私の髪の毛を撫でてくれるノアさん。彼女とは接点があまり無く友達とも言えなかったけれど、心が壊れそうになっている時に優しくされるとつい彼女の優しさに甘えてしまう。


一回、二回、三回……優しく髪を撫でられるに連れて、私の恐怖心は水で洗い流されるように無くなっていき、次第に言い表せないような中毒性のある幸福感に包まれる。


あぁ……このまま身を任せてしまいたい。

家族でもないのに、私はノアさんの妹のように甘えた。



「んー 次は背中もやって欲しいです。」



男のように胸の小さい彼女の胸に私は飛び付く。

その勢いで胸に頭を擦り付けてみるが、胸がない。

いや、正確にはあるのだが脂肪の塊とかそういうのではなく、蕩けてしまいそうなドレスの上からでも分かる引き締められた筋肉だったのだ。


まさかと思い試しに匂いを嗅いでみると、女にはない豊満な脳を刺激する甘い匂い。女のような甘過ぎる気持ち悪い匂いではなく、フェロモンを感じさせる本能が求める匂い。



これが男という奴なのだろうか。

王女である私でも見たことのない男という存在に、私は過去最高に興奮してしまう。

再び頭を擦り付けると感じるのは、引き締められた硬い筋肉の感触。

脂肪だらけの女と違い、何処からかやってくるとてつもない安心感。

男の体を少しでも長く味わいたい私は、ノア様の鍛えられた体をがっしりとを掴んで貝のように張り付く。



この国の人口は四百万人。

男女比は一対千なので、男は約四千人居る。

しかし、四千人といっても男性との出会いは一生に一度も無い人も多い。


女性の性欲が強すぎて、女性に対して男は恐怖心を抱いている為、女性が居る外には出てこず大多数の男が家に居るのだ。それ以外にも、男の子を生んだ母親が幼い頃から自分好みの性格にその男の子を育てる場合も多く、将来自分の子とその母親が結婚をする為、街を男が歩いているなんて展開は物語上の出来事。


幸い、魔法を使うことによって子供を授かることが出来るので王家の血が途絶えるということはあり得ないが、だからといって男が要らないかといったらそうはならない。子孫を残す手段がない以上子を身籠る魔法は強く開発され、今も発展しているけど、結局は偽物で自身を基にしたクローンのようなだけあって年々人類全体の力は弱まっている。




誰だって男とイチャイチャしながら屋根の下で仲良く生活したいのだ。

金や権力よりも必要なのは男だ。

それに、男性と営んで子供を授かった方が産まれて来た子供の魔力が多くなる。



そんな男と出会えた奇跡。

まさか身近にいたノアさんが男とは思わなかった。

絶対にこのチャンスを物にしたい。

しかもノア様は私のことを助けてくれたり、優しく慰めてくれて、本に書かれている性格の悪い自分勝手な男とは違って、とても優しくて頼り甲斐がある。

それに、山奥の不純物の混じってない綺麗な雪を想像させる繊細で滑らかな美しい純白の髪に、全てを見透かすような美しさを持つ碧眼の付いた整った顔に、しっかりと鍛えられた体。


ここまでの美貌を持つ男性なんて、居るのだろうか。


ノア様が男だったことに気付けたのだから、あの化け物には感謝をしてもいい。

……にしても、えへへ。

ノアしゃまの抱き心地が心地良くて、頭が蕩けそうになってしまう。



嫉妬からか強く睨み付けられていた気がしたが、そんなことノア様の前ではどうでもよかった。

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