今日はどうやら野宿になりそうです。

波色 兎

無敵になりました。

広がる美しき花畑、飛び交う羽の生えた妖精たちが神秘的な空気を増大させる。

かつて『愛の庭園』と呼ばれたそこは、数百年も前に花の女神の導きにより、悪しき者の侵入を許さない。中央に咲き誇る大きな沈丁花の花が凛と輝いている。

そこをまるで整地された道かのように荒らし踏み締めながら歩いてくる少女が1人。

ショートボブといった感じの美しい金の髪はぼさぼさに枝毛だらけで、本来は綺麗な装飾だらけだったように見える鎧は、たくさんの宝石は外れ穴ぼこだらけ、装甲部分も傷だらけ欠損だらけで防具としても意味もなさそうだった。


「あーあ……。」


零すはため息。

その状態に、いつもなら人と仲良くしたいと悪戯好きの妖精たちも距離を取る。

浮かない顔の彼女は後ろに倒れ込むかのようにその場に寝転がる。


「ちくしょ〜!あのイノシシめ!」


今日の晩御飯を取り損なったのだろう。大きな声を出せば、妖精たちは逃げ出し、周りの木々からは鳥が飛び立つ。

彼女の名前はアインハード・テルクスト。

アインと呼ばれている彼女はこの世界で一番大きな国、グランジオスの王子である。

と、言うのも彼女はテルクスト王家の唯一の後継者であり、グランジオスは代々、男の王しか認められない国だった。他国との睨み合いを続ける現在に、後継者が生まれ安泰であるとの姿を見せねば他国に付け込む隙を与えてしまうという理由から、男であると嘘の発表を行い、男として育てられてきたという経緯がある。

なので本来王家の姫としての『優雅たれ』と言った教育は一切受けておらず、戦闘や政治といった面での教育ばかりだったため本人も非常に男勝りであり、一人称はボクだったりなど、女の子であることを忘れてるような態度まで覗かせる。

そんな彼女がなぜここにいるのか。

それは数ヶ月前の王都での事件にまで遡る。

簡単に言うと所謂、謀反であった。

テルクスト王の右腕であった参謀の部下が秘密裏に他国と取引をしている商人たちを率いて謀反を起こしたのだ。

王は弱気を助け強気を挫くを地で行くタイプの不器用な人であった為、私腹を肥したい人間や戦争で儲けたいと考えてる人間からはかなり恨まれていたのだ。

とはいえ本来ならばそう簡単に謀反など起こらない、今回起こった原因は魔族が関わったことによるだろう。

魔族とは魔力を持った生物であり、既存の種族から進化した種族とも言われている。なので突然変異のように生まれてくるのだ。それを人族は呪いやなにかだと思い込み魔族を忌み嫌う時代があった。今ではそうではないとわかってはいるものの、未だに差別の空気は消しきれていない。

王は差別をしない優しい王だったが、不器用な性格であった為誤解されることが多かった。そう、参謀の部下は魔族であり、王を殺し王家を乗っとれば、魔族の国が出来上がり自らは魔族の王、魔王となれると考え、まさにその通りとなってしまった。

王とその娘であるアインの憩いの時間に突如として刺客が現れ目の前で王が殺されたのだ。


「お父様……。」


代々受け継がれてきた家宝のペンダントを握りしめる。

王が最後にペンダントと共に遺した言葉、『誰もが共に笑える国を。』を思い出し、涙ぐむ。

その時の護衛は昔からの執事のみで、彼は命をかけてアインを逃した。

お陰で今生きていることができる訳だが、王宮で生きてきた常識は城下では通じない上、顔がバレている為、影に潜んで生きてゆくしかない。

だから、この数ヶ月間、国の外の森の中で野宿して暮らしており、人との交流も他国からの行商人との交流を除けば全くと言っていいほどない。


「……もうこの鎧も捨てなきゃな……。」


装飾としてついていた宝石もほとんど売り払い、先程晩御飯にしようとした生物にトドメを刺され防具としての価値もない。布でできたなんとか服と呼べるものをどうにか着こなし、追っ手から隠すようにそれらを土の中に埋める。

門番は執事の息子であった為、なんとかバレず国外に出ることができた。だからこそ、今までなんともなく生活できたとも言えよう。


「ここでずっと野宿してる訳にも行かないんだけど……。」


謀反があったことは、国外はおろか、国内中にすら知られていない。しかし、税の徴収が厳しくなったとの噂もアインの元まで聞こえてきている。奴らはこのままテルクスト王国を牛耳るつもりなのだ。魔族の国を作ることには反対しないが、その方法が許せない。


「みんなのために……ボクがなんとかしないとな……。」


しかし、彼女は剣しか持たぬ少女だ。

魔力を持ち、傍若無人に振る舞う魔族たちや、権力でお金を集める貴族たちに対抗することができない。

今のままではどんなことも力不足にしかならない。

彼女は疲れた顔のまま、目を瞑りゆっくりと寝息を立て始めた。この『愛の庭園』は王家の者しか知らない国外において唯一のセーフティゾーンであり、ここならば危険な生物や追っ手の襲撃から、心置きなく休むことができる。


