無敵であるからこそ
無敵であるからこそ
ステムが緊張で震えているころ、その近くではまるで兵士のように装甲に身を包んだ身長差のある二人組が徘徊していた。
「……どこにいるんだろうな。」
「どこも何も、探し出さなきゃ俺たちが姉さんに殺されちまうよ。」
二人は全身が鋼鉄の鎧に覆われており、この暑さの中では自殺行為に見えるが、それを苦にした感じはしない。ガシャガシャと音を立てながら歩く。
「とにかく、一番脅威に見える奴は姉さんが殺したらしいんだから、あとは俺たちの仕事だ。全部の建物をしらみつぶしていくぞ!」
「わ、わかってるよ……。」
小さな身長の方が、もしその辺に人がいたならばすべての会話が聴かれているくらいの大きな声を出して身長の大きな方を叱責する。身長の大きなほうはどうやら小さな方に逆らえないらしく、びくびくとした返事を返し、ずかずかと歩いていく小さい背中を追っていった。
「……いまの聞いてた?」
当たり前ではあるが、近くにはダフネオドラ、ステム、リーフがいた訳で、探されていることが知られてしまう。
「……はい、ステム、リーフ。奴らにバレぬようここは離れた方が良さそうです。話からするとアインは殺されてるだけみたいなのでいずれ戻ってくるでしょう。」
「う、うん。わかった。」
リーフは音を立てないよう、しかし急いで身支度を整える。どうやらこの建物は護衛の傭兵が使っていた建物のようで、かなり実用的な武器などがあった、とはいえまだ子供なリーフに使いこなせるような武器はなかったが、ひとまず色々カバンに詰め込んだ。その間にステムは周辺を見回る。奴ら以外の敵がいないかを探すためだ。
「……大丈夫そうだ。一旦、音のしない方へ離れよう。いくらなんでも暑すぎるから長くは持たないだろうけど。」
そそくさと移動する3人。外気温はすでに人がまともに活動できるほどの暑さではない。かといって、室内などの比較的温度が低い場所には捜索の手が伸びるだろう。これはアインが戻ってくるであろうと信じて耐えることが目的なのだ。
「アインと合流さえできれば……。」
それに太陽は既に落ちかけている。夜になると今度は冷える方向になるとはいえ、暑さよりも行動はしやすいし、灯りのない闇夜は、非常に助かる。陽の光は今だけは見えぬのをお願いしたいなぁと、ダフネオドラは思うのであった。そうやってこそこそと建物の陰に隠れながら路地を移動していると、開けた場所に出る。
「ここは……本来は水のあった場所ですかね、ダフネオドラさん。」
「えぇ、まわりの朽ちてしまっている植物たちを……見るに、おそらくその可能性が高いでしょう。これだけ開けた場所ですと見つかりやすいかもしれません。」
すこし辛そうに枯れ果てた植物たちを見つめるダフネオドラ。しかし、その後そっと彼女が植物たちに触れると表情ご一変する。
「……!……え?いやしかし……。」
「どうしました?」
リーフは焦り出したダフネオドラを心配し、声をかける。ダフネオドラは緊張感のある面持ちのまま、リーフとステムに告げる。
「……オアシスは生きています。今もなお遜色なく。」
「おや、こんな開けた場所で作戦会議かい?せいが出るねえ。」
ハスキーな声と下卑た笑い声が響く。即座に3人は声のしたほうを振り向く、そこにはまるで鋼鉄の熊のような大鎧を着た何者かと先ほどの凸凹コンビが居たのだ。
(……まずい!気を取られて音に気づけなかった!)
ダフネオドラは素早くステムの元へ寄る。ステムは当然、リーフと敵の間に立ち塞がる。
「おっと、やり合う気かい?勝ち目なんて万に一つもないよ。降参したら痛くないよう殺してあげるけど?」
「……う、うるさい!」
ステムはダフネオドラを手に寄せた。しかしまだダフネオドラは剣にはならない。
(相手も3人とも剣を持っている上に真ん中のやつは大きな剣……ステムの腕力では切り結ぶこともできない……!)
「ダフネオドラさん!」
(くっ……!)
