無敵でも敵はいます


 さて道中。不滅のスタミナを武器に走り続けたアインたちだったが、何時間も揺られ続けてダフネオドラがダウン、彼女は自然が多い場所であればすぐにでも復活できるとのことで、途中の森の中で休むこととなった。

 王国からは近いが、どこの領地でもないその森はあまり人の手が入っておらず、鬱蒼と茂っており心地のいい環境とはいえない。


「ここは……かつてのジャンガ森林……ですね。」


 辛そうな顔で、それでも情報提供を諦めないダフネオドラ。


「ジャンガ?……死の森じゃないんだ。」


 ありきたりな名前ではあるが、迷い込んだ人があまりに帰ってこず、さらには危険な生物の魔族もよくここから現れることもあったため、人々にとっての死の森と呼ばれているのだ。


「そうですよ。ジャンガの恵みは全てを照らす、なんて言われていたものです。何を隠そう私もジャンガ出身なのです!かつてはもっとさまざまな花が咲き誇り、その力は……永遠かと思われていました。」


 だんだんとトーンダウンしていく。

 いつもの得意そうな顔は形を潜め、萎れかけのひまわりのような顔になってしまう。悲しみや苦しみ、そして後悔がない混ぜとなった、そんな表情。


「思われてた?」


 過去形であることを指摘するアイン。目の前に広がる危険地帯、死の森を見れば当然気になることだ。とはいえ、とてもつらそうなダフネオドラにその辺りを直球ストレートできるのはさすがのアインと言ったところ。


「……主に私のせいなのです。私の加護は不滅。……私さえここに居続ければここは色を、命を、失うことはなかったでしょう。」


 アインの肩で俯くダフネオドラ。


「……知らなかったの?」


「……その頃の私は、夢を見ていたのです。世界全てが優しさと希望に溢れる素晴らしい場所であると。悪意というものに触れたことのない私は、人間が妖精を捕らえているという話を聞いた時も、仲良くなれるなど素晴らしいと思っておりました。案の定私は騙され捕らえられ……助けてもらい、帰ることができた頃には森はありませんでした。そこにあったのは……。」


 かつてを思い出す。戻ってきた時の惨状を。そして、捕まえられたたくさんの同胞たちの悲劇を。


「それを助けたのが初代様なんだ?」


「察しがよろしいですね。」


 初代様、真の勇者様。弱きを助け強きも助け、悪い奴だけ相手する。そんな逸話が残る最高の戦士。


「お父様の憧れであり、ボクの目指す勇者像でもあるからね。」


 彼女の目は未だ炎を宿している。それは憧れからなのか使命感からなのか。そんな彼女の肩ですこし考えるも意味のないことだとすぐに改め、ひとまずは目先のことを解決にあたる。


「……まぁとにかく、魔力を含んでいなければ普通の植物。すこし力を分けてもらいましょう。」


 彼女は肩からふわりと浮いたあと、まるで周りの草木にアピールするかのように、しかし力なく飛び回る。少しだけの時間そうしていると、申し訳なさそうな顔をしながらアインの元へ戻る。


「……ありがとうございます。しかし、そうですか……。……アイン、お願いがございます。」


「お願い?……どんな?」


 アインとしては早く火国に向かいたい想いであるが、ダフネオドラの並々ならぬ表情から、真面目に聞こうと思い直す。


「……いまジャンガ森林では魔物の出現が頻発しているそうです。大きな理由はわからないのですが、中央に聳える長老様が限界を迎えそうらしいのです。その前に周囲の魔物を屠って欲しいと……。」


 長老様とは、死の森がジャンガ森林であった頃から森の植物たちや妖精たちの相談役で、森1番の大木だそうだ。その長老様が寿命を迎えそうと言うことで森林中の樹木たちが大慌てだとのこと。


「本来、森林の生物たちとは共存関係を築けていたのですな、王国からの討伐の手が減り、魔物の量が増えていったそうなのです。」


 もともと魔物は魔力の搭載により、本来の生物に比べて強力な筋力や魔法と呼ばれるものを使うが、その分の代謝が非常に高い。そんな彼等が増えてしまうと森を出て人里を襲ってしまう。また、魔物から取れる素材はかなりの強度を誇ったりとても美味しかったりと得しかない為、実は死の森でも、凄腕のハンターと呼ばれる者たちが依頼を受けて狩りに来ることがほとんどであり、それによって生態系が保たれてきた面もあるのだ。


「……そうか。なら、ボクのせいでもあるんだね。」


「アインのせいではないでしょう!……それに、元々は私がここから離れてしまったことが遠因でもあります。ですので……お願いします。」


「……どちらにせよ戦闘を避けてちゃ成長は見込めないし、どうせならここらで良い素材手に入れて火国で良い装備を手に入れよう!」


 そうはっきりと言い切り、前へ進み出すアイン。

 肩に乗るダフネオドラは、ちょっぴり泣きそうになりながらしかし、自分は間違ってなかったのだと決意を新たにしその姿を剣に変える。


「おっ……と、急に変わるんだもんなぁ。」


『さぁ参りましょう。巨大な狼の魔物が複数匹いるらしいですよ!』


「わかってるって!……張り切るのは良いけど変わるの速いよダーちゃん。」


『いえ、そんなことはありませんよ。私を前に向かって突き出してみてください。』


 アインが言われた通りすると、なんとダフネオドラの剣を近づけると植物はできる限り避けてくれ、道ができてゆく。


『先程力を分けてもらえましたからね、既に意志は伝わっております。この森の植物は私たちの味方です。』


「へぇ、ダーちゃんの凄さがちょっぴりだけわかったよ!」


『ちょっぴりとはなんですか!いえ、まぁ、この場合すごいのはこの森の方々ですけども!』


 すこし不満を露わにしながらも、先ほどまでの辛い表情は何処へやら。

 危険で迷惑な狼の魔物たちがいるところまで、森の力を借りながら、彼女たちは駆けていく。


 


 

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