無敵だって言ってるじゃないですか

「勇者だぁ?」「頭おかしいんじゃねぇかコイツ。」「でもよぉ、なんか……。」「剣持ってるぜ!」


 男たちが口々に発する。彼らはこの少女があの崖から落ちてきたことには気づかない。しかし、異様な自信と、構える剣に怯んでしまう。そんな彼らの態度に気づかないふりしてそのまま前に一歩踏み出すアイン。


「ね、その子を解放して欲しいんだけど。」


「なんだと?」


 村人たちからすれば、訳のわからないやつが急に現れた状態で、言うことを聞くつもりはない。それに、剣を持ってるとはいえ多対一。多勢には無勢だ。


「おっと、攻撃するのはやめた方がいいですよ!僕は無敵なので。確実に反撃が通っちゃいます。」


 アインはすこし挑発するように事実を述べる。まぁ当然らそれを理解してくれる訳はない。


「はぁ?」


「それに、どんな理由があろうとも、子供を囲って殴って蹴ってして良い理由にはならないですよね。」


 彼らを睨みつけるその視線は、かなり冷ややかだった。しかし、それを受ける人たちはそれに気づくことはなく、剣を警戒しながらも、各々が持つ武器である農具や鞭などを構えてアインに近寄る。


「ははぁ、コイツを助けにね。でもね、別に村の外の奴に言われるようなことじゃあないんだ。すぐに回れ右してもらえるかな?もうすぐ村長がきちまう。それ以上邪魔されちまうと俺たちも方法を考えないといけなくなる。」


「それは好都合だね。全員に改心してもらうつもりだから。」


 右手で持った剣を左手に添える、左腕と剣が十字になるように構えて、腰を落とす。日本刀で言うところの居合の構えだ。


「なんだぁ、そりゃあ。」


「そんなおかしな剣術で、これだけの人数に勝てるつもりか!」


 一般的な剣術は、自身の身体を守りつつ、攻めに転じる型を取ることが多い。しかし、いまアインの取っている居合の構えは、身体が前面に出ており、守りを全て捨てているのだ。しかし、アインは冷ややかで鋭い視線のまま、彼らを見据える。


「勝てるつもりもなにも、無敵だって言ってるじゃないですか。」


「死ねぇイカれ野郎!」


 そのやりとりを皮切りに、男たちが一斉に飛び掛かる。振り込まれるナイフや斧に対しアインは一歩、跳ねるように後ろに下がる。空いた空間に振り下ろされる武器は、当然空振り勢いが落ちたところを剣で切り払う。その払う勢いで左手を前に出し、近くに来ていた村人の服を掴み引き倒す。


「ぐおっ!」


引き倒した勢いで、そのまま蹴りを出しもう一人の村人の顔を蹴り上げる。そのタイミングで、左腕が鞭に絡め取られる。


「へへ……。」


「……鞭の使い方間違ってない?」


 ぎりりと引き締まる鞭がどうやらパワーは負けていると言うことをアインに伝える。そうこうしている間にも倒した奴と蹴り倒した奴が立ちあがろうとしているので、素早く動くため、アインは力を込め……左腕を切り落とす。


「……っ……ダーちゃん、切れ味良い〜。」


「はぁ!?」


 相手は驚き隙ができる。そこを目掛けて瞬時に治った左手で殴り抜ける。ちょうど顎を打ち抜き、気絶する。


「タネも仕掛けもありません……なんちゃって。」


 その一連の流れを見た奴らが、今起こった事象に怯える。


「なんだお前……。」


「か、加護持ちだ、村長に伝えろ!」


 二人は支え合いながら、逃げ出していく。


「加護持ち……?」


 確かに彼女は、ダフネオドラの【不滅】の加護を得ている。しかし、加護というのは神格を持つものが選んだ相手に与える特殊な能力であり、一般の人間が知ることはまずないはずだ。


『怪しいですね。』


「とりあえずはこの子を助けよう。」


 ぐったりとしている少年の元へ近寄る。おそらく痛みと疲労で気絶しているのだろう。強く結ばれたロープを切り腕を解放、息をしていることを確認する。


「よかった……まぁ殺す気はないんだろうけど。」


『ひとまず離れましょう。』


 そういうと、ダフネオドラは一度姿を戻し、アインの肩に乗る。アインは頷くと、少年をゆっくりと持ち上げ、立ち去ろうとする。しかし、それを止めようとするものが現れる。


「よぉ、お前も加護持ちだって?」


「!?」


 アインは瞬時にダフネオドラを上に放り投げた後、少年を庇うため、抱きしめ、後ろを向く。その瞬間、背中にまるで巨大なものでもぶつかったかのような衝撃を受け、アインは吹き飛ぶ。その間になんとか草の生えた柔らかいところに少年を投げ、戦闘離脱させることはできた。


「ぐぁっ!?」


 そのまま建物の壁に打ち付けられ、地面にどさりと落ちる。


「おーおー、再生能力の加護って聞いたが、どうやら痛みはあるらしい。」


 浅黒い肌に、黄色い目、ボサボサの髪に、ニヤついた口元からは大きめの犬歯が覗く。ボロボロの外套を纏った男がゆっくりと近づいてくる。


「急に何するのさ……なんなんだキミ……。」


 アインがそう問うと、男は頭にハテナを浮かべさらりと答える。


「あ?……なんだてめぇ、しらねェのか?なんだァ、俺はてっきり縄張りを荒らしにきた奴かと……あーしらねぇ奴知らないまま殺すのもアレだしなァ、教えてやるよ。……俺はグランジオス王国の勇者の一人さ。」


「グランジオスの勇者だって……?」


「なんだ、マジでしらねェのか。……数ヶ月前に急に王が変わってなァ、魔族は全て殺す方針に切り替わったのさ。そのために勇者が何人も選定された。力を失いかけてる神から無理やり加護を奪い取る力を持つ奴がいるみたいでな。それで俺ももらったのさ。」


「……混乱してきた。」


 アインにとっての仇である奴は、魔族の国を作り魔王となることが目的だったはずだ。なのに、魔族は全て殺すと言っていると言う。それが嘘だったとでも言うのだろうか。それとも協力していた貴族たちになにか唆されたか。


「まァ、お前には関係ねェな。俺の縄張りを荒らしたんだ。ここで死にな。」


 そう言って彼はアインに向かって手を翳す。


「いやぁ、それは無理かな。」


 どうせ死ねないからねぇ、とにやっと笑ってみせるアイン。それが癇に障ったのか、顔を歪める男。しかし、その瞬間、彼の腕を衝撃が襲う。


「あァ?」


 翳していた左手が、肘から先がなくなっていた。


「なッ、ガ……ぐぁぁぁ!?」


『頂きましたよ!』


「ナイス、ダーちゃん!」


 先ほど上に放り投げたダフネオドラが上空から剣に変化して、自由落下により切り裂いたのだ。


「ごめんね!もう一つの腕ももらう!」


 地面に刺さった剣を引き抜き、その勢いで剣を振りかざす。痛みでうめいている男のもう片方の腕を切り裂いた。


「ぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」


 声にならない声が、あたりに響く。アインは一つ息を吐いたあと、周りを見渡す。どうやら、先ほどの男たちと村長のような爺さんがこちらの様子を伺っている。


「さて、これ以上の目に遭いたくなければ……もっと詳しい話を聞かせてもらうよ。」


 とっておきの用心棒をやられた村人たちは武器を投げ捨て、おどおどと進み出てくる。


「……まずは……その方の治療をさせてくだされ。」

 

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