悩んでいても仕方ない、ステムの声に応え剣に変わるダフネオドラ。ステムはぎゅっと両手で握りしめ、構える。
「……やってしまいな、2人とも。」
面倒くさそうなその声を合図に、凸凹の2人がゆっくりと前に出てくる。2人とも片手に剣を構え、下卑た笑いを携えながら。
「二対一じゃあすぐ終わっちまうなぁ、先に俺からやらせてくれ、エルよ。」
「そ、そうだねぇ、アル兄さん。それがいいと思うよ。」
そんな会話の後、アルと呼ばれた小さな身長の方がずかずかとさらに歩みを進めその勢いのまま、ステムに切り掛かる。
ステムは、さっと飛び退いて避けるがアルはさらにもう一歩踏み込み、今度は横薙ぎの一閃。
「はや……ぐっ!?」
なんとか反応できたステムは剣を盾に相手の攻撃を受け止めるが、そのままの勢いで吹き飛ばされ地面に転がされる。体型の差、そして暑さによる体力の摩耗。ステムには踏ん張る力が足りなかったのだ。
「おいおい、片手だぞ?もっと頑張って反撃とかしてくれよ!まぁ、そんな剣と力程度じゃ、そもそも鎧を抜けれないか!ギャッハッハ。」
そう言いながらゆっくり歩いて吹き飛ばされたステムを追う。ステムは負けじと立ち上がり、構え直す。
『このままでは一方的に殺されます、何か打開策を……!』
ダフネオドラは言いながら様々な時間稼ぎを考える。アインさえくれば……と考えているのだ。
『……少なくとも、目に見えてくることが全て真実とは限りません!あの3人の誰かは加護持ちで……幻覚を見せるのです!』
「げ、幻覚……ですか!?」
「……へぇ?」
ダフネオドラは相手にも聞こえるように叫ぶ。ステムはなんとか距離をとりながら反応を返し、相手のリーダー格の大鎧は楽しそうに声を出す。
『私は生きている植物となら会話できます。明らかに見た目は死んでいたのに、彼らは生きていた。ならば何か、私たちの目に映る景色の方がおかしいのです。』
そうダフネオドラが話すと、パチパチと相手の大鎧から音が聞こえる。
「面白い妖精さんだねぇ、そのことに気づけるなんて。……私の加護は【認知】。特定の範囲内での人間の認知内容を不確定に切り替えれるのさ。」
例えばりんごがあるとする。それだけではただのりんごだが、そのりんごの周辺で腐臭がすれば、まるでそのりんご自体が腐ってしまっているように見える、そんな脳が勝手に捕捉する内容をそのまま現実のようにして映すのだ。
「じ、じゃあこの景色も……ただ暑くなっただけで僕たちが勘違いしてるってことか!?」
「さぁね?暑いって感じる方が嘘かもよ?ま、そもそもあんたたちがどんな景色を見ているかまでわからないし、アタシに聞かれても困るよぉ。」
ケラケラと大鎧が笑って見せる。
「な、なんだそれ……めちゃくちゃじゃないか。」
『広範囲の人の精神に影響を及ぼす加護……そんなものが本来与えられていいわけがない……。』
ダフネオドラは怒りに震えるが、打開策がないのも事実。ゆっくり、しかしずかずかと歩んでくるアル。絶体絶命かと思われた瞬間、どかんと大きな音がすぐ近くで聞こえた。爆発だ。
「なっ!?なんだぁ?」
「ば、ばくだんです!」
全員が音の鳴った方を振り向くと、リーフがなにか丸いものを両手にひとつずつ持っていた。本人の言うとおり爆弾だろう。
「こ、これに当たったらいたいですよ!」
そうやって脅してるつもりなのだろうが、そもそもそんな距離では届きそうもない。
「……それに、エル!」
アルが大きな声で叫ぶと、既にリーフの後ろに回り込んでいたエルと呼ばれたのっぽな鎧がリーフを羽交締めにした。
「あっ!」
リーフは爆弾を落としてしまうが、その程度の衝撃では爆発することはなかった。
「リーフ!」
「よそ見をするなよ、坊主。」
ステムが気を取られた隙に、蹴り飛ばされる。
「おい、エル!そのままそのガキを絞め殺しちまえ。」
「わ、わかったよ、アル兄さん。」
エルが、リーフを絞める力が強くなる。ギリギリと音が聞こえ、リーフの苦しそうな声が聞こえる。しかし、ステムは立ち上がることさえできず、アルに蹴り飛ばされる。
「終わりだよ、てめえらは。」
大鎧の声が響く。だが、得てして勇者とは、ピンチの瞬間に間に合うものなのだ。建物の屋根の上から人がひらりと飛び出し、リーフを絞めていたエルに思い切り飛び蹴りを繰り出し、吹き飛ばす。その衝撃でリーフは解放されるが、エルもリーフも転がる。そのリーフにさっと駆け寄りお姫様抱っこをしながらステムの近くまで即座に移動したその人は。
「よっし、ギリ間に合った!……さっきの雷なに?」
我らがアインである。
今日はどうやら野宿になりそうです。 波色 兎 @pilot_bluesky
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