「お父様、ボクは必ず……。」


魘されながらも強い寝言を呟く少女。

その傍に突然花びらを撒き散らしながら現れる美しい女性。


「起きなさい、王家の血を継ぐ者よ。」


頭の中に直接響く、そんな声。

しかし、疲れ切って眠るアインには一切聴こえないどころか、ゆったりと寝返りを打つ始末である。


「起きなさい!」


更に大きい声を出す女性。

しかし悲しいかな、やっぱり眠るアインには全く聞こえてないようで、反応が全くない。


「……なんなのですか、大事なことですからわざわざ出てきたのに……。」


彼女は花の女神であり、この場所の守護者である。その名はダフネオドラ。人族の王家を助ける為にと、守護の導きを使ったばかりにこの場所から離れられなくなってしまったのだ。


「……起こしたいですけど……私が触れることはできませんし……いったん引きますか。」


女神としての力をこの花畑に全力で使ってる状態なので、物に触れたりすることができない。

少し考えた末、諦めたようにため息を一つ。

そのまま、沈丁花の花の中へまるで消えるように入っていった。

それをこっそりと目を細めて見つめるアイン。


「……めんどくさそうだし、寝たふりしていてよかった。」


どうやらまだ眠りに落ちていなかった彼女は、寝たフリをして誤魔化そうとしていたようだ。

しかし、女神はお見通しだったようで。


「アインハード・テルクスト!貴女と言う人は!」


寝転ぶアインの背後から、怒鳴り声。


「ひぃ!バレてた!」


「バレるに決まってるでしょう!女神をなんだと思ってるんですか!大事なお話をしようというのに貴女という人は!」


プンプンと怒るダフネオドラ。


「……わかってるけど、今は疲れているんだ……寝かせてもらえないかい?ダーちゃん。」


「貴女だけですよ、花の女神である私を渾名で呼ぶの。」


まあ、そもそも人が当分来ていませんが、とつぶやきながら、ダフネオドラはごろごろと転がりながら気のない返事を返すアインを疲れた目で見つめる。

それを見た後、仕方がないとばかりに立ち上がるアイン。


「で?なにがあったの?」


「なにがあったの、ではありませんよ。ここの加護が限界に近づいています。理由はわかりますね?」


青筋を立てながら話すダフネオドラを、怪訝な顔で見つめるアイン。


「魔族のせい?」


「貴女が荒らしたからですよ!!」


キレる女神。ボケっと見つめる王族。


「出てけってこと?いやぁ、それはそれで難しいなぁ。」


「そういうつもりではありません。すこし無茶な話になりますが残った加護と私の全力を貴女にうつそうと考えています。」


「そりゃまたなんで?」


ここがなくなるのはお世話になってるので困ると内心すこしだけ焦ったアインだったが、その後続いた話にすこし身を乗り出す。


「王族と女神の契約……とでも言いましょうか。とりあえず、私、花の女神は王の血を継ぐものに協力する義務があります。人間からは完全に存在を忘れ去られ、たまたま逃げ込んだ貴女がたまたま王家の人間でたまたま私を見つけたのだとしても。」


「ごめんて、それはもう謝ったじゃん。知らなかったんだし。拗ねないでよ。」


「拗ねてません!」


明らかに少し拗ねてる女神を宥めるアイン。

これでは話が進まないので、すこし聞いてみる。


「ボクにうつすってのはどういうことなの?」


「あぁ……それはですね。」


質問を聞いて落ち着いたダフネオドラは、足元から花を一本摘む。花自体は変哲もないが、手折られた根本からは新たな花がすぐに咲き誇る。


「この花畑自体にかかっている私の加護、つまり不滅を貴女に譲渡しようという話です。特典は色々ありますが、一番は死ななくなることですね。」


花をアインに渡しながら、先程迄とは打って変わって女神然とした微笑みを放つ。

しかし、ふるふると震えるアイン。


「どうしました?アインハード、王家の血を継ぐものよ。」


「……そんなの……。」


「はい?」


アインの呟きをすこし聞き逃し、近寄るダフネオドラ。


「そんなの無敵じゃないか!」


「きゃっ!」


近くで大声を聞き、少女のような悲鳴をあげるダフネオドラ。アインはその肩を抱き、顔を自分に向け直させ、ガタガタとゆらし、催促をする。


「いますぐください!」


「わっ、わかりましたよ、わかりましたから離してぇ!」


彼女はここに無限の命を得た。民を守り、悪を挫く彼女の冒険はここから始まるのだ。

勇気と不滅の力を振りかざし、彼女の明日はどっちだろう。

しかし、忘れてはないだろうか。彼女に力を渡すと、この場所がなくなってしまうということに。

つまるところ、彼女の夜は危険な野宿というわけだ。

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