無敵でも困りました。

朝になり首を痛めたアイン。

当然といえば当然だが、不死であり不滅のその体でも痛みは感じてしまう。


「拷問とかやられたら終わりですね。」


肩に乗りながら、恐ろしいことを言うのは、女神ダフネオドラ。

なんと力を凝縮しアインに譲渡したら、まさかの小型化。

まるで他の妖精のような姿になってしまったのだ。

ステンドグラスのような羽をパタパタとさせている。


「無敵じゃないじゃん。」


「そもそも無敵になるなんて、私言ってないですけど。」


ひとまず安全な場所で隠れることができなくなった今、姿を変えないことには始まらないと考え、いつもお世話になっていた他国の行商人のもとへ向かうと決め、森の中を歩く。


「そもそもアインハード・テルクストはどれほどの実力なのです?そこらの生物に負けるほどではないのでしょう?」


「名前全部呼んでたらすぐ正体バレちゃうよ、アインって呼んでよダーちゃん。……そうだね、一応ボクも子供の頃から剣術を叩き込まれてきたからね。剣があれば普通の大人が3人相手でも勝てるね。」


「……微妙ですね。」


「結構すごいと思うんだけどな……。」


目的を考えると確かに微妙なのかもしれないが、この年齢の人間として考えると破格の実力であり、そこに不死不滅があるわけだからただの人間には負けないだろう。


「でも相手は魔族だし仕方ないかぁ。」


魔力を持つということは、魔法を行使することができる。

つまり本来の種族では行えないことができてしまうのだ。

例えば先程狩ろうとしていたイノシシだが、イノシシの魔族はさらに気性が荒く、魔力を牙に込め、巨木すら薙ぎ倒しながら突進してくるという。

このように魔力を行使し人や自然に危害を加えるものを魔物と呼称し、ハンターギルドなどで討伐を行なっているようだ。


「死なないだけなら勝てないよねぇ。」


残念、といった顔を隠さずにため息をつく。


「おや?私の加護を、死なないだけの加護だと思ってます?不死不滅ですよ?」


「え?」


みくびらないでくださいよ、と言わんばかりの顔でアインを見つめるダフネオドラ。


「不滅とは決して減らないこと。貴女の体はもう疲れることはないですし、貴女が望めば血の一滴すら流れないでしょう。」


「うぇぇ?やっぱ無敵っぽいんだけどなぁ。」


内容を聞いて唖然とするアイン。

明らかに反則級の能力だ。

治癒だって、その能力に特化した魔族でないとできないというのに、アインの身体はそれどころか疲労の回復すら必要としないらしい。


「とはいえ、身体だけですから心まではなんともなりませんけどね。できうるならばちゃんと人間らしい生活は続けるべきです。それに痛みは如何ともし難いですから。死を伴うほどの攻撃で受けた痛みは貴女の想像以上に精神に響きます。無茶は禁物ですよ。」


「やっぱり攻撃力が足りないのかな!」


「話聞いてました?」


あまりにも能天気なアインの発言に、すこし苛ついてしまうダフネオドラ。

しかし、あながち的外れというわけでもない。

現在のアインの装備はボロボロの鎧と汚れた衣服のみであり、お世辞にも他の生物に勝てるとは思えない。

その相手に悪意があろうとなかろうと。


「んー、いつもの商人さんに武器とかお願いできないかな。」


いつも宝石を売る時に何も聞かずに買ってくれていた優しい商人。商人としてはクオリティの高い宝石を格安で売ってくれるから黙っていただけなのだが。


「でもあれかー。お金ない人は相手してくれないよね。」


「……はぁ。武器ならあります。」


またもため息をつきながら、ダフネオドラはアインの前に飛び出す。そして、その体を輝かせるとその場の地面にキラキラと輝く柄とまるで鏡のように光る刀身を持った剣が刺さっていた。


「えっ!ダーちゃん!?」


アインはその剣を驚きながら見つめる。

すると、アインの頭の中に声が聞こえる。


『折れたり欠けたりすると私が辛いので、あまり使いたくなかったのですが。』


「ダーちゃん不滅じゃない、無敵だね。」


アインは剣を抜くと、くるくると弄ぶ。


『私の不滅は今は貴方の中にあるんですよ!最高峰に大切に扱ってください!』


ダフネオドラが慌てて伝え直す。

今彼女はすこし特殊な力をもっただけの小さな妖精だ。

妖精たちは一般的な生物とはすこし離れており、死や生とは関わらない存在ではあるが、消えてしまえば存在自体がこの世からなくなってしまう。

彼女にとっては自分自身を賭けた行為なのだ。


「……なんでそこまでやってくれるの?」


そんな疑問がアインに湧いたのは当然だろう。

しかし、その言葉に対しダフネオドラは剣化を解き、アインの肩に乗り直す。


「……いずれ話しますよ。そんなことより、ひとまずはお金を稼ぎましょう。このままグランジオスの周辺でうろうろしてても仕方ありません。まずは火国を目指しましょう。」


明らかに話を変えた彼女に、それ以上追求することはせず、アインは話を繋げる。


「火国って……ムルグズ?なんであんな暑いところ?」


「火国はムルグ山の恩恵で様々な鉱石やそれらの加工技術が発達してますから。不滅の力があれば人が入れないようなところまで発掘もできますしね。初めは無理矢理にでも装備を整えねば。」


いい剣があれば私が危険に晒されることもないですしね、と呟きながら、足をパタパタとさせるダフネオドラ。


「……なるほどねぇ。本来は徒歩なら辛い道だけど、まぁ疲れないなら問題ないかな。よし、ダッシュしちゃお!」


「ダッシュは結構ですが、私のこと落とさないでくださいね。」


「……?飛べるんじゃないの?」


「すこし耐空できるくらいです。移動は短距離しかできません。だから、落とされたらそのままですよ。」


「じゃあちゃんと捕まっていてね!」


そう言うや否や、結構な速度でダッシュを始めるアイン。

彼女の運動センスが遺憾無く発揮される。

整備のされてない草はらを、かけていく。


「目指すは火国!ムルグズ!……ムルグ山がよく見えるぜ!」


「世界最大の山ですからねぇぇぇ!」


首にひしと捕まりながらもちゃんと答えるダフネオドラ。

このサイズでのこのスピードは恐ろしいものがあるのだろう。


「まっすぐいくぜ!」


「ところで今日はどこで寝るんですかぁ!」


そう言われた瞬間、ブレーキをかけたように止まるアイン。反動で飛ばされそうになるダフネオドラ。


「……あー……野宿……かな?」


どうやら、今日も野宿になりそうです。

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