無敵なので勝てます。

「見つけたっ!」


『ちょっと!大きな声を出すのはおやめなさい!』


 草木の影から飛び出したアインの目が捉えたのは大木の元へ屯する五匹の狼。彼ら全てがまるで熊かと思うほど、通常では考えられない大きな体躯をしている。そして当然、迫り来る謎のヒトにはとっくのとうに気づいているようで、唸り声を上げながらアインを睨み返している。


「どうせ匂いで気づかれてるさ!それなら他の獣たちが逃げられるように大声を出した方がいい!」


 アインは何体かの野生の魔物と戦ってある程度理解していることがある。それは彼らの多くが自分の力に自信を持っていること、そして、焦っていること。

 通常生きているだけでは感じないほどの飢えや乾き、それらが彼らを襲い続ける。知性の高い生き物ならば段々と調整していけるそうだが、まだ彼らは目覚めたばかりだ。


「命を奪うのは心苦しいけど!」


 五匹の牽制となるように大ぶりに剣を振るう。横に薙いだ斬撃に、三匹は後ずさる。

 しかし、左右に展開した残りの二匹が両側から同時に襲い掛かる。


「っ!」


 アインは右利きであったため、本来両手で持つべきダフネオドラを右に構え、なんとかいなす。しかし、武器のない左腕は魔力で強化された力には及ばず、噛み砕かれる。


「ーーーーーっ!?!?」


 肉が裂け、骨が砕かれる音、そして飛び散る鮮血が痛みを生み出す。しかし、その腕は既に正常であった頃に戻り、狼の動揺を誘う。


「コレであいこね!」


 隙が生まれた狼の鼻っ面を右手に構えた剣で切り付ける。ほとんどの生物にとって鼻先は神経が集中している弱点だ。そこに斬撃を受けたその個体は情けなく悲鳴をあげその場に悶える。それによって今にも飛びかかろうとしていた他の個体にも動揺が広がる。


「これは……痛すぎるね。」


 アインは直ったばかりの左手を振るう。既に痛みは余韻すらない。しかし、脳はそれを許してはくれない。


『なったばかりでよくもまぁ。』


 呆れたようなダフネオドラを再度両手で構えつつ、躊躇なく倒れた個体の首を断つ。その一瞬の隙を彼らは逃さない。飛びかかる彼らの複数の鋭い爪がアインを襲う。しかし、彼女は守ることをしなかった。むしろ首や腹をさらけ出した。


「ごほっ……!」


『アナタ……なにを!』


 狼たちは的確に正確に、弱点を狙う。脅威を一撃で仕留めるために、その凶器を振るう。狙うはさらけ出した首やその先の頭。切り裂かれるアインの喉元に、流石のダフネオドラも焦る。だが、アインはニヤリと笑う。


「……!」


 口は動くが声は出ない。完全に喉が潰されているみたいだ。しかし、その両手は動く。


「……ぉおりゃあ!」


 飛びかかってきていた狼たちをまとめて切り裂く。

 四匹全てを切断するほどではないが、その四肢に手傷を負わせることができた。


「逃げられる方が困るからね。」


 彼らは脅威から距離をとり、逃げようと判断したようだが時既に遅し。四肢が満足に動かない彼らではもうこの森から逃げることは叶わない。


「君たちは悪でもなければ、生きることが罪というわけじゃないけど。」


 植物の蔓が彼らを絡めとる。先ほどまでなら何の干渉にもならなかったろう。しかし、血の溢れる傷を抱えていては、それらを引きちぎる力が出ない。


「……ごめんね。」


 首を断つ。せめて苦しまないようと願いを込めて。


『……謝るなんて……エゴですよ。自然界では当たり前のことなのですから。』


「でもその心を失くしたら、終わりだと思うから……。ただでさえ、今は自分が傷つかないんだし、命を断つことに慣れたくない。」


 あくまで自分自身の為、他の生き物を狩る。魔物だって生きたかっただけのはずなのだ。


『……そうですか。』


 アインが狼たちの遺体を運ぶ為縛っていると、木々が騒めきだす。まさに目の前の巨木が鳴動する。

 

『そんなことで、国を救うことができるのかね……?』


 ゆったりと優しいが、威圧感のある声。

 アインは剣のダフネオドラに着いた血を拭い、綺麗にする。


「貴方が長老さん?急に喋り出したかと思えば、意外とシツレーなんだね。」


 面倒だなと言った顔をしながら、その言葉に応える。

 慌てるのはダフネオドラ。すぐに姿を戻し、ふわりと飛び上がり巨木の前に飛び出る。


「長老様!アインはあなた様の為に戦いました!そのような言い方は……!」


 しかし、巨木は応えない。先ほどの回答を待っているのだろうか。アインは一つため息をついた後、疲れた笑顔で巨木を見上げる。


「……ボクは、救えると思ってるよ。こうやって庇ってくれる友達もいるしね。」


「ひゃわ……イキナリはやめてくださいっ!」


 一度目を伏せた彼女は、巨木の前に飛んでいるダフネオドラを捕まえ、肩に乗せる。そうして、騒いでる小さな友人を見つめた後、笑顔で巨木に向き直る。


「できるできないじゃなくて、ボクは諦めるつもりはないよ。できることを積み重ねるのさ。……今は貴方を助けること。」


『ほっほ、なるほど。』


 優しく笑う声が響く。


『笑顔が似合うお嬢さんだ。試すようなことを言ってすまんかったな。』


「長老様……。」


 アインは、心配するような声を上げるダフネオドラを、肩から手元に置いてそのまま地面にあぐらをかいて座り込む。


「気にしてないよ。もともと人間嫌いなのかもって思ってたし。」


『ほぉ?』


 おそらく巨木……つまり長老は疑問符を浮かべながらも、アインに注意を向けた。


「ずっとここを管理してたってんなら、特に欲に塗れた人たちばかり見ることになるだろうし。そうなったら人間というものに愛想を尽かしていても不思議じゃないかなって。」


 ダフネオドラの綺麗な髪を撫でながら、ゆったりと話す。


『なるほどのぉ。いやいや、人の言葉を覚える程度には気に入っておるよ。それに、あの面白い少年には森の皆が世話になったからの。』


「少年?」


『そう、お転婆な少女の後ろに隠れた怖がりの子じゃよ。優しい子でな……。そうそう、そのダフネオドラも世話になっておったはずじゃ。』


 その言葉にアインは非常に驚く。

 ダフネオドラが世話になったという人は先ほど聞いたばかりだったが、怖がりというのはその人を表す言葉とは幾分かけ離れているからだ。


「ダーちゃんがお世話になった……。それじゃ、怖がりの少年って。」


「……貴方のご先祖様、グランジオス・テルクストです。」


 ダフネオドラが、アインを見上げながら答える。アインはまさかと言った表情だが、心配そうに顔を覗き込む小さな相棒を見て、すぐに頭を切り替える。


「心配しないで、ダーちゃん。そういう時代があったって事なんだね……。じゃあむしろ尊敬する要素が増えたよ。」


『そうじゃの……彼こそまさに時代を救う勇者となれる存在……。森が心を閉ざしてから顔を見せぬと思っておったが……先祖、なるほど、それ程までの時が経たか。ほっほ、お嬢さんよ、言われてみれば確かに、君は見た目がよく似ておる。妖精に好かれるところもな。』


 そろりと大木からアインに向かって蔓が伸びてくる。

 そこには、首飾りがかかっていた。


「これは?」


 急なことに戸惑いながらも、受け取りながら問う。


『これはまた彼がきた時に渡したいと彼に助けられた妖精たちが作っていたものじゃよ。彼がいないのであれば君が受け取る権利がある。』


「へぇ……綺麗だね。」


 小さくてキラキラとした宝石のようなものがひとつだけ。だけどもそれはとても綺麗な碧色をしていて、アインは少し見惚れていた。


「売っちゃダメですよ。」


「売らないよ!」


 二人の掛け合いをみて、嬉しくなった長老はそのまま語り出す。


『人と妖精が仲良く……儂としては嬉しいことじゃ。永くはないが、国を守りたいという君の願いが叶うことを祈っておるよ。』


「王になった時にはこの森もまた綺麗にしに来ますよ。」


立ち上がり、裾を払う。すると、長老から少し大きめの枝が落ちてくる。


『装備が必要なのだろう?持っていって使うといいぞ。他の木たちを持っていかれるのは困るからの。』


 すこし楽しそうに、まるで自身が旅に出ることになるかのように、弾む声で揶揄うように喋る長老。


「ん、ありがとう、長老さん。」


 巨大な狼の死体を大きな枝ににくくりつけ引きずっていくことにしたアイン。少し面倒だが、疲れないアインにとっては大したものではないだろう。


「じゃ、そろそろ行くよ、長老さん。」


『うむ、最後に忠告じゃが……。』


「?」


『闘い方が危ないぞ、もうすこし自分を労わってやるんじゃぞ。』


「あぁ、それなら大丈夫。ダーちゃんのおかげでいま無敵だからね!」


 そういうと、彼女はまた歩き出す。

 その後ろ姿を長老は見つめながら、考える。


『肉体は不滅であっても、心は有限のものじゃぞ……次代の勇者よ。』


 そんな想いは誰にも届かないまま、アインたちはジャンガの森を後にしたのだった。